第2話 弟子入り

 日が昇り、落ち着いた僕は動かないミアを背負って花畑に来ていた。


「約束、だったもんね……」


 それはもう果たされることのない約束。

 それでも、彼女の約束は守ってあげたかった。

 眠る場所は彼女の好きな場所にしてあげたかった。

 そうしてミアの身体を埋葬し、花畑を後にする。


 次に来るときはあの怪物を殺した時だと決意して。


--- ---


 それから僕は村を立ち、王都に向かった。

 相手は怪物。今のままでは死ぬのが目に見えている。

 だから自分にできることは全てやってやると決めた。


 だが現実はそう甘くはなく。

 王都で身寄りのない子供がまともな生活をできるわけもなく。

 餓死しそうになり、そして悪い大人に連れていかれそうになっていた。


 しかし、そこで人生の転機が訪れる。

 人気のない路地裏で謎の男二人組に囲まれ、抵抗していると、


「何をしている?」


 路地裏に美麗で威厳のある声音が響き渡った。

 その場にいた全員の視線が、その堂々とした女性に向けられる。

 そこには結んだ藍色の髪に紅紫の瞳が特徴的な女性がこちらを見据えていた。


「聞こえなかったか? 何をしているのかと聞いている」


 再び発せられたその声には少し怒気が含まれていた。


「誰でしょうか?」


 片方の中背の男が当然の反応を見せる。


「おいおい。そりゃねぇぜ」


 だがもう一人の男には心当たりがあるのか、そう呟いた。

 男の焦りがもう一人にも伝播し、二人はただならぬ面持ちで僕を置いて後ずさっていく。


 だが、男たちの焦りなど気にするわけがなく女性は一歩、また一歩と近づいてくる。


「どうしてここに魔術師様がいるんだよ!?」

「どうしますか、グラン?」


 徐々に近づいてくる女性に困惑しながらも、二人の男は一定の距離を保ち相手の出方を伺う。


「相手が悪い。ここは一旦退くぞ」


 グランと呼ばれる大きな男が決断し、もう一人に伝える。


「逃げられると思うのか?」


 男の出した答えを聞いた女性が問いかける。


「あぁ。余裕だね。そのガキから離れないことをお勧めするぜ」


 はったりか、事実か、大男がニヤリと笑いそう答える。

 だが女性の判断は早かった。一瞬の迷いなく、すぐに走り出した。


結界よオーベックス


 女性が駆けながら小さく唱えると半透明な壁が出現し、僕を包み込む。


 しかし、男たちも無策ではなかったのか。

 女性の詠唱と同時にグランと呼ばれていた大男が動き出す。中背の男は帽子のようなものを深く被り直し、大男がもう一人へと手を伸ばし肩を掴む。

 その瞬間、男たちは姿を消した。


 そう一瞬にして。


「チッ」


 男たちを見失ったことに舌打ちをして、女性は速度を落していく。

 そして男たちが完全にいなくなったことを確認して、女性は僕へと近寄り問いかけてくる。


「大丈夫か、少年?」


 先ほどの怒気の籠った声とは一変して、女性の優しい声音が耳をうつ。


「ありが―っ――」


 助けて貰ったお礼の一つでも言おうと口を開き、立ち上がろうとするが身体がいうことを聞かず、そのまま地に倒れてしまう。


「少年? おい。しっかりしろ、少年」


 女性の慌てた声が聞こえるが、身体は動かず意識は深く落ちていく――。


--- ---


 おぼろげな意識、暗闇の中を一人彷徨っていた。

 光はなく、どこまでも続き、ここで行き止まりの闇の中。


 身体は靄に包まれ、上手く見えない。

 だが、手を動かすことはでき、暗闇の中、闇雲に手を伸ばす。一面黒一色の闇に一つ新しい色が加わる。いつの間にか真っ赤に濡れた両手は、あの日の冷たくなっていく温もりを感じさせる。脳裏に焼き付いたあの光景が蘇る。


 忘れない、忘れられない、忘れてはならない復讐の相手。

 広がる闇の中に混ざった真紅から怪物が滲み出てくる。

 現れた怪物のそばにはミアが立っていた。


 ――危ない!


 そう思い、彼女の元へと走り出す。

 だが、無情にもミアの身体へと怪物の手が振り下ろされ――


--- ---


「あぁぁぁ――!」


 目が覚め、闇の広がっていた世界に光が差し込まれる。

 最初に視界に映ったのは知らない天井。


 周りを確認しようとするが、動悸が激しく呼吸が苦しい。

 一度深く息を吐き、呼吸を落ち着ける。

 その間、脳が働き始め夢のことを思い出す。


 最悪の夢だった。でもミアは――


 考えるのをやめ、落ち着いた身体で辺りを見回す。

 部屋自体の奥行きはそれほどなく、壁際に本棚が置かれており、その反対側に机と椅子が置かれている。本棚には本がかなりの数が並べられており、この家はそれなりに裕福なのだと分かる。


「この家……? ここは、どこ?」


 目が覚めると知らない家だった。

 おかれている状況が分からず、眠る前の記憶を手繰り寄せていく。


「たしか――」

 王都に来て、路地裏で謎の男二人に連れていかれそうになって、


「助けられたんだ」


 ということはここはあの女性の家なのだろうか。

 そんなことを考えながらベッドから足を下ろし、立ち上がろうとすると。


「お、やっと起きたね少年」


 部屋の入口から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 視線を上げると視界に結んだ藍色の髪が特徴的な女性がこちらへと近づいてくる。


「あ、ありがとうございました」


 意識を失う前に伝えようとした言葉を今伝える。


「よかった。もう大丈夫みたいだね。いきなり倒れるから心配したよ」


 感謝の言葉を聞き、女性はそう言ってほほ笑む。


「あー。えっと……」


 聞きたいことが色々とありすぎて混乱していると、


「そうだ、名前聞いてなかったね。私はヴァレリア・リオポルダ。君は?」


 そう言ってヴァレリアと名乗る女性は名前を尋ねてくる。


「僕はテオです」

「テオ。うん、いい名前だ。

 私のことはヴァレリアでもリオポルダでも好きに呼ぶといい。今日だけだろうし」


 そう淡々と話すとヴァレリアは身体を翻して、部屋の入り口へと帰っていく。

 そして部屋から出る直前、彼女は振り返り言葉を言い残した。


「丸二日眠ってたんだ。お腹、空いてるでしょ? 昼食にするから来て」


 そうして僕はリビングへと案内され、食事を頂いた。


--- ---


「それにしても、災難だったね」


 机に並べられたパンとスープを食べ終わり、ひと段落つくとヴァレリアがそう語りかけてくる。


「最近、子供が攫われる事件が多発してるらしいし、君も気を付けないと」

「はい」

「え、どうしたの!?」


 ヴァレリアが驚いた反応をしたことで、ようやく自分の頬が濡れていることに気が付いた。


「あれ……?」


 拭っても拭っても涙が溢れ出してくる。

 村の皆が死んで、一人で知らない土地にきて初めて人の温かさに触れた気がしたからだろうか。


「そんなに私のスープが美味しかったかぁ」


 ヴァレリアが一人満足げに呟く。


「……そうですね」


 実際。ヴァレリアのスープは微妙だが、そこを指摘できるほど今の自分には余裕はなかった。


「じゃあそろそろ、帰るといい。親御さんも心配してるだろうしさ」

「……」


 帰る場所……。

 どこに帰ればいいのか分からず、僕は俯く。


「どうした?」


 答えない僕を心配し、ヴァレリアは語り掛けてくる。


「家族喧嘩でもした? なら、ちゃんと仲直りしないと」

「……いない」

「何が?」


「みんな、もういないです……」

「え、本当に……?」


 ヴァレリアの確認する声に、小さく頷く。


「……」

「……」


 お互いに気まずい沈黙が流れる。


「あの、僕を弟子にしてくれませんか!?」


 沈黙を破り、意を決してヴァレリアへと懇願する。


「……どうしてか、聞いてもいい?」


 ヴァレリアの紅紫の瞳が、僕を真摯に見つめてくる。

 どうしてか。

 彼女の一言で、自分の無力さに打ちのめされた村での悲劇の記憶が甦る。


 怪物から感じた恐怖。ミアや村の皆を失った悲しみ。

 この世界にまだあの怪物が生きていることに対する憎悪。


 何よりもミアに助けられ、護ることができなかった無力な自分が許せない。

 そんな感情が色褪せることなく、自分の中で激情として残り続けている。あの怪物を殺さない限り、この激情に終わりはないのだと思う。


 怪物を殺す力がいる。

 路地裏の男たちが怯え、難なく退けた彼女であれば、その力を知っているはずだ。


「僕は……僕の村を焼いた、あの怪物を殺さないといけないんです」


 ヴァレリアの瞳を見据え、自分の意思を告げる。


「……そっか、君はあの村の生き残りなんだね。大変だったろうに」


 そこまで言うと、ヴァレリアは目を閉じ一考してから、口を開く。


「覚悟は、あるのかい?」


 紅紫の瞳が僕の目を見つめ、覚悟を問いかける。


「はい」


 その視線から目を逸らすことなく、僕は頷く。


「……分かった。

 本来なら孤児院に預けるべきだろうけど、ひとまず弟子入りを認めよう」

「ほんとに!?」

「ただし、条件がある」


 そう言ってヴァレリアは条件を提示する。


「一つ、復讐してもいいのは君が成人してからだ。

 二つ、私の代わりに家事をこなすこと。約束できるかい?」

「はい!」


 そうしてヴァレリアの下で学ぶことが決まった。

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