第12話 元最年少魔導士の因縁

「どうしたらいいんだ……」

「……どうしたんですか?」


 このまま傍観しても終わる気がしないため、意を決して首を突っ込む。


「あぁ、テオか。もう終わったんだね」

「はい。終わりました。

 ところでこれってどういう状況なんですか?」


 師匠の隣にいる男性に視線を向け、問いかける。


「お前、誰だよ」


 当然といえば当然だが、邪魔だと言うように男は見てくる。


「テオ、彼は……彼の名前は…………」


 そこで師匠の言葉は止まる。

 言い淀み、悩み始めた師匠の様子から、『名前を忘れてるな』となんとなく感じた。


「よく分からないが、何故か昔から言いがかりを付けてくる、よく分からない人間だ」


 混乱しているからなのか。ただただ興味がないのか。最後まで名前を思い出すことができなかった師匠から、珍しくよく分からない説明をされる。


「ブライスだ! 俺の名前はブライス・ブライアニ。いい加減覚えろ! あと言い掛かりじゃねぇ!」


 そう言ってブライスは憤慨する。


「昔からって、何があったんですか?」

「さぁ?」


 師匠の口ぶりからして、かなり前から因縁がありそうだが。


「分かった。

 お前が惚けるなら、この際はっきりと言ってやる!」


 そう言うとブライスは因縁を語り始めた。


「俺はな。魔術の才能に恵まれ、9歳の時、最年少で魔道士になったんだ」

「おおー」


 変な人だと思っていたが、これには素直に凄いと思った。

 最年少で魔道士とは逸材ではないだろうか。

 そんな感想を抱いていると、ブライスは続ける。


「周りから尊敬され、もてはやされ、俺が一番だと信じて疑わなかった」


 僕とは違う、恵まれた過去に何の不満があるのか、理解できずにいるとブライスは師匠を指して言う。


「そんな時、こいつが現れた」

「……」

「こいつは八歳で魔道士、十歳で大魔道士と悉く歴史を塗り替えやがった。その上、殆どが独学とか言いやがる」

「……」


 普段、聞くことのない師匠の過去。

 改めて聞くと凄まじい経歴だ。


 だが、ここまでの話がどう因縁に繋がるのか。

 そんな事を思っていると、ブライスは具体的に言及を始めた。


「こいつが歴史を塗り替えたせいで。歳が一つしか変わらないという理由で。

 俺は……いつも、勝手にこいつと比べられてきた! この屈辱が分かるか!?」

「……」


 確かに。経験は無いが、常に誰かと比べられ続けるというのは想像以上に苦痛なのかもしれない。


「だから俺は、こいつに勝って証明する」

「……」


 師匠に勝てば比べられることも減るだろう。汚名も雪ぐこともできるだろう。

 だが、


「理由はわかった。それでも君と戦うことはしないよ。魔術は争いの道具じゃないからね」


「ふざ――」


 ブライスが何かを訴えようとするのを止め、師匠は続ける。


「ただし、君がどうしても。というのなら、魔術師になって私と並ぶか、私よりも先に大魔術師になればいい。そうすれば、君の汚名は返上されるはずだ」


 有無を言わさぬ師匠の言葉に、その場が沈黙に包まれる。

 魔術を扱う者、それも魔道士と呼ばれるに至った人間であれば尚のこと、魔術師という壁の高さを理解している。


 魔術の名を冠する人間は世界で十人。


 目指すだけ無駄。不可能とされる領域だ。


「それができたら苦労しねぇ……」


 何度も挫折を味わったのだろう。

 ブライスの言葉には悔しさが滲み出ていた。

 だが師匠は敢えて煽るようにブライスへ問うた。


「おかしな話だ。魔術師である私には挑むのに、魔術師に成ることはできないと諦めるのかな?」

「……」


 言い返せない悔しさからか、ブライスは唇を噛み締め肩を震わせている。


「そうか。残念だ。君は所詮、その程度だったということだ」


 そんなブライスを見て、突き放すように師匠は告げる。

 すると、


「……やる。やってやるよ」


 師匠との問答でブライスは壁の高さを理解してなお、闘志を燃やしてみせる。


「魔術師なんて通過点だ!

 すぐに大魔術師になってお前より凄いと証明してやる」


 迷いが晴れたような顔でブライスは啖呵を切った。


「そうか。なら、やってみせるといい」

「あぁ! やってやる。絶対に超えてみせてやる!」


 そう言うと話は終わったのか、ブライスは時間を惜しむようにして去っていった。


--- ---


「よかったんですか?」


 魔術協会から出た帰り道。

 少し気になり、師匠に問いかける。


「何が?」

「さっきのブライスさんのことです」


 あんな言い方でよかったのだろうか。厄介ごとが引き伸ばされただけに思えるが。


「あぁ。よかったと思うよ」


 師匠はそう断言する。


「彼には才能はあるが、努力が足りなかった。目標を達成する為の執念と言ってもいい」

「執念……」

「そう、執念。テオなら復讐を遂げる為の覚悟」


 確かに。この二年間、色々なことがあったが。努力してきた理由はいつも、災厄を殺す為だった。

 だが一つ、分からないことがある。


「どうしてブライスさんを助けるようなことを?」


 言い掛かりを付けてくる相手を助ける理由はなかったはずなのに。


「簡単な話だよ。優秀な魔術師が増えることは、魔術の世界にプラスとなる。それに、結果的に火を付けた方が早く解放された」

「なるほど」


 理に適っている。

 今日の出来事がきっかけに大きな結果を生み出すこともあるのだろうか。


「いつかブライスさんが、師匠を超える時が来るかもしれませんね」

「そうだね。そうなると面白いだろうね」


 そんな、かもしれない話に思いを馳せながら僕たちは家路に就いた。


--- ---


 魔術協会に赴いた日から数日後。

 検査結果を記した書類が届けられた。


「……」

「見ないのかい?」


 机に書類を置いたまま、動かない僕を見て師匠は不思議そうに問いかけてくる。


「……緊張しちゃって」

「大丈夫だって。死ぬわけじゃないんだし」

「極論すぎません?」


 そういう問題じゃないと思いながらも、改めて書類に向き合う。

 不思議と師匠との会話のおかげか緊張は和らいでいた。


「見ます」


 誰に言った訳でもなく、覚悟を決めて書類を手に取る。

 書面に目を通すと検査の内容が事細かに書かれていた。


 ・魔術四大属性 階級

  火      中級

  水      上級

  風      魔道士

  地      魔道士


 他にも色々と書いていたが、適正階級が驚きで内容が入ってこない。


「どうして……!?」

「どうかした?」


 驚いた様子に師匠が心配して問いかけてくる。


「火属性の魔術が中級だそうです……」

「えっ。気づいてなかったの?」

「えっ?」


 衝撃の事実。

 上級魔術まで完璧だと自負していたのに。


「先日の合格はなんだったんですか」


 上級魔術全てを修めたという証ではなかったのか。


「魔道士になれる水準に達したかどうかの試験だけど」

「……」

「言った通り、魔道士の検査は合格してるでしょ?」

「……」


 師匠の言う通り、通知書には合格と書いてある。


「……複雑な気分です」


 目標の魔道士になれたのは大きい。嬉しいのだが……。


「合格したんだから、素直に喜ぶべばいいのに」

「そうですね」


 そんな話をしながら、師匠も通知書に目を通す。


「風と地属性魔術の適正値が高いね。魔導士か」

「魔導士ですか……」


 いまいち実感は湧かない。

 つい先日まで、基礎である上級を完璧にしようとしていた自分が協会の人たちと同じ位だという事実。


「大魔道士に昇格するのも近いですかね」


 そんなことを口にすると、


「そうだね。あと五年か十年ぐらい頑張ればなれるんじゃない?」


 師匠から辛口の言葉が返ってきた。


「そんなに!?」

「そりゃそうだよ。他の適正階級を底上げして、そこから更に実績と経験を積み続けることが必要だからね」

「……」


 想像以上に大変そうで心が折れかける。


「まぁ。でも、君の目的の一つは達成したんだ。

 今日はお祝いをしよう!」

「そうですね」


 急ぎたい気持ちはあるが、鬱々としていても何が変わるわけでもない。

 一つずつ前進しているんだ、今はその事実を噛み締めよう。

 そう思い、気持ちを切り替える。


「何が食べたい?」

「肉が食べたいです!」


 普段、肉は高くて食べられないが。お祝いと言ってくれるのなら少しは許されるはず……。だが、

 師匠の口から出た言葉は無情だった。


「高いから却下」

「なんで!?」


 お祝いとは何だったのか……。

 軽く絶望していると、師匠は笑いを堪えながら前言を撤回する。


「はははっ。冗談だよ。今日はお祝いだ。お肉をいっぱい食べよう」

「やった!!」


 そうして夜ご飯に久しぶりのお肉が確定した。

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