第7話 襲来

 ヴァレリアししょうの元で魔術を学び始めて、二年が経過した。

 最近では彼女に倣って魔術を記した本などを読んだり、一人で魔術を試行錯誤することも増えた。


 あと一年でこの生活も終わる。


 きたる復讐の為に怪物の情報を積極的に集めてみると、かなりの情報が手に入ったが聞けば聞くほど絶望的だった。


 神出鬼没で生息地域は不明。魔界付近でしか現れない魔物とは違い、何処にでも現れ、普通の魔物よりも危険度が高い。

 この二年間で被害は増え続け、大規模な討伐隊が編成され討伐に向かったが、そのことごとくが返り討ちにされたという。

 被害や出現範囲に危険度、それら全てが魔物とは一線を画していることから、怪物は災厄と呼ばれるようになっていた。


 だが災厄がどれほど強かろうと、どれだけ絶望的だろうと関係は無い。どんな手を使ってでも必ずこの手で殺す。それだけを動力源に、魔術の修練を積む。


 そんな日常を送っていると、珍しく変化が訪れる。

 家に鎧を纏った男がやってきた。来客だ。

 顔には火傷のような跡が残っている。

 兵士だろうか。


「ヴァレリア様。至急王城へお越しください。陛下がお呼びです」


 来客かと思えば、呼び出しだった。


「炎王が? どうして」


 心当たりがないのか師匠は怪訝な表情を浮かべている。


「行けば分かる、か……」

 

 そう呟くと師匠は素早く身支度を整え、「留守番よろしく」と僕にそう言って兵士と一緒に家を出ていった。


「えぇ……」


--- ---


 少しして帰ってきた師匠は頭を抱えていた。


「……まずいことになった」

「どうしたんですか?」


 師匠の様子から、ただ事ではないことだけ分かる。


「テオ。急いで準備して。すぐに出発する」


 そう言って師匠は自室に戻り、杖を手に戻ってきた。


「それは……!」


 手にしているのは、独特な形状をした歪で大きな杖。

 存在自体は知っていたが、目にするのは初めてで驚きを隠せない。


 普段、杖を使うことがない師匠が、杖を準備している。

 この事実が、事態の深刻さをより表している。


「何があったんですか?」


 驚きで止まっていた準備を再開させながら、師匠に問う。


「ん、あぁ。どうやら、魔物の群れがこの国へと向かってきているらしくてね」


 魔物。魔界近辺で生息する生物。

 種類は豊富で、個体差は激しく。気性は荒い。

 その群れがやってきているとなると、確かに深刻だ。

 だが、


「ここって魔界からかなり離れてますよね?」


 ここ炎王国ヴァルカンは魔界と山脈を挟む形で隣接こそしているが、王都自体はかなり離れている。

 マナの濃い魔界周辺と違い、マナの薄い王都まで来ることは難しいはずだが。


「そうなんだけど。近年、マナの乱れが深刻みたいでね。それに伴い活動範囲も広がってるみたいだ」

「なるほど」


 今まで安全だったと言えど、これからも安全とは限らなくなってきたのか。


「それで師匠に要請があったと」

「そういうこと」


 師匠が呼び出された理由に納得がいった。

 確かに緊急事態だが。


「どうして僕まで……」


 魔術を日々、学んでいるが師匠や魔術協会の人たちと比べたら素人も良いところだ。

 そのうえ、実践経験もない。行っても足手纏いにしかならないはず。


「今のテオには実践経験が圧倒的に足りないからね。知識を蓄えるのもいいけど、

 経験を積み重ねることで視えてくるものもあるはずだと私は思うよ」

「……なるほど」


 確かに、師匠の言うことにも一理ある。

 以前のグランの時のように、実践で掴めるものもあるかもしれない。


 やはり、凄い人だと素直に思っていると師匠は付け加える。


「あと、単純に人手が足りない」

「理由それじゃん!」

--- ---


 城門をくぐり、城壁の外へと出ていく。

 魔物の群れが来るとあって、師匠を含めた百人近くの精鋭たちが集められた。


 その殆どが、魔術協会や冒険者組合の猛者たちだ。

 そこに王国兵は含まれていない。

 王国の衛兵などは、城壁周辺に配置され打ち漏らした魔物や別方向からの襲撃などの対処に当たるという。


「城壁が遠くなっていくんですけど」


 集められた精鋭に混じりながら、師匠と共に街道を行進していく。

 覚悟はしていた。覚悟はしていたが。


「基本的には私たちで対処だからね」

「えぇ……」


 実践経験のない自分に、いきなり本隊は厳しすぎる。


「大丈夫。誰だって最初は初心者だ」

「命が掛かってるんですけど!?」


 初心者には優しくしてほしいものである。


「死はいつだって待ってくれないからね。抗う術を身に着けておくべきだと思うよ」

「現在進行形で死が明確に近づいてきてるんですが」


 言いたいことは分かるが、それで死んでは元も子もない。


「大丈夫。炎王がこれだけの人数でいいと判断した。なら、全力を尽くせば必ず全員生きて帰れるはずさ」


 師匠の謎の確信に戸惑いつつも、少し気になることを聞いてみる。


「少し疑問なんですけど、どうしてこの国の王様は『炎王』と呼ばれているんですか?」


 ずっと気になっていた。どうしてこの国は炎王国と呼ばれているのか。


「あれ、知らない? 十英雄の伝説」

「聞いたことないです」


 なんなのだろうか。その面白そうな伝説は。


「え、本当に知らない?」


 そう言うと師匠は信じられないという顔で見てくる。


「はい。今、初めて知りました」


 嘘偽りなく、そんな伝説は知らない。

 そのことを伝えると、衝撃を受けたように師匠は呟く。


「この国で知らない人っていたんだ……」

「なんなんですか? その十英雄って」

「そうだね。

 簡単に言うと、大昔に魔神を倒して人類せかいを救った人たちかな」


 そう言ってヴァレリアは簡単に説明し始めた。


「かつて魔神と呼ばれし人類の脅威がいた。魔神は人類の生存圏を脅かし、着実に世界を侵食していった。

 そんな絶体絶命の中、その魔神を倒したのが十英雄と語り継がれる人たち。十英雄はそれぞれ異能と呼ばれるような特別な力を持っていたんだ。

 その力を受け継いだ子孫が彼であり、その力は炎を司るものだった。そしてこの国の王位は代々、その力を受け継いだものが継承する。故に王は炎王と呼ばれ、この国は炎王国と呼ばれる」

「なるほど」


 長くこの国で暮らしてきたが、初耳だった。


「伝説に語り継がれる英雄の家系が国を治めてるからね。英雄信仰が少なからず根付いているはずなんだけど、知らない人がいるのは本当に珍しい」


 師匠はそう言うが、単に辺鄙な村に住んでいたから伝わらなかっただけだろう。


「他の英雄ってどんな力を持っていたんですか?」


 英雄の異能という心躍る話に好奇心から聞いてみる。


「確実に分かっているのは、炎と雷、全知ぐらいだね。あと伝承だけなら、水卿に守護者。死神と呼ばれるものもいたとか」

「凄いですね」


 聞いている限り、心が躍る話で面白いが。


「でも、魔術と何が違うんですか?」


 炎や水、条件次第では雷も起こすことができる魔術と何が違うのか。


「うーん。難しい質問だ。私も伝説に詳しいとは言えないからね」


 そう言って師匠は少し考えてから、推論を口にする。


「炎王曰く、魔術は炎を生み出し操っているに過ぎないが、異能は炎を従えるらしい。つまり規模や権限の違いじゃないかな」

「……なるほど」


 完全に理解できた訳ではないが、なんとなく呑み込めた気がする。


「それに昔は、今よりも魔術が発展していなかったからね。

 相対的に異能の特異性は上昇する」


 確かに。

 今でこそ、聞いた伝説と相違ないほどまでに魔術は進歩しているが、発展していなかった昔で比べると異能の力は絶大に思えることだろう。

 そんなことを考えていると、行進が止まり師匠が静かに言う。


「話はここまで。テオ、準備しなさい」

「ッ――!!」


 行進していた列が横に広がっていき、それぞれが巻き込まれないよう距離を取る。

 横に広がったことで、人混みが解消され視界が開けた。


「なッ――!」


 視えてしまった光景に思わず絶句する。

 そこには一面埋め尽くすような数の魔物がひしめき合っていた。

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