第32話 『ベリオン・タベリット』 好きだからですわ
固まったまま動かない主人を軽く揺するとハッとしてこちらを向くものの、すぐに視線を対話している二人の子供の方へと向けてしまう。
「ベリオン・・・」
『はい何でしょう』
横を向いたまま話さないでもらいたい、唇が読みずらいんですよね。
「あの者は何者だ? どこの誰だ、あれは」
そう問いかけるカルシェンツの顔は驚きに目を見開き、とても複雑な色をしている。常に余裕のある表情を浮かべている主人の珍しく動揺している姿に、ベリオンは驚いた。
『モーズリスト家のご子息だとか、表にはあまり出てこないので没落貴族と評されていますね』
「没落?なぜモーズリスト家が・・・」
なぜ、とは?
少ししてモーズリスト家の少年が会場を去ると、とりあえずあの者を調べてくれと言われる。
もしや、興味を持ってる? あの少年に?
理由はわからないが彼が気になっている様子の主人を見て、ベリオンは拳を握りしめた。
これは・・・チャンスだ。
会話が聞こえないからどんな子かわからないが、カルシェンツ様がこれほど興味を示す者は珍しい。
「覗き見とは悪趣味ではありませんこと?」
「やあ、レミアーヌ嬢。なんのことかな? 私たちはここでお茶を楽しんでいるだけだが」
「そうですか」と息をつく美少女。
いつの間にか近づいて来ていた令嬢に平然と嘘をつく王子様。
ばれていましたか・・・
お辞儀をしながら冷や汗をかいていると、彼女はベリオンの前で手を軽やかに動かす。
『ごきげんようベリオン。調子はいかが? 殿下はこう言ってますが、本当に偶然?』
『こんにちは、レミアーヌ嬢。調子はとても良いです。レミアーヌ嬢もお元気そうで安心しました。・・・ここにいるのは、失礼ながらレミアーヌ嬢のお見合いの様子を拝見しておりました。噂が気になってしまい私がカルシェンツ様をお誘いしたのです。大変申し訳ありません』
どうせ嘘を吐いてもこの少女には見破られる。そもそも私はすぐ顔に出るタイプですし。
ベリオンの答えにカルシェンツはおかしそうに笑い、頬杖をつきながら話す。
「私の執事は素直でいいね、こういう所が彼の美点だ。私も見習いたいところだよ」
「そうですわね・・・ふぅ、もういいですわ。ベリオンに免じて追及はしないことにいたします」
「こちらは追及したいな。先ほどの彼は何者だい? 女神の生まれ変わりと言われている天下のレミアーヌ嬢をあっさり振るとは常人では考えられない」
えっ! レミアーヌ嬢を振った!?
「嬉しそうですわね」
「ああ、とても面白いね。晴天の霹靂というやつさ・・・何故彼と見合いを? 没落貴族らしいが」
「好きだからですわ」
あっさりと言い切ったレミアーヌの言葉に二人は固まった。彼女は僅か9歳の少女だが、堂々とした立派な立ち姿は凛として毅然としたものだ。
今年29歳になる私よりも時々大人びて見えますね。
「断られてしまいましたが、諦める気は毛頭ありませんの。家柄なんか関係ない。そう思える恋が出来るのは幸せなことだと、祖母も言っていましたもの」
「恋・・・」
「ジェノ様が家柄で結婚相手を決めないと知れただけでも、本日のお見合いは意味がありましたわ。私自身を好きになっていただけるよう今後も努力してまいります」
「君自身を・・・?」
「断られて直ぐ言い寄るのは面倒な女だと思われるかもしれませんから会うのは控えますが、ジェノ様に私のことをもっと知っていただきたいもの」
そういって帰って行った少女の背を見つめ、女の子とは強い生き物だと心底思う。
いや、彼女は多少特別な存在か。私があの歳の時はどんなだったでしょう? 何も考えず遊んでいた気がしましますが・・・体を動かすのが好きでしたからそのまま鍛えて護衛の仕事について――
いえ、今は私の話はいいんですよ。あの少年のことを考えなければ!
『ジェノという少年と話してみては?』
のろのろと迎えの馬車に乗り込んだ主人に進言してみた。
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