第10話 魔術の世界へ
魔物騒動から半年が経ち、そろそろお金が乏しくなってきた頃。
王都から少し離れた草原で日課になりつつある魔術の練習を師匠には秘密で行なっていた。
「侵攻を阻し古代の叡智。呼び起こされしは我が迷宮。
来たれ、
大地が小刻みに振動し、地面が隆起して小さな迷宮が形作られていく。
半年前に師匠が見せた魔術。
規模をできる限り縮小し、マナの消費量などを減らしたが。
「あぁ……」
構築された迷宮は、何があった訳でもなく呆気ない形で自壊してしまった。
「やっぱり難しい」
半年前のあの日から、毎日見よう見真似でやってはいるが完成とまではいかない。
最初は詠唱をしても何も起こらなかった魔術だが、今では構築までは出来る様になった。
確実に成長はしている。しているのだが……。
「駄目だ。まだ、
思い出すだけで死を覚悟させられる圧倒的な力の差。
これまで魔術を学び、必死に力をつけた。だが、それでもなお災厄には届かない。
今の自分で災厄を倒せる未来が想像できない。
師匠に並ぶ力をつけてようやく僅かな可能性が見えるかどうかというところだろうか。
それほどまでにあの時の絶望感は凄まじく、圧倒的な力の差を本能で理解させられた。
生物としての格が違う。
話だけでしか聞いたことは無いが、生物として頂点に君臨する龍種と並ぶと言われても納得するほどに。
旅立ちの期間まで残り半年、師匠から学ぶことはまだまだ沢山あるのに時間が足りない。
師匠に並ぶには程遠く、焦る気持ちばかりが募っていった。
--- ---
それから少しして、
「そろそろテストしようか」
珍しく顔を出した師匠から唐突にそんな事を言われた。
「テストって何のですか?」
「上級魔術とテオが最近躍起になってる魔術かな」
「……え?」
いずれは知られると思っていたが。
「怒らないいんですか?」
師匠の指示した上級魔術の他に、簡易迷宮を無断で習得しようとしていたのに。
「なんで? 魔術に貪欲なのは良いことだと思うけど」
「秘密でやってたから……。師匠の魔術だし」
以前、魔術協会で解読したと言っていた魔術。
必然、それは依頼主と師匠以外が許可なく使うことは許されないはずで。
「なんだ。そんなことか。私の弟子が私の魔術を使っても何も問題はないはずだよ。それに魔術協会は禁忌指定魔術以外の魔術の使用は推奨している。魔術の発展、進歩のためにね」
師匠の言葉に安堵するも、聞きなれない単語に首を傾げる。
「禁忌?」
「関わってはいけない魔術のことだね」
発した疑問に端的に師匠は答える。
「どうしてですか?」
「戦争が起きるから」
「なるほど」
思ったより単純な理由だった。
「関わってしまった場合ってどうなるんですか?」
興味半分で師匠へ問いかけてみると。
「消される」
「……」
予想できないことではなかったが、想像以上に物騒な答えが返ってきた。
「禁忌指定魔術には関わらないことだね」
「ですね……」
関わると消される禁忌指定魔術とは、なんなのか。興味があるにはあるが、消されるのは嫌なので関わらないでおこうと心に決める。
「さて話が逸れたけど、テストしようか」
「いいですけど、迷宮の魔術はまだ完璧じゃないですよ?」
「いいよ。また行き詰まってそうだと思ってきたから」
師匠の言い分は癪だが、事実なので言い返さずに大人しく従う。
「分かりました。笑わないで下さいよ」
そうして師匠主導の下、魔術の試験が始まった。
--- ---
「いいね。次行こう」
上級魔術の試験は難なく合格し、こちらが本題とでも言うように迷宮魔術の手解きを受けていた。
「侵攻を阻し古代の叡智。呼び起こされしは我が迷宮。
来たれ、
詠唱に呼応して、地面から小さな簡易迷宮が姿を現した。
が、すぐに土煙を巻き起こしながら崩れてしまう。
「なるほどね」
何か分かったように師匠は呟いた。
「テオ。次はもっと全体を俯瞰してやってみるといい」
「? 分かりました」
どういう意味があるのか分からないが、師匠の言葉を素直に聞き、再び構える。
俯瞰。
言われた通りに全体へ均等に意識を配っていく。
「侵攻を阻し古代の叡智。呼び起こされしは我が迷宮。
来たれ、
地面が振動し、崩れ去った土から新たに簡易迷宮が形成されていく。
そうして、
「え……!?」
新たに作られた簡易迷宮は崩れ去ることがないまま、目の前で維持され続けていた。
「なんで!?」
師匠の助言一つでなぜ成功したのか。
不思議に思っていると、隣へと師匠がやってくる。
「やっぱりできたね」
「どうして急に……?」
助言一つでこんなにも違うものなのか。
そんな事を思っていると、横に並んだ師匠が説明を始める。
「テオは無意識に偏っていたんだよ。以前見た魔術がよほど印象に残ったのか、それとも迷宮に対する固定観念がそうさせたのか。外壁と内壁の比重が釣り合っていなかった」
「……なるほど」
だから崩れていた。
先ほどの助言は、俯瞰すること。
全体に意識を向けたことで無意識の偏りを矯正できた訳か。
「あとは規模の拡大ができたら完璧だね」
師匠はそう言うが、もう一つ重要な部分がある。
一年前、師匠が見せた魔術を思い出しながら問いかける。
「迷宮の操作ってどうやるんですか?」
溜まった死体や魔物の誘導を行なっていた迷宮の変動。
一体、あれはどうやっているのか。
「残念だけど、今のテオには無理だね」
「どうしてですか?」
魔術の習得を推奨しているのではなかったのか。
「
魔術の名が示す意味。深く考えた事はなかったが、確かにその通りだ。
「そして内部の操作は
なるほど。
「分かりました」
つまるところ、迷宮操作したければ
「なら、今から
残り半年という期間の焦りと、簡易迷宮を習得できた昂りから掛け合うが。
師匠は諭すように返答を口にする。
「そうだね。テオが魔術師になることができたら教えよう」
それはつまり、教える気がないということ。
「どうして!?」
「これは
「……」
師匠の言い分は正しい。
魔術の難易度や対応力などに於いてもこれ以上、迷宮の魔術に固執する理由はない。
言う通り、幅広い魔術を習得する方がいい。というのは分かる。
分かっているが……。
そんな葛藤を続けていると、師匠は僕を見て察したのか一年ぶりに同じ提案をした。
「意欲があるのはいい事だ。だけど、少し息抜きをしに行こうか」
「え?」
--- ---
そうして師匠に半強制的に連れられ、街へと繰り出したのだが。
息抜きとは言いつつも、やっぱり師匠が一番楽しんでるよな。
そんなことを思いながら露店を巡る師匠に付いて行く。
「それにしても、思い出すね。一年半前も、同じように巡ったこと」
「そうですね」
一年半前も、息抜きと称して巡ったことを思い出す。
「あの時は色々とありましたけど」
一年半前、師匠が牢獄に送ったグランは未だ捕まることもなく、脱獄中だ。
もう路地裏には足を踏み入れない。と小さく心に誓う。
「魔術協会にまた行こうと話したこと覚えてる?」
「言ってましたね。そんなこと」
あの時は中級魔術に躓き、焦っていた。
「まさか、あれから一年半で本当に来ることになるとは思わなかったよ」
「僕も思わなかったです」
会話をしながら歩いていくと、目的地が見えてきた。
「無知の状態から、二年半で魔導士までって普通はおかしいからね?」
「師匠の教え方が上手かったからですよ」
実際、師匠以外の人だったら、三年以内にという目標は絶対に叶わなかっただろう。
「そうかな? そう言ってくれると、案外嬉しいものだね」
そう言って師匠は笑みを浮かべるが、すぐに切り替えた。
「だけど結局は君の努力の結果だ。動機がなんであれ、これは誇っていい」
そう言うと師匠は一歩前へ出て、僕に告げた。
「おめでとう、テオ。君はもう一人前だ。
そして、ようこそ魔術の世界へ」
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