第6話 路地裏の邂逅

 どこまで行ったのか。

 空を飛行していったヴァレリアを追いかければいいと思っていたのも束の間。

 早々に見失ってしまった。


「こっちであってるよな?」


 誰に言った訳でもなく、一人呟く。


 ヴァレリアと別れてから、それなりに時間が経つ。

 彼女はもう、あの少年を捕まえたのだろうか。

 それにしても、後から追いつけと言うのは無茶が過ぎる。


「目印ぐらいあって欲しかった」


 少年の身なりからして、人混みでは少し目立つだろう。ならば、路地裏などで身を潜めている可能性もあるはず。

 ヴァレリアが追っているとは言え、保険は掛けておくべきだ。


 そう思い、路地裏へと足を踏み入れる。


「……」


 一年前、ヴァレリアと出会わなかったら、僕もあの少年のようになっていたのだろうか。それとも……。


 そんな可能性の話を考えながら、奥へと進むと見覚えのある巨漢と出くわした。

 一年前の人攫い、グランと呼ばれていた奴だ。


「あぁ?」


 見下ろす男と視線が交わる。


「この国、どうなってんだよ!」


 一日ですられたり、人攫いと出くわしたり散々過ぎる。


「お前っ!?」 

風跳サリーレ


 グランが気づき声を上げると同時に詠唱し、後ろに跳躍して距離を取る。


「あの時のガキか。魔術師様はどうしたよ、愛想でも尽かされたか?」

「生憎と、おっさん達のおかげで仲良くしてるよ。

 そっちこそ、お連れが一人見えないけど見捨てられでもした?」

「馬鹿言え。見捨てるなら、俺の方からよ」


 お互い少し距離の空いた状態で探り合う。

 念の為、周りも注意するが他に人がいる気配はない。

 路地裏は入り組んでいるし、助けが来ないと思った方がいいだろう。


 一人で切り抜けるしかない、か……。


「提案があるんだけど。急いでいるんだ、今日はお互い誰にも会わなかったということで――」


 分が悪いと判断し、関わらないことをグランに提案してみるが。


「そうか。今日あの女は、いないのか。なら――!!」


 そう言うと、大柄な男は身を屈めながら突進してきた。


 まずいッ――


土壁アースウォール!」


 咄嗟に詠唱し、男との間に大きな壁を作った。

 狭い路地なことが幸いし、隙間などないため通ってくることはできないだろう。


「オラァッ!」


 安心したのも束の間。

 何もなかったかのように、グランは土壁を体当たりで破ってきた。


風跳サリーレ


 予想を遥かに超えてきたグランに驚きつつも、詠唱して距離を取る。

 それを見たグランは、すかさず速度を上げ追いかけてきた。


 壁が駄目なら……。


石柱ストーンピラー!」


 石柱を横の壁から生やして、妨害してみるが。


「フンッ!!」


 石柱一本程度など気に留める気配もなく、グランが突き進むだけで呆気なく壊れた。


「痛くないのかよ……」


 全面の壁と違い、一点に痛みが集中すると思ったのだが。

 思った以上に躊躇いがない。


 どうすれば……? 今の自分で、逃げ切る方法……。


石柱ストーンピラー石柱ストーンピラー


 曲がり角を曲がり、曲がった所を何度も詠唱してす石柱で埋めていく。

 横から突きでたものや下から生えるもの、足を取られるよう低めに設置したもの様々工夫を施した。


 曲がり角を曲がるには減速するしかない。

 減速すればその分、グランの破壊力も減る。そこに石柱を多く設置することで男の進行は止まるはず。


 力で勝てない今の自分には、小細工で対抗するしか道はない。

 そんな淡い期待を抱いていると、グランが減速して曲がり角を曲がり石柱と対峙した。


 どう来る!?


「オラァ!」


 男は苦戦することもなく柱を壊し始めた。

 本数を増やし工夫を凝らしたことで、グランの速度は明らかに落ちたが、着実に進んできている。


 風跳で補助しながら逃げていたが、もう一度曲がり角を曲がった先は行き止まりだった。

 迷っている暇などなく、覚悟を決めて石柱で先ほどと同じように妨害工作を施し、準備を整える。


 賭けるしかない。


「ハッ。追い詰めたぜ」


 幾本もの石柱を挟んだ先で、グランは勝利を確信したように笑う。


「来いよ」


 自分を落ち着け、余裕を装いグランを煽る。


「フンッ!!」


 鼻息と共に幾本もの石柱をへし折りながら、男は進み出した。

 そうして着実に進んでくるグランが敢えて何も施さなかった区間へと、足を踏み入れた瞬間。


石柱ストーンピラー


 詠唱して横の壁から生やした石柱で挟み込む。


 二本同時にできるか不安だったが、なんとかなった!


「この程度ッ!」


 グランが自分を挟む石柱を破壊しようと、身体に力を入れた一瞬。動きが止まった。


「きたッ!! 石柱ストーンピラー!」


 一瞬の隙を見逃さず、グランの前後の足元から二本の石柱を挟み込むように発生させる。

 勢いで壊して来るなら、身動きを取れないようにすればいい。

 そして、その思惑通り発生させた石柱はグランを囲み、完璧に捕らえる。はずだった。


「フンッ!!」


 足元から伸びるはずだった石柱は、グランが前のめりになり力いっぱいに踏みつぶしたことで完全に消滅した。


「うっそ」


 どんな肉体してたら、あんな芸当できるんだよ。


 秘策がいとも簡単に踏みつぶされ、その衝撃で挟み込んでいた両脇の石柱も壊され、本当に打つ手がなくなった。


「なるほどな」


 自分の後ろに天高く伸びる二撃目の石柱を見て、理解したようにグランは呟く。


「残念だったな」


 そう言ってグランは残りの石柱を壊し、進み始めた。


 なんとかして動きを止めなければ。


水射弾ウォーターショット


 向けた手のひらから、水弾が射出され男へとぶつかる。


「冷てぇな。悪あがきすんじゃねぇよ」


 グランはそう吐き捨てつつも、焦ることなく近づいてくる。

 勝利を確信したグランは気づかない。余裕は油断を生み出し、彼は水射弾を避けなかった。


凍結フローズン!」


 余裕の笑みを浮かべたグランへと、唱える。


「なっ……」


 グランの顔からは余裕は消え、身体は凍り付いていた。


「やった!」

「このガキッ!!」


 激昂したグランは全身に力を入れると、


「ふんッ!!」


 気合を入れるような一声と共に、身体の氷をパラパラと落としながら動き始めた。


 化け物かよ。


 逃げ場所はなく、振り絞った知恵は真っ向から力で叩き潰された。

 あとは……。


 諦めたように思考していると、グランがこちらへと走り出すのが視えた。

 もう油断しないということだろう。

 攫われるのか、はたまた抵抗しすぎたせいで殺されるのか。どちらか、か。


 そんな風に考えていると、何処からか声が聞こえた。


「……冥氷河コキュートス


 その一声と共に辺りの温度が一気に低下し、地面が凍り付き始めた。

 空気は冷え切り、大気に光が乱舞する。

 地面で発生した氷は川のように繋がり、一瞬でグランへと迫っていく。


 そうして氷はグランの足を捕らえ、這い上がるように身体を凍らせていってしまう。


「なん……で、魔術……士が……」


 氷漬けになる直前。視線を上げたグランは、視界に映る藍色の髪の女性へと声を上げた。が、

 その声がそれ以上、発されることはなく。完全に沈黙した。


「大丈夫かい?」


 そう言ってヴァレリアは浮遊魔術で屋根から降りてくる。


「ギリギリでした。ありがとうございます」


 助けて貰ったことに対してお礼を言って、視線を上げると彼女が何か食べていることに気が付く。


「なんですか、それ?」

「ゴーフルだよ。テオも食べる?」


 そう言ってヴァレリアはパンの入った紙袋から、ゴーフルと呼ばれる焼き菓子を一枚取り出した。


「まぁ、食べますけど……」


 相手が悪いとは言え、お菓子を食べながらの師匠に氷像にされた男が不憫でならない。

 そんなことを思いつつ、差し出されたゴーフルを受け取り一口。


「……美味しい」

「でしょ」


 素直に感想を伝えるとヴァレリアは、はにかんだ。

 そして彼女がゴーフルを買えたということは。


「お金取り返せたんですね」

「あぁ。捕まえたら大人しく返してくれたよ」


 これで一件落着。

 飢える心配もなくなった。


「それにしても、よくこんなこと考えたね」


 氷像の奥に、天高く伸びる石柱を見上げてヴァレリアは言う。

 男を閉じ込めようとした際に、壊されなかった後ろの石柱。


 ヴァレリアか騎士団なら見つけて、駆け付けてくれるだろうと思っていたが。

 間に合うか、どうかは賭けだった。


「見つけて貰えてよかったです」


 師匠の対応が速くて助かった。

 そして安心とゴーフルの衝撃で忘れていたが。


「寒いですね」

「だね……」


 先ほどの魔術の影響で辺りは冷え込み、未だに大気は差し込む光を乱舞させている。

 見回せば路地の中心には氷像と石柱が聳え立ち、地面には石柱の残骸が大量に転がっている。

 仕方なかったとはいえ、これは後で問題になるのではないだろうか。


「……帰ろっか」

「はい」


 半ば諦めたような目をしたヴァレリアに答え、そのまま帰路についた。

--- ---

 後日、聞いた話だが。

 あの後、現場に到着した騎士団に呼び出され、ヴァレリアは事情を説明。

 その後、事後処理を手伝わされたそうだ。因みに、彼女が使った魔術が原因で特定は早かったらしい。


 そして氷漬けにされたグランは未だに息があり、瀕死の状態で投獄された。

 しぶといものである。

 あの男に対し、いい記憶はない。だが感謝した方がいいのかもしれない。

 

 あの実戦で得た経験は躓いていた僕の成長に繋がったらしく、苦戦していたはずの試験は一週間と掛からずに突破することができた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る