第3話 初めての魔術
弟子入りをしてから数日後、環境に慣れてきた僕は庭でヴァレリアから魔術の教えを受けていた。
「魔術は基本的には想像なんだ」
そう言ってヴァレリアは手を差し出し見せてくる。
そして彼女が手を閉じ、開くごとに火や水、風や土の塊が出現していく。
「想像力は子供の方が豊かだから、
物心つく辺りから教えるのが一番いいんだけど……。教えてもらった経験は?」
ヴァレリアの問いかけに、首を横に振り答える。
「そうだよね……。でも、それが普通だから」
気にしなくていい。とヴァレリアは言う。
「想像すれば誰でも使えるの?」
純粋な疑問をぶつけてみる。
「本人のマナ量によるかな。
重い物を動かすのに強い力が必要なように、凄い魔術には相応のマナが必要だ」
「へぇ~。じゃあマナさえあれば、夢も魔術になりそう」
夢を魔術で作り出せたら、楽しそうだなと思っているとヴァレリアが否定する。
「凄くいい着眼点だ。だけどね、魔術には詠唱という工程が必要なんだ」
そう言うとテオに手のひらを向け、実演してみせる。
「こんな風に。
ヴァレリアが唱えた瞬間、向けられた手のひらから風が吹き僕の髪を揺らす。
「今みたいに詠唱することで、マナの流れに働きかけて事象を起こすんだけど……。
小難しいことよりもまず、やってみようか」
「はい!」
ヴァレリアの提案でやってみることになったのだが。
「できない……」
どれだけ真似ようと、どれだけ唱えようと、これっぽっちもできる気配がない。
突き出された手のひらからは何も出ることはなく、ただただ虚しさだけが僕を包み込む。
「まぁ、こうなるか」
ヴァレリアは分かっていたように呟くが、一体どういうことなのか。
現状を理解できず、ヴァレリアへと視線を送る。
「大丈夫、原因は分かってるから。そんな目をしないで」
彼女は少し申し訳なさそうな表情を浮かべつつも、解説していく。
「何故できないのか。原因は一つ、マナの知覚ができていない」
「知覚?」
「そう、知覚。分かりやすく言えばマナの流れや動きを感じ取れていない。
視えないものには触れないだろう? 今の君に必要なのは視えるようにすること」
「マナって視えるの!?」
「偶に視える人もいるらしいけど、基本的には視えない。ただの比喩だね。
君が今、感じ取れるようにならないといけないのは自分の中に巡るマナのこと」
「僕の中に巡るマナ……」
そんなものが自分の中を巡っているなんて知らなかった。
「どうやって感じ取れるようになれるの?」
「特別な才能があれば、自然と感じられるようになるんだけど。
それ以外だと、時間は掛かるけど魔術に触れることかな。
あと、おすすめはしないけど巡るマナを暴走させると知覚しやすいってきくね」
「暴走?」
「そう、暴走。巡るマナに干渉してマナを暴れさせる。
数日は寝込むことになるけど、これが一番早いらしい」
なるほど。
「魔術に触れるのって、どれくらい時間が掛かるの?」
「個人差があるから、早いと一カ月から数カ月。
遅いと一、二年てとこだね。本当に才能がない最悪の場合は一生」
「師匠は?」
「私? 私は物心つく頃には魔術を扱えていたよ」
「圧倒的な才能の差を感じる!」
理不尽なまでの才能の差を突き付けられ、ヴァレリアは参考にならないことを悟る。
だが自然にマナを感じられていないことから、自分に才能がないことは明白。
遅いと知覚するだけで一、二年掛かるらしい。そこから、本格的に魔術の修行……。
「暴走でお願いします」
自分の才能など信じられる訳がなく、即決する。
「え、本当に大丈夫? 数日寝込むほどの痛みが伴うけど、覚悟は……」
そこまで言ってヴァレリアは口を噤んだ。
「いいんだね?」
「お願いします」
覚悟を聞き、ヴァレリアは僕の背中に手を当てる。
「始めるよ」
その一声が合図でマナへの干渉が始まった。
ヴァレリアの手が当てられた箇所が徐々に熱を帯びていく。
身体の感覚が研ぎ澄まされていくような感覚に襲われ、胸が痛みを覚え始める。
呼吸が苦しくなり、動悸が激しくなる。
身体が悲鳴を上げ、肺が空気を求める。
「はぁはぁはぁ……あぁぁ!!」
立っていられなくなり、膝をついて地面に倒れてしまう。
「テオ!?」
ヴァレリアの心配する声が聞こえるが、反応することはできない。
痛い、苦しい、寒い、熱い、辛いと感情が頭の中を埋め尽くす。
痛みが全身を走り、巡り続けていく感覚を最後に僕の意識は途切れてしまう。
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暗闇の中、そこにはミアがいた。
背を向け、何処かへと歩いていってしまうミアを追いかける。
いつも先に行ってしまうミアを離すまいと追い縋り、手を掴む。
ミアの手はすごく冷たく感じた。
それでも何処かへ行ってしまいそうなミアの手を放さず、誓いを立てる。
君の為ならなんだってする、と。
すると背を向け続けていたミアが振り返る。
自分の為に生きて。
そう言った気がした。
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「うぅ……」
瞼を開けると見知った天井が映り込む。
早く起きて、家事をしなければ……。
弟子入りの条件として、住まわせてもらう代わりに家事や雑用をやることになっている。
「今、何時だろう……?」
窓から見える外が明るいことから、夜ではないことは分かるが。
片付けや掃除、食事を作る時間を過ぎてなければいいが。
そんなことを思いながら、リビングへと入るとヴァレリアがパンを食べながら硬直していた。
「どうしました?」
不思議に思って話しかけると、ヴァレリアは意識を取り戻したように立ち上がった。
「よかった! 大事はない?
五日以上眠り続けるから、もう起きないのかと思ったよ」
近付きながらそう言ってヴァレリアは、僕の肩を揺さぶり話しかけてくる。
そこまで聞いてようやく自分がどういう状況にあったのか思い出した。
「あ、僕……暴走で……」
あれからの記憶はないが、五日も経っているとは驚きだ。
「起きてくれて、ほんっとうによかった!
あのまま起きなければ危うく私は人殺しになるとこだったからね」
ヴァレリアは笑ってそう言うと、本題に入る。
「それで、どうかな? マナの知覚はできそう?」
彼女に言われて、マナに対し意識を向ける。
「……」
何も感じない。これであっているのか?
知覚ってどうやる? そもそもマナってなに?
何も感じなさ過ぎて、そんなことを思っているとヴァレリアから助け船が出される。
「大丈夫。ゆっくりでいいから。集中して」
そう言われ、目を閉じ集中する。
「マナの流れ……違和感と言ってもいい。それを感じ取って」
違和感……。
曖昧な表現に戸惑いながらも、手探りで見つけていく。
「感じ取れたら、その違和感を手のひらの一点に集中させて」
言われるままに、違和感? を手のひらの一点に集中させる。
「そしたら風が吹くところを想像して、
「
ヴァレリアの言う通り、頭の中で思い描いて唱えた。
すると次の瞬間。手のひらに集めた違和感が抜けていき、同時に手のひらから風が吹いた。
「これ……が?」
驚きと感動と脱力感で言葉が上手く出ない。
「うん。いい感じだ」
ヴァレリアは満足そうに頷く。
「あとはそれを繰り返して身体に覚えさせるだけだね。さぁ、やっていこう!」
こうして三年にも及ぶ地獄の魔術の修行は幕を開けた。
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