第16話 『神林虎丸』 おい、通報するぞ

 ◎神林虎丸視点となります。



 最近俺の仕事場が騒がしい。


 以前からもたびたび騒がしいことはあったが、ここ最近毎日怒鳴り声や笑い声、悲鳴がこだましている。

 まあ、元気がいいのは良いことだな。なによりあの坊ちゃんが同年代の友達と騒いでる! ってのがいいことだ。


 大人に囲まれて育ったせいか、妙に斜に構えた考え方をしている10歳の少年。跡取りとか昔の事とか、色々なことが子供らしさを奪ったんだろうが、もっと少年ぽくバカ騒ぎした方がいいと前から思っていた。


  まあ、実際は『少女』だけどな。


 このことを知っているのは、モーズリスト家当主とその使用人だけである。

 使用人の数は8人・・・いや、10人か。


 二名ほど普段から存在を完璧に消して、裏の仕事を請け負っている者がいるのだ。おそらく今もどこかに身を隠し、じゃれあっている微笑ましい二人を見守っているのだろう。


  しっかしあいつ等、いくら『忍者』だからってどんな時も忍び装束を脱がない!ってのはどうなんだろーな。逆に目立つんじゃねぇか? って毎回思うんだが・・・ まあ、身を隠してるあいつ等を見つけられた試しがねぇから言えねぇんだけどよ。顔見てみてぇぜ。


 坊ちゃんに至ってはあいつ等の存在自体知らないしな。

 誰も自分を護衛しないとぼやいてるが、実際は二人の忍びが常に張り付いて護衛しているのだ・・・本人に知られずに。


「誰かにずっと見張られてるのって、精神的に疲れるからさー」


 自由と安全性を考慮した策! とメロスの旦那が以前言っていた。

 坊ちゃん以外にも、二・三年ぐらい前に屋敷にきた使用人には『忍び』の存在を知らない奴もいるかもな。


 四年前にメロスの旦那と契約した二人の忍び。

 名前は服部半兵(はっとりはんべい)と服部満蔵(はっとりまんぞう)・・・うさんくせえ。


 どっちがどっちか全く見分けがつかないし、同じ日ノ本出身としては色々思う所もあるが・・・細かいことは聞かねぇどいてやるよ!

 ちなみに俺の神林虎丸(かんばやしとらまる)は本名だ。かっこいいだろう!


 10年前に旦那と出会った頃はバリバリの聖騎士だった俺だが、今ではこうして植木をチョキチョキしてるとは・・・人生ってのは面白いねぇ。またいつ危険な事をやるはめになるかわかんねぇけど、まっ旦那といれば大丈夫だろ。


 俺は旦那以上に凄い人物に出会ったことがない。

 あとここの使用人共は一癖も二癖もありまくるのが揃ってやがるから、全く飽きない所だ。


 祖国を出て15年、母ちゃん元気かなぁ。 



「きゃ――!」


 感傷に浸っていると唐突に現実に引き戻された。

 さすがに毎日だと慣れてきたが、やっぱ悲鳴は心臓に悪い。


「何だどうした?」


「エンジェルがっ、エンジェルが動物と戯れていますわ! なんて、なんてあざとい!!」


 なんだそりゃ・・・

 俺が切り揃えている植え込みの横で、メイドのマリーテアが双眼鏡を構えている。完全に変質者だ。


「おい、通報するぞ」


「見ているだけですわ。見物料なら払いますわよ?」


「普通に近づけばいいだろう。メイドなんだから給仕してこいよ」


「エンジェルはジェノ坊ちゃんと二人きりの方が良い表情しますの。私は邪魔などいたしませんわ!」


「俺の仕事の邪魔を今してるがな」


 ・・・おい、無視するな。それになんだエンジェルって!

「頭おかしくなったのか?」そう言ったらお盆で殴られた。

 角はやめろっ!

 クールで冷静なマリーテアは、一体どこへ行ってしまったのか・・・


 フリルのスカートが汚れるのも構わず叫ぶ姿に、普段の面影は無い。

 約7年ほど行動を共にしてきたが、こんな事は初めてだ。よく知ったつもりでいたが、考えを改めねぇとな。


 それもこれもあの日、「白馬の温泉王子様事件」が全ての始まりだった――



「メロス・モーズリスト殿とお見受けする。・・・無断で敷地内に入ったこと、お詫びいたします。申し訳ありません」


 童話から飛び出したかのような白馬から降り立ったのは、童話に出てくる王子様のような美少年。

 彼はメロスの旦那の素晴らしき僥倖で温泉が湧きだし、どんちゃん騒ぎの宴を開いている最中に突如現れた。

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