第8話 炎王

「これが魔物……」


 大小様々の異様な生物がこちらを目指してやってきている。

 まだ距離こそあるが、視界を埋め尽くすほどの数に後悔が生まれてくる。


「なんなだよ! この数は!?」


 隣の方から、そんな悲鳴が聞こえてくる。


 本当になんなのだろう。この数は……。


「僕、帰っていいですか?」

「いい訳ないだろう」


 即座に却下され、途方に暮れていると師匠は声を張り上げる。


「全員、複数人で班を作れ!」


 理由を説明されることはなかったが、縋れるものがこれしかないため、誰一人不満を言うことなく従った。

 もしかしたら、師匠が魔術師の位だったからかもしれないが。


「テオは私とだ」


 そう言って師匠は全員が班を作ったのを見届けると、杖を構えて唱えた。


「侵攻を阻し古代の叡智。呼び起こされしは我が迷宮。

来たれ、簡易迷宮ミノル・ラビリンス!」


 詠唱に呼応するように杖の先端の水晶が蒼く光り輝き、大地が震動を始めた。


「なッ――」


 あまりの衝撃にその場の全員が言葉を失った。

 迎え撃つ人間はもとより、侵攻する魔物たちすらも大地の異変に立ち尽くしてしまっているのが見える。


 振動する大地は地面を隆起させ、進路を固定するように巨大な壁を生み出す。

 大地は意思を持ったように動き始め、細い通路を幾つも創り出していく。

 そうして、できあがった迷宮の壁は分厚く、王都の城壁と比べても遜色ないほどの高さを誇っていた。


「まじかよ」

「これが魔術師か……」


 数十秒と掛からずにできあがった巨大な迷宮を見て、様々な感想が周りから聞こえてくる。

 例に漏れず、僕も周りと全く同じ気持ちだが。


「これが、師匠の実力……!」


 初めて見る師匠の杖を使う姿に少しだけ興奮していた。


「凄い。凄いです!」


 これほどの使い手になれるだろうか。

 未だ、この大きな壁の二、三枚を同時に作ることすら苦戦している自分が。


「さて、分断は行った。後は各自、目の前の出口から出てくる魔物の各個撃破だ」


 師匠の言葉は全体に伝達され、活路が視えたことにより大幅に士気が向上していく。

 誰もが乱戦を予想し、誰もが厳しい戦いになると感じていた中。

 それを一瞬で覆して見せた。


「これが魔術師の実力……」


 初めて見る師匠の実力に思わず舌を巻く。


「テオ。来るよ」


 師匠の魔術に圧倒されていて気が付かなかったが、迷宮の中から少しずつだが足音が近づいてきているのが分かる。


「はい」


 師匠の言葉で気を引き締め、出口で魔物を待ち構える。


「来た!」


 最初に見えたのは小柄な魔物だ。小さな体躯に、血走ったような紅い眼をしている。


炎射弾ファイアーショット!」


 外すことなく、魔物に直撃し小柄な体躯を燃やし尽くしていく。


「よしっ!」


 普段ならば小さい的に当てることが難しい魔術だが、両脇の壁が行動範囲を制限することで魔物の俊敏さを奪っている。


炎射弾ファイアーショット!」


 徐々に増えてきた魔物に対して、的確に魔術で対応していく。


石槍ストーンランス!」


 少し大きな魔物は殺しきることを諦めて、串刺しにすることで動きを制限する。


「どれだけ増えるんだ」


 元から分かってはいたが、次から次へと際限のない魔物に辟易する。


「もう少しだけ頑張ってくれ」


 そう言う師匠は前線から少し退き、各出口に溜まり始めた死体を迷宮を動かして除去している。


「僕の所だけ、一人なんですけど!?」


 師匠と一緒なら安全だと思っていたのに。いつの間にか一番危なくなっていた。

 確かに、死体を除去する作業は必要だ。溜まってしまっては死体を足場に魔物が溢れ出して来る。


 だが、それにしても。


「これは酷いと思います!」


 愚痴を零しながら迫り来る魔物を紙一重で捌いていたが。


「あ――」


 文句を言いながら対応していたことが原因か。

 はたまた自分の能力の限界だったのか。


 気づけば、視界に命を刈り取る魔物の凶悪な爪が伸びているのが映った。

 直感的に死を確信した一撃。

 躱すことはできず、確実に首を刎ねる死の鎌が振り下ろされた――


 はずだった。


「――えっ?」


 首を刎ねた衝撃はなく。代わりにひときわ大きな金属音が鳴り響いた。


「大事ないな? すまない。少し遅れた」


 威厳を感じさせる紅い髪の男は、魔物の爪を剣で弾き、即座に空いた胴を切り捨てた。


「え?」


 何が起こったのか。この人は誰なのか。理解が追い付かず、呆気に取られていると、


「ザック! 遅い!!」


 そう言って、作業を終えた師匠は近寄ってきた。


「悪い。だがこの状況、流石だ。ヴァレリア」


 ザックと呼ばれる男は感心していると、師匠は指示を出す。


「話はあと、魔物は中央に集めたから早く終わらせなさい」

「了解した。炎王アイザック・ヴァルカン。これより掃討に入る」


 紅いマントをたなびかせ、炎王アイザックは迷宮の中へと入っていった。


--- ---


「炎王様一人で大丈夫なんですか?」


 いくら強いと言えど、あの量だ。さすがに一人だと厳しいのではないだろうか。


「大丈夫。むしろ誰もいない方がいい」

「それって――」


 どういうことか、と聞こうとした瞬間。迷宮の奥から大きな火柱が上がった。


「ね?」


 師匠の言わんとすることが、ようやく分かった。


「……大丈夫ですね」


 確かに、あれだけの火力、一人でも問題ないだろう。

 むしろ巻き込まれた方が、ひとたまりもない。


 その上、何かを打ち付けるような鈍い音が先ほどから響いているあたり、かなり激しい戦いになっているのだろう。


「あれが炎王様ですか。初めて見ました」


 風格があり、凄い人だった。


「あとでお礼を言わないと」


 窮地を助けて貰ったこと思い返すと、ふと気づく。


「僕死にかけましたよね」

「炎王が助けたね」

「本来、師匠が助けてくれるべきじゃないですか?」

「…………炎王に任せたんだよ」

「今の間、なに!?」


 自分の弱さが原因だと言われれば、それまでだが。やはり納得はいかない。


「終わったようだよ」


 話を逸らすようで癪だが師匠の言う通り、

 いつの間にか鈍い音は止み、上がっていた火柱も収まっている。


 迷宮の壁に近寄り、師匠は杖をかざす。

 すると巨大な迷宮は少しずつ崩れ始め、土埃を巻き上げながら大地へと戻っていった。


「お疲れさま」


 土埃の中、歩いて来る人影に師匠は声を掛ける。


「あぁ、ヴァレリアか。助かった」

「相変わらず派手にやったね」


 師匠の視線につられて、見ると魔物の死体で山が築かれていた。

 様々な色の魔物が居たはずだが、皆一様に焦げて黒くなっている。


「少し手こずった」

「珍しいこともあるんだね」


 そんな会話をしている師匠たちに近づき、炎王様へとお礼を言う。


「先ほどは助けて頂きありがとうございました」

「ん? あぁ。気にしなくていい。我が国を護る為に戦う者を助けるのは当然の責務だからな」


 そう言うと炎王様は何かに気づいたように、師匠に問いかける。


「この子が以前、言っていた弟子か?」

「そうだね」


 師匠の返答を聞くと、炎王様はこちらへと向き直った。


「そうか。少年の名を聞いてもいいか?」

「テオです」

「そうか。テオ。君には謝らないといけない」


 そう言って膝を折り、こちらを真っすぐに見据えてきた。

 感謝こそすれど、謝罪される理由などないはずだが。


「二年前、君の村を救えなくてすまなかった」

「――ッ」


 どうして、この人が謝るのか。


「その上、元凶である災厄を未だに討伐できていない。本当にすまない」


 やめてくれ。それは貴方が謝る事じゃない。


「だが、必ず我らが討伐してみせるので安心してほしい」


 僕の獲物を……。


「……駄目です」

「え?」

「あれは、僕が殺します。だから駄目です」


 僕の生きがいを奪わないでくれ。


「……そうか。ならもう何も言うまい。君と俺は同じ獲物を追う対等な立場だ。

 君は復讐を。俺は責任を果たす。

 出来得る限り君の復讐には協力しよう。だが殺すのは早い者勝ちだ。被害を抑えるため、お互い文句は無しにしよう」

「……分かった」

「よし。いい子だ。君の復讐が成就することを祈ってるよ」


 そう言って、炎王はこの場を立ち去った。


--- ---


「あれが炎王ですか」


 炎王国周辺を眺望できる丘の上で、中背の男が呟く。


「ほんと、とんでもねぇな」


 先ほどまで牢獄に囚われていた大きな男が、腰を下ろしたまま感想を零す。


「魔物には少し、細工を施していたんですがね。こうも簡単に殲滅されるとは」

「何言ってんだ。俺は脱獄できたし、炎王の実力も見れた。収穫としては十分だろ?」


 男の問いかけに少し考える素振りを見せつつも、中背の男は答える。


「えぇ、そうですね。炎王かれの実力を測れたことは、これから非常に大きな意味を持つ。十英雄、伝説に違わぬ見事な力でした。

 我らの目的の障害であり、最大の力となる。いずれきたるその時に、また来ましょうか。次の失敗は許されませんよグラン」

「あぁ。分かってる」


 そう言って二人は静かに丘から去っていった。

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