第17話 『神林虎丸』 白い馬と書いて白馬と読む

 初め、夢かと思った。

 それほどまでに卓越した容姿だったし、雰囲気も幻想的だったのだ。

 向こうにいる使用人の連中も、


「酔っぱらってんのかなぁー? 馬が見えんだけどぉ!」

「大丈夫です。私も見えますから」

「白馬とは、白い馬と書いて白馬と読む。これぞ自然の摂理」

「意味わかんねぇよ、うざっ!」

「俺知らなかったっす。凄いっす!」


 と、騒いでいる。


 興味深々でこちらに近寄ってくる使用人もいたが、その姿が突然視界から消えた。

 うおっ、どこいった?

「痛ぇ! なんだこの穴!?」下から聞こえる声に「旦那様が掘った穴です」と淡々と告げるマリーテア。 

 よくよく目を凝らすと、地面に黒い穴がいくつも空いていた。


 あー埋めるの忘れてた・・・これ夜は危なすぎる。使用人共はいいとしても、坊ちゃんは守らねえとな。

 更に騒がしくなる宴会席はうるさいので放っておこう。


「気にしないでー 別に減るもんじゃないし」


 ひらひらと手を振り軽く答える旦那に、フードをとった美少年は少し驚きながらも名乗る。


「突然の訪問をお許し下さい。私はカルシェンツ・ゼールディグシュと申します。本日はご子息とお話がありお伺いしました。ひいてはその許可を頂きたく――」


「いいよ。ジェノの友達なのー?」


「えっ! あ、いや、あのえっと・・・はいっ、と、とととともだちです!」


 ん? ゼールディグシュ? どっかで聞いたことがあるような。

 急に慌て出したカルシェンツ少年は、少し迷った様子を見せた後、意を決したのか緊張した面持ちで言い切った。


「いえ、見栄を張りました。まだ私達は友人とは言えませんが、いずれ誰もが羨む関係を築き・・・全世界が認める親友となります!応援よろしくお願いしますっ!!」


 全世界とは大きく出たな、めちゃくちゃ広いぞ。

 見事な角度でお辞儀した少年。隣で旦那が吹き出し、大爆笑し始めた。

 こらこら旦那、この金髪美少年は真剣なんだからもうちょい抑えてやれ・・・気持ちはわかるがな。


 そして後ろでマリーテアが「天使がっ、天使がここに!」となにやら胸を押さえ悶えだした。

 どうしたっ、何かの病気か!?


「最後はジェノが決めることだけどね、友人は必要だし面白そうだから応援するよー」


「本当ですか! 全力を尽くして頑張ります」


「頑張ってねー。あ、でも・・・」


 急にへらへらとした笑みをすっと引っ込めると、旦那は声を潜め少年に耳打ちした。


「あの子を泣かせる様なことがあったら・・・たとえ王子様でも、許しはしませんよ」


 普段より数段低い声。


 心が冷える様な冷たく暗い瞳。


 この場をすぐに逃げ出したくなる異様な空気。



 これは仕事時の旦那の表情だ。

 ちょっと子供に向けちゃまずいやつでしょうよソレは・・・うっわ、もろこの空気に当たって少年ガッチガチに固まってんじゃん。いくら坊ちゃんが心配だからって子供を脅しちゃいかんよ、かわいそうだろう旦那。


 それと・・・王子様って言ったか今?

 思い出した、確かゼールディグシュってのは王家の姓だったはずだ!


 今はもう笑顔だが、目が全く笑っていない旦那に「目が死んでます、戻して戻してっ!」と耳打ちする。

 目を瞑り顔をむにむに動かし、へらへらに戻す。

 そうそうその調子です。応援するなら優しくしてくださいよ。ったく、坊ちゃんの事となると恐いくらい真剣なんだよな。普段との差が激し過ぎる。


 主に坊ちゃんの前以外では、基本メロスの旦那はこんな感じだ。自分の懐に入れた者にはとことん甘いが、それ以外には極端に冷たく、容赦がない。


 俺は旦那を心から尊敬してるし、もはや陰で崇めていたりするが・・・たまに恐ろしくて堪らない時がある。詳しい事は言えないが、味方で良かったとつくづく思うのだ。


「・・・私の持てる全ての力を持って、ジェノ殿を守ります! ジェノ殿は私に必要なのです。そして私も、彼に必要とされる人間になりたい! だからっ」


「うん。君のその決意を信じるよ」


「――えっ?」

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