デートスポット
いくらかの時間が過ぎたころ、たっぷりと太った店の主人が歩み寄り、
「もしよろしかったらこちらのお客様と相席していただくことはできませんでしょうか」
老紳士が
「ありがとうございます。どうしてもこちらでお茶をしたかったものですから」
ユニークな店主のおかげで肩の力が抜けたらしく、女性は顏をほころばせて老人に礼を言った。カップを
「忙しいときに席を独り占めしてしまっていたようで心苦しかったところですから」
慎み深い老紳士の物腰が女性を安心させたようだった。少女に戻ったかのようなそぶりで身を乗り出すと声を小さくして訊ねる。
「あの店主さんとはお知り合いなんですか。お邪魔してはいけないと思って諦めていたんですけど、あのお客様なら大丈夫だ、と言い張るものですから」
老人はしばらく首を
「すみませんが思い出すことができません」
そう答える老人の目は、どこか遠いところを見見つめる
「そうですか。それはそうとタバコを
老人の記憶の穴を埋めるように女性が声を弾ませた。ころころと変わる表情は大げさだったが嫌味なところがなく
「あなたはまるで探偵ですね。どうして私がタバコを吸うと分かったのですか」
老紳士は感心したという口ぶりで女性にタネ明かしを求めた。彼女は
「スーツの胸ポケットが不自然に膨らんでいますし、右手の薬指と人差し指が薄く黄がかっています。そこから想像してみたのです」
秘密を見抜かれてしまった老紳士は胸ポケットからタバコを取り出してみせた。
「恋人がタバコを嫌っていましてね。お店で待ち合わせをするときは必ず禁煙席に座るようにしているんです」
女性はゆったりと椅子に身を
「そう、約束は忘れていないようね」
老人は女性の言葉を
「気分を害されたのなら謝ります。それでも今日だけはあの人のことを思い出して欲しかったのです。ねえ、その薬指の指輪は誰のためのものですか」
老紳士の
「これは亡くなった妻のためのものです」
女性が老人に優しく
「分かったかしら。わたしはあなたの孫。今日はおばあちゃんの命日だったからどうしても思い出して欲しかったのここは二人が待ち合わせをした思い出のお店よ」
老人は
カフェの扉が
(了)
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