第5話 息抜き
それから一年が経った。
最初の数ヶ月で僕は初級の魔術を完璧に習得したが、ここ半年は中級の魔術で躓いていた。
「
地面から二本の石柱が伸びるが、そのうちの一本はすぐに砕けて自壊してしまった。
「難しいな……」
魔術の精密さが問われ、一つに集中するともう片方が疎かになってしまう。
試行錯誤を繰り返し続け、感覚を掴もうと朝から奮闘し気づけば昼時になっていた。
「やってるね。感覚は掴めそうかい?」
「まだ、時間が掛かりそうです」
家から様子を見に来たヴァレリアへと答える。
「試験開始からもう二ヶ月だけど、大丈夫?」
「大丈夫じゃないですね」
ヴァレリアの問いに、苦笑いで返す。
事実。全く大丈夫ではなく、試験を乗り越えれる糸口すら見えない。
中級魔術から上級魔術へと進むための試験。中級魔術は完璧と言えるまでに習得したにも関わらず、この二ヶ月合格の目処は立たない。
「買い出しに行くから、一緒に来るといい。息抜きになるはずだ」
「……」
買い出しが息抜きになるとは思えないが、ヴァレリアが言うのだ。
何か意図があるのかもしれない。
「分かりました」
僕はそう答えて、ついていくことにした。
--- ---
もしかしたら意図などなかったのかもしれない。
僕がそう思い始めるのは早かった。
「夜は何が食べたい?」
そう言ってヴァレリアはパンの入った紙袋を抱えて聞いてくる。
「もう決まってますよね?」
既にパンを買っているのだ。彼女の中では既に答えは出ているだろう。
「君の意見が聞きたい」
そう言ってヴァレリアが詰め寄ってくる。
「料理するの僕ですけど」
「買うのは私だ」
「そうですか」
誇らしげに言う彼女を受け流しながら、今日何が食べたいか考える。
が、何が食べたいか。考えるまでもなく、すぐに答えは出た。
「肉が食べたいです」
野菜とパンとスープが基本的な食事が続いてきたため、そろそろ肉が食べたい。
養ってもらってる身であり、ポリッジや固いパンが主食だった村の生活と比べていい暮らしになったのは紛れもない事実ではあるのだが……。
肉が食べたい。
そんなことを思っているとヴァレリアは苦笑いして言う。
「肉は高いからねー。却下」
「……」
ヴァレリアの無情な宣告に少し悲しくなった。
肉は種類によるが基本的には高級品であり、そこに金銭的事情が絡んでしまうのは仕方がない。
大人になったらお金を稼いで、肉をいっぱい食べようと心に決める。
「じゃあ、今日のメニューも決まってるし、後の食材買いに行こうか」
そう言うと彼女は歩き始めた。
「なんで聞いたんですか……」
本当になんで聞いたのだろう。
「同居人の意見も聞いておくべきかと思っただけだよ。参考にならなかったけど」
参考にして欲しかった。
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「着いた」
「ここは?」
食材を買うべく、ヴァレリアについてきたのだが。
辿り着いた僕の目の前には、周りとは場違いなほど立派な建物があった。
「魔術協会。支部だけどね」
横に並ぶヴァレリアがそう答えると、再び歩き始めて扉を開けて中へと入っていく。置いて行かれないよう、彼女について入っていくと中は圧巻だった。
「わぁー」
煌びやかな装飾品が至る所に散りばめられていることもさることながら、凄そうな魔術師たちが行き交い活気に溢れていた。
普段、目にすることのない光景に夢中になっていると、ヴァレリアが既に奥の受け付けへと進んでいることに気が付き、急いで追いかける。
「これは魔術師様。今日はどのような用件で?」
受け付けの男の一言で、館内の視線が一気にヴァレリアへと集中した気がした。
「以前、依頼されていた迷宮の魔術。解読が終ったから提出しにね」
不自然に静まった館内で彼女は気にすることなく話していく。
「もう、ですか。さすが、最年少魔術師と言われるだけありますな」
男は少し驚きながらも、世辞を言う。
「同居人のおかげで使える時間が増えたからね」
そう言ってヴァレリアは僕を一瞥した。
「それはよいですな。では、こちらに書類とサインを」
男に促され、ヴァレリアは折り畳んだ紙を提出し、渡された紙にサインした。
「確かに。ではこちらが報酬になります」
受け取った紙を確認し、男は貨幣の入った袋をヴァレリアに手渡した。
「よし。じゃあ、これで失礼するよ」
受け取った袋の中身を確認し終え、用がなくなった彼女はそう言ってその場を後にした。
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「師匠ってもしかして凄い人?」
魔術協会の建物から出た僕は素朴な疑問をぶつける。
初めて出会った時の男たちの反応。協会の中での人達の反応。
それらを見るとそう感じた。
「知らなかった? 私は『魔術師』、だからね」
そう言って彼女は胸を張ってみせるが。
実際、魔術師とは何なのか具体的には説明されたことがない。
「魔術師ってどのくらい凄いんですか?」
「えっ、知らない? 説明してなかった?」
「はい」
知らなかったという事実にヴァレリアはショックを受けていたが、気を取り直し話を続ける。
「じゃあ、立ち話もなんだし歩きながら話そうか」
そう言って歩き出すヴァレリアに合わせて僕も動き出す。
「魔術を扱う者には階級があるのは知ってるよね?」
今、躓いている中級魔術などのことだろう。
「初級、中級、上級などですよね」
「そう、それが階級。
そして一般的には上級までが、才能が無くても努力だけで到達できる限界だと言われている」
それは絶望的な宣告であり、同時に上級までは努力で到達できるという今の自分には希望の一言でもあった。
「そして上に魔導士、大魔導士がある」
「魔導士?」
聞きなれない単語が出てきて僕は首を傾げる。
「魔術に導かれ、導く者という意味が込められているから、魔導士」
なるほど。意味を聞くと単純で分かりやすい。
「その魔導士、大魔導士は努力と才能の果てに到達できる。
さっきの教会にいた殆どの人がこの階級だね」
凄そうな人たちがいっぱいで魔術師だと思っていたが、あの場にいた殆どは魔導士だったのか。
凄い人達には変わりはないけど。
「そして、その上が魔術師、大魔術師となっている。
特別な才能に恵まれた者が努力の果てに魔術を修めることで、魔術の名を冠すること。即ち魔術師であると認められる」
現在のヴァレリアの階級。説明してもらったけど、凄さの実感が湧かない。
「その上は?」
「大魔術師が最高位だね」
魔術の最高峰に位置する人たち。
「どんな人たちなんですか?」
「どんな人か。私たち魔術師含めて十人程しかいないから、なかなか会えないんだよね」
「少ない!」
合わせて十人とは、狭き門過ぎる。その上、協会で最年少魔術師と言われていたし、本当に凄い人なのだとようやく実感が湧いてくる。
「最年少魔術師って言われてましたが、魔術師になれたのって何歳の時なんですか?」
いつ成れたのか。純粋な興味で聞いてみる。
「確か十四の時だから、もう四年前になるかな」
ヴァレリアは過去を懐かしむようにしながら、答える。
「十四!?」
一般的に十五で成人とされてるから、未成年で魔術師になったということ。
たしかに最年少と言われるのも納得だ。
自分が今、十三だから、後一年で魔術師に到達。
環境が違うとは言え、規格外と言える。
「追いつける気がしない……」
「追いつく必要なんてないさ。君の目的は復讐を果たすことなんだから。
魔術を学ぶのも、目的を達成する為の手段の一つでしかないんだ。
君には君の目的に合った手段を模索していけばいい」
「僕に合った手段……」
確かに。彼女の言う通りだ。
力を得るには魔術しかないと、思い込んでいた。
魔術が駄目なら他にも試せばいい。そう思うと、心が少し軽くなった気がした。
「師匠はどうして魔術を?」
彼女が魔術師と呼ばれるまでに至ったきっかけ、目的は何だったのか。
「これは持論なんだけどさ。
人は簡単に裏切るけど、積み上げてきたものは簡単には裏切らない。からかな」
とても合理的な話だが。
昔の師匠に何かあったのだろうか。
これ以上先は、闇を覗くようで踏み込めなかった。
「テオ。君がこのまま魔術の道を進むのであれば、上級魔術を全て修めた時。
魔導士の登録をしに協会へとまた行こうか」
「はい」
このまま魔術の道を行くのか、それとも他の道に逸れるのか。未来のことは分からないが、魔術の才があればいいな。
そんなことを思っていると、少しみすぼらしい小柄な少年がヴァレリアにぶつかった。
「大丈夫かい?」
ヴァレリアが言葉を投げかけるがぶつかった少年は何も言わず、すぐに走り出して行ってしまった。
「なんだったんですかね」
「ケガがないならよかったけど…………まさか!?」
ヴァレリアは思い至った点があるのか、自身の腰の辺りに手を伸ばす。
「……ない!」
「何がですか?」
「報酬金がない!」
なんという事か。
「急いで追いかけるよ。テオ!」
「どうやって!?」
気づくのが少し遅く、既に子供を見失っている。
どうするべきか。落ち着いて考えようとするが、今後の生活費を持っていかれた焦りから集中することができない。
「目立つのは嫌なんだけど……仕方ない。
ヴァレリアはそう唱えると、浮いた。
「へ?」
驚きのあまり、変な声が出てしまった。
人って飛べるんだ……。
「先に行くから、後から追いついてきて」
地面から浮いたまま彼女は言い残し、高度を上げて追いかけていった。
「えー」
観衆の注目が集まっている中、置いて行かないで欲しかった。
だが生活費が掛かっているため、文句など言ってられない。
流石に無いとは思うが、ヴァレリアがあの少年を見つけられない可能性もある。
「こっちはこっちで探すべき、か」
ヴァレリアとの合流を目指しながら、少年を追いかける。それが一番いいはずだ。
そう思い、行動を開始した。
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