第11話  庭ってうちの庭?

 後ろを振り返らずともジェノには誰が来たのかわかっていた。

 屋敷の当主であるメロス・モーズリストだ。

 毎度毎度くだらない事で彼がドタバタ走って来るのは、モーズリスト家ではよく見る光景だった。


 あーはいはい、今度はなんなんだ?


 おばけが出たのか?


 下着が盗まれたのか?


 忍者と主従契約したのか?


 僕が連れ去られる夢でもみたのか?


 いままで様々なくだらないことで大騒ぎした父親の姿を思い出し、ジェノは乾いた笑顔を張りつけ慌ただしい男へ視線を向けた。

 さぁ今回は何事ですかな、お父上?


「温泉が湧き出た――!」


 んん、なんて言った?


「・・・温泉が湧き出た?」


 満面の笑みで報告に走ってきたメロスにマリーテアが怪訝そうに尋ね、牛ステーキを頬張っていたジェノも手を止めて振り返る。

 いま、温泉って言った? 


「そう!チョロチョロだけど、掘ったらドバ―っと出るよ!凄いでしょー」


「はあ、何処に出たんですか?」


「庭!」


「庭ってうちの庭? 何でまた」


「嘘ですわよね?」


「嘘じゃないってば! 掘ったら出たから取り敢えず見に来てよ二人とも!」


 マリーテアと顔を見合わせ、ジェノは思いっきり眉を顰める。

 突拍子もない話だが、嫌な予感がした。

 庭に移動する途中バタバタと慌ただしい使用人達と擦れ違い、いつものんびりしている彼らが慌てている様子に、これはもしかしたらもしかするのでは?と歩を速める。



 ――ああ、もしかしてしまった。

 湯気らしきものが出ている泥水が大きな水溜りを形成し、ポコポコと泡が浮かんでは消えていく。


 屋敷の裏側、300m程行った地点にそれはあった。土地だけは広大に持っているモーズリスト家。約半径一キロの所に屋敷を囲む石塀があるのだが、実はもっと様々な場所にも土地を所有しているのだと数年前メロスから聞かされた。


 そんなにあるならちょっと売払って屋敷を改善しろよと思うのだが、このボロさが落ち着くんだよねーと笑いながら言われ、取り合ってもられない。

 落ち着かねぇよ、雨漏りで寝れないんだよこっちは!


 実際所有している土地の価値だけなら、モーズリスト家は没落貴族では決してない。むしろ上流貴族の仲間入りだ。

 しかし貴族としての責務であるとても重要なパーティーの類に一切参加していない為、廃れたなどという噂が自然と流れたのである。


 当主の仕事が不明というのも影響しているのだが、噂を毛ほども気にしないメロスにとっては痛くも痒くもない。


「一心不乱に掘ってたら湿ってきてね、変だなーとは思ったけど気にせず掘り続けたらこうなったんだよー」


 満足気に話すメロスにマリーテアがキレのいいチョップをおみまいし、「もっとやれー」とジェノは拳を握る。

 そもそもなんで庭なんか掘ってんだよ。

 よくよく周りを見渡すと大量に穴が空き、掘り出した土を一面に撒き散らかしていた。


「あ、ジェノそこら辺に落とし穴仕掛けといたから気を付けてね。使用人達をビックリさせるんだー」


 僕が昼寝している間にメロスの奴は一体何をやっていたんだ!?誰かあのバカの行動を説明してくれ!

 心底楽しげな父親に娘は頭を抱え、綺麗に隠された落とし穴を見つめて項垂れた。

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