第13話 復讐にはまだ遠く

 半年が経ち、約束の日がやってきた。

 一五歳。成人として認められる節目の歳だ。


「もう出発か。改めて成人おめでとうテオ」


 門出にささやかではあるが、お祝いをしてくれる師匠。


「ありがとうございます」


 三年前に全てを失った僕は、師匠と出会ってから様々なものを頂いた。

 思えば頂いてばかりだったな。

 そんなことを思っていると、師匠がある物を手渡してきた。


「これは?」


 黒と金色を基調とした意匠に、赤の刺繍の入った短剣。

 短剣に施された意匠などを見る限り、高価なものだと分かる。


「成人祝い。魔術の道に進むなら杖を贈ろうと思ったんだけど、旅に出るならこっちの方がいいと思ってね」

「高かったんじゃ……?」


 師匠からは貰ってばかりなのに、さらに高価そうな短剣なんて受け取れない。


「金欠には理由があったということさ」

「……」


 確かに。疑問ではあった。

 魔術師の師匠ならば仕事ぐらい幾らでもあるだろうと。

 金欠はこれを買うために……。


 そう考えると涙が溢れてきた。


「そんなに泣かなくても……」


 あぁ。僕はいい師匠ひとに恵まれた。

 涙を拭いて、師匠に向き合う。


「ありがとうございます」


 そうお礼を言って受け取った。


「それにしても、どうして短剣なんですか?」


 魔術の道に進まないにしても、魔術師の下で直々に学んだのだ。

 杖であってもよかったと思うのだが。


「魔術は万能ではない。確かに、私ぐらいになればできないことの方が少ないけど、マナが切れたら魔術は使えないし、魔術が効かない敵が居れば手も足も出なくなる。 旅では何が起こるか分からないものだからね。小回りの利く武器は常備しといたほうがいい」


 なるほど。現役の魔術師が言うのだからその通りだろう。


「分かりました」


 頂いた短剣を腰に差し、荷物を持って旅立つ準備を終える。


「今まで本当にありがとうございました」


 感謝を込め、頭を下げる。


「いいよ。私だって助かってた。仇を討てることを祈ってる」


 そうして師匠と別れ、旅立った。


--- ---


 炎王国を旅立つこと一年。


 炎王国周辺の災厄の被害にあった土地を転々と訪れ、痕跡などから情報を得ようとしたが、どれも同じようなもので特にこれといった成果はなかった。

 そんな日々を、根気強く今日も続けようと街道に沿って歩いていると、そいつは現れた。


「なんだ……?」


 地響きのような音が近づいてきている。

 辺りを見回すが、街道の側面には森林が並んでいる為何が起こっているのか分からない。


「……何か来る?」


 木々がへし折られているそんな音。

 森で何かが起こっている。それは確かだ。だが何が起こっているのか? 

 全容が掴めず、この場に留まるべきではないと思い足を進めようとした瞬間。


「ッ!?」


 ガサっという音と共に森から鹿が飛び出してきた。


「……なんだ。鹿か」


 驚かせるなよ。


 鹿の出現に驚き、安堵していると鹿はこちらを一瞥し、すぐに街道を横断して森の中へと消えていった。


「昼飯にするのもありだな」


 お腹が空いていたからか、異様な地響きよりも昼食を優先して考えていると、いきなり目の前に木が倒れてきた。


「うわっ!」


 危なかった。


 あと一歩早ければ潰れていたかもしれない。

 原因の解明に気を向けず、悠長にそんなことを考えていると、視界の端に黒い何かが映った。


風よウィンド!」


 一年の旅で培った直感。

 それに従い最大出力で風を放ち、自分の身体をその場から緊急離脱させる。


 そして次の瞬間、先程までいた地面が爆ぜた。

 否、黒腕が地面を抉ったのだ。


「……なっ!?」


 その破壊力に驚いたのではなく。

 視線を向けた先に居た者に。


「見つけた……!」


 探し求めていた災厄かたきとの邂逅に歓喜した。


--- ---


 黒ずんだ肌に巨大な体躯。

 見た目は四足歩行だが、前足が異常な発達をしている所や襲撃の動作を見るに腕と考えた方が良さそうかもしれない。

 そして何より目を引きつけるのが、その不安定性だ。筋肉の膨張によるものか左右非対称で生物として歪な姿をしている。


「なんなんだよ。お前っ……!」


 冷静に状況を分析しようとするが、不明な点が多すぎることや過去の記憶が蘇ることで熱くなる。


「もういい……」


 荷物と思考を投げ捨て、短剣を構える。


「……来いよ」


 待ち望んだこの瞬間。

 待ち焦がれたこの一瞬。


 災厄が動く。


 距離を詰め、大人二人分はありそうな腕を振り下ろしてくる。

 それを直前まで引きつけ、紙一重で躱し短剣を振り下ろされた前腕に切り込みを流れるように入れようとする。が、刃が通らない。


「クソッ……!」


 討伐隊を返り討ちにする程の相手だ。想定はしていた。していたが、短剣が肌を撫でただけというのは、実際に目の当たりにすると堪えるものがある。


石柱ストーンピラー!」


 二撃目が来る前に、畳み掛けるように詠唱して災厄の足元に石柱を生やした。

 重心に偏りがある身体を後押ししてあげるように、石柱で押し上げることで体勢を大きく崩した。


石槍ストーンランス!」


 間髪入れず崩した体勢の脇腹を突くように石槍で刺しにいく。だが、災厄に石槍が刺さるような感触はなかった。


「チッ」


 思わず舌打ちするが、もとより狙いはそこではない。

 刺さらない石槍は崩した体勢に更に追い討ちをかけ、災厄の身体を転倒させることに成功した。


土壁アースウォール


 転倒した災厄を土壁で囲み、身動きを封じ込もうとするが。


「……ッ!?」


 災厄はその場で暴れ出し、分厚い土壁をいとも容易く破壊した。


「そう簡単にはいかないか……」


 破壊に巻き込まれないよう距離を取りつつ、呟くと。

 黒腕が一瞬にして迫ってくるのが視えた。


土壁アースウォール!!」


 咄嗟の詠唱で土壁を二枚作り出して緩衝板にするが。


「くっ――かはッ……!」


 小細工を圧倒的な力で捩じ伏せるように、土壁は一瞬で破壊され、黒腕に僕の身体は殴り飛ばされた。


「……ッ」


 身体は宙を舞い地面を転がり続け、木にぶつかったことでようやく止まった。


「あァ……」


 全身が軋み、痛みが襲ってくる。

 方向感覚がおかしく感じる。上下左右がわからない奇妙な感覚。

 そんな世界を数秒体験し、正気を取り戻す。


「痛いな……ッ」


 咄嗟に守っても、この威力。

 土壁が緩衝板になっていなければ、死んでいたか、動けない身体になっていたことは想像に難くない。


「……」


 他の魔物に通用した魔術は全て災厄には通用しなかった。脇腹などの比較的柔らかい部位を狙っても、それは変わらず。


「どうすれば……?」


 もしかしたら、最初から驕りだったのかもしれない。師匠の下で死ぬ気で修行を積めば自分でも災厄に届き得ると。

 師匠の教え方がよかったことで、自分には力があると錯覚してしまったのかもしれない。

 決して楽な三年ではなかったが、それでも順調に進む自分に期待していたのだろうか。


「……まだだ」


 まだ心が折れるには早い。

 身体が動くなら振り絞れ。

 頭が回るなら模索しろ。

 命ある限り、死ぬまで喰らいつけ。

 悲観的になるのは死んでからでいい。


 今は活路を探せ。


「何か、何かないのか……!?」


 自分の剣術じゃ、たかが知れている。

 自分の魔術じゃ、効果はなかった。

 自分の魔術でなければ?


 師匠の魔術なら……!?


 分厚い壁を容易く破壊する災厄に、迷宮魔術では意味がない。

 あの時、グランを倒した師匠の魔術ならば……?


「一か八か。やってやる!」


 今の自分にできるのか。

 一度、ざっくりとした感じで教えられはしたが、やっぱりまだ早いと言われたあの魔術。


 見よう見真似で成功するのか? 

 未知数だが、やってみる価値はある。


「来いよ。怪物」


 こちらへ、ゆっくりと近づいてくる災厄へ言葉を吐き捨て、詠唱を始める。


「叛逆者を閉じ込めし罪の涙」


 災厄は何かを察したのか、トドメを刺しに迫り黒腕を振るう。


「落ちた者に憐れみを」


 紙一重で黒腕を躱し、災厄の懐に潜り込む。


「堕ちた者に慈悲はなし」


 胴を捉えた。

 この距離なら逃がさない。


「嘆きの川よ、今流れん!」


 災厄の肉体に触れ、最後の一節を唱える。


冥氷河コキュートス!!」


 外気が急激に冷え込み、触れた箇所から広がるように霜が降り始める。


「どうだ?」


 少し距離を取り、様子を伺う。

 災厄の身体を蝕むように、氷は侵食していっている。


 お世辞にも完璧とは言えない魔術だったが、効果は出てきているとみていいだろう。


「このまま死んでくれると助かるんだけどな」


 この程度で死ぬなら、討伐隊が返り討ちにされることもないだろう。

 油断はできない。


 警戒を緩めることなく、注視していると災厄の身体は薄氷に覆われて動かなくなった。


「……」


 気を抜くことは許されない。

 生きている可能性がある限り。


「トドメをどうするか……」


 そう呟いた瞬間。

 氷が弾け、大気に光が乱舞した。


土壁アースウォール!!」


 決して油断していた訳ではない。

 マナを大量に消費した気怠い身体に鞭を打ち、最大限の警戒をしていた。


 だから咄嗟の防御は間に合った。にも関わらず、三枚の土壁は砕かれ再び黒腕にぶっ飛ばされた。

 枝の折れるような音を聞きながら、宙を舞う。


「がぁッ……」


 背中に大きな衝撃を受け、呼吸が困難になる。


「ハァッ……はぁッはぁ……」


 運が良かったのか、目を開けると周りは緑に囲まれていた。

 何もない地面に叩きつけられていたら、今度こそ動けなくなっていたかもしれない。


 そんな事を考えながら、立ちあがろうとすると目眩が襲ってきた。

 あれだけ魔術を使い動き回ったのだ。身体が限界を迎えるのも無理はない。


 だが、それでも動かなければ。今後、災厄を殺す機会は訪れないかもしれない。

 そう思うと、動かずにはいられなかった。


「もう一度、氷漬けにすれば……」


 動かなくなるまで氷漬けにして、それから……

 回らない頭を頑張って回しながら、木々を頼りに森を抜けて街道に出る。


 何処から襲われてもおかしくはない。

 気を引き締め、最大限の警戒をしていたが。


「……え?」


 見渡す限り街道に災厄の姿はどこにもなかった。


「ハハッ。なんだよそれ……」


 乾いた笑いが溢れでる。

 懇願するように周りの森林を見るが災厄の姿はない。


「なんだよそれ!! また……また逃げるのか!」


 最後のあの尋常ならざる動き。今まで全力を出していなかったということだろう。

 そして、いつでもトドメを刺せたにも関わらず、あの災厄は再び逃げた。


「クソっ! 散々、奪っておいて僕の命だけは奪わないって、なんだよそれ!? 

 ふざけるな!!」


 どこまで人を馬鹿にしたら気が済むのか。

 分かっている。あのまま続ければ死んでいたのは自分だと。


 見逃された。


「クソっ! クソっ!! くそぉぉ!!!」


 そうして僕はこの日、災厄に敗北した。


--- ---


 とある山奥の小屋の中で少女は一人、ほくそ笑んでいた。

 少女はここに至るまでを振り返る。


 十年前、視えた光景ぜつぼうからここに至るまで、実に長い道のりだった。

 計画の準備は終わり、ここから本格的な始まりを迎える。


 世界を生かすか殺すか、その選択は少女に委ねられた。

 失敗は許されない。


「さぁ。始めようか。早く、ここにおいで少年」


 これからやってくるもう一人の共犯者に向けて、少女は一人呟いた。

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