第35話 『ベリオン・タベリット』 カルシェンツ様を変える存在
「拒否ってんだよ、無視してんだよ! 気付いて空気読めよ!!」
ベリオンに声音は聞こえないが、表情と口の動きから読み取ったセリフでどれだけ苛ついているかが解る。見ていて可哀想なくらいあたふたしているが、自業自得だ。
いつもの冷静さはどうしたんです? 何故、ジェノ殿を相手にするとこうなるのか。
だが、怒鳴ったことを直ぐ謝罪したジェノ殿はカルシェンツ様を宥めるように笑う。
おぉ、大人だ。なんとお優しい少年でしょうか。
なんとか落ち着いたカルシェンツだが、どうやら会話はあまりいい方に向かっていないようで、相対するジェノは眉を寄せうんざりした顔をしている。
このままではまずい、何か私に出来ることはないのでしょうか。
拳を握り締め懸命に考え込んでいると、横から護衛隊の一人が近付いて来た。
え? もう時間? いや今はそんなものよりこっちが大事だろう。
同盟国の王妃もみえるからって言われましても・・・遅刻はまずいのはわかりますよ、わざわざこちらに来ていただいてるのですから。でも今はちょっと。
控えていた者達からの「急いで会食へ」との進言に、ベリオンは頭を悩ませる。
国の不利益と王子の友人関係の構築。どちらの方が重要度が高いか。
わかっています。ええ、わかっていますとも。しかし、私個人としては――
そのとき、黒い瞳をした少年と目があった気がした。
「まるで肩書きと友達になったみたいで・・・悲しいな。君自身がどこにもみえない・・・僕は立派な肩書きや、周りからの高評価じゃなく・・・血の通った「人間」と親しくなりたいし、心の通った「人間」と友達になりたい」
そう紡がれた言葉に―― ベリオンは全身が震えた。
カルシェンツ様の頭を撫でる優しい手。
こちらの求めていた言の葉。
――ああ、この子だ。
「・・・・・・」
沈黙が流れる馬車内で、目の前の少年は何を考えているのか。
頭を下げ『申し訳ありませんでした』と謝罪する。
「ベリオンのせいではない、私がもたもたしていたのが原因だ」
結局中途半端なところで別れ、会食に向かっていた。
「それより・・・お前、普通に話せるのか?」
ああ、耳打ちで会食のことを告げた時のことか。
『一応は。ですが音量調節が難しかったり、自分ではちゃんとしゃべれているかよくわからないので、あまり・・・』
そうか、と頷きカルシェンツは息を深く吐き出す。
そして小声で「あの子だった」とこぼし、ベリオンは弾かれる様に顔を上げた。
それは以前会ったことがあるかもしれないと言っていた者のことですか?
どんな風に出会ったのかは知らないが、嬉しそうに細められる瞳にベリオンは微笑みを浮かべる。
間違いなくあのジェノという少年が、カルシェンツ様を変える存在。
「どうしたらいい?」
いままで見たことのない様な、真剣な瞳を向けられ息をのむ。
国王への謁見の際にも退屈そうな顔をしていたカルシェンツ様が、こんなに煌めいた瞳を・・・っ。
「どうしたら、彼を傍に置ける?」
『そうですね・・・まず彼は物ではないので傍に置くのではなく、傍へ寄り添ってみては?』
虚を突かれたように目を見開く少年に力強く頷いて見せ、フワリと笑む。
『王子様ではなく、ただのカルシェンツ・ゼールディグシュという「人間」として、ぶつかってみませんか?』
その後、みたび相まみえた少年に王子様は告げた。
「ジェノ・モーズリスト殿。私と・・・親友を前提に友達になって下さい!」
ええ、確かにぶつかってみようとは言いました。
変な虚栄心を張らずに素直に友達になりたいと言えたのは素晴らしい進歩です。
しかし、なにかそのセリフは違う気が・・・?
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