第30話 『ベリオン・タベリット』 異例中の異例

※カルシェンツの執事、ベリオン視点となります。



 胡乱気に窓の外を眺める少年の気を引こうと、5人の男達が取り繕った笑顔を張り付けねこなで声を出す。


 かれこれ30分以上もこういった光景を眺めていると、忍耐力が強い方の私でも辟易としてしまいますね。あの御方ならなおさら耐えられないでしょう。

 男共に目もくれずだんまりを決め込んでいる自分の主人を想い、ベリオンは気付かれぬように溜息を吐く。


 「歳も近いことですし、自慢ではありませんがとても器量がいい子なんですよ!」

 「なんの!私の娘の方が数段、いや数十段美しいっ」

 「なんだと!?姪の方がバイオリンの腕は上だ!」

 「それだけではないか!」

 「貴様の方こそ顔だけであろうっ!」 

 「是非ともお耳に入れて頂きたいのですが私の孫はですね・・・」

 

 ヒートアップしていく大人たちをしり目に主人に近づくと、小さく口が動くのが見える。


 「退屈だ。この世はなにも面白味がない・・・」

 険悪な雰囲気になっている男たちを一瞥し、少年は静かな声で言う。


 「私は誰とも関わり合いたくありませんね。他をあたって下さい。失礼する」


 そのまま退出しようと扉に向かう主人に大人達は口々に何か訴えてきているが、近づかせないように間に入る。

『執事兼護衛』のベリオンの耳には、何も聞こえない。

 引き留める言葉を発しているのだろう。実際にはうるさそうですね。


 10歳で縁談の話が来るのは貴族では普通の話である。

 しかしそれを国王陛下に、『結婚相手は自分の好きに決めていい』と許可を貰っている目の前を歩く少年は、やはり普通ではない。

 

 一応婚約者候補を王家側が用意しているのだが、最終的な決定権は本人が持っているのだ。こっちの子と結婚したいと言えばたとえ平民でも異国の者であっても自由に王妃にすることが出来るらしい。


 異例中の異例。


 様々な事柄で王家と国に貢献している第三王子だからこその権利。

 普通許すものろうか。世継ぎ問題は王家ではとても重要な問題であり、婚姻は外交の武器となるものである。

 

 こんな異例が許される程この10歳の少年がこの国にもたらす利益は膨大だという事なのだが、しかし少年は無表情に世界を見下ろす。


 「少し話したらあっさり許可を貰えた」

 そう唐突に契約書を見せてきた主人の目は何も写さず、何も見ていないかのように曇っていた。


 カルシェンツ・ゼールディグシュ


 第3王子として生を受け、なに不自由なく最高位の人生を歩んできた少年は僅か10歳で全てを手に入れ――


 人生に退屈していた。

 

 そんな第三王子に仕える唯一の執事、ベリオン・タベリットは聴覚が著しく低い、障害者である。

 彼以外に傍仕えがいないわけではない。今も20M以上離れた場所に、大勢の護衛が隠れて待機している。

 

 だが気難しい性格のカルシェンツは人を近づけたがらず、ベリオンだけに傍で仕える許可が出された。

 

 これも、異例の事態だった。

 

 二年前。

 抜擢された当時は、ベリオンの耳が聞こえない事と嫉妬も合わさり、様々な中傷や噂が飛び交った。

 『嫌な噂も私には聞こえませんから構いません』と手話で伝えると、滅多に笑わない王子様は微笑んでくれた。


 20歳を過ぎたあたりから徐々に聴力が低下していった頃は荒れに荒れていたが、現在は穏やかな気持ちで日々を過ごせている。

 不自由に感じる面は否めないが、忙しなく過ごしてきた時の中でカルシェンツに救われた部分は大きい。


 何故私だけ許しが出たのか未だに謎だが、誰もが感嘆の声を上げる彼に必要とされた事で、失いかけていた自信を取り戻す事が出来た。

 私を傍仕えに置いた理由はわからないが、カルシェンツ様には感謝している。

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