第9話  人の価値ってのは

 じゃ!と扉に手をかけようとして、思いがけない力に腕を引かれ体制を崩す。自分より華奢だと思っていた少年にこれ程の力があったのかと驚き、ジェノは目を瞠った。


「どうして断る・・・私がここまで言ってるのに。皆卒倒するほど光栄なことなんだぞ。私の傍にいるだけで周りから羨望の眼差しを向けられるし、我が家のパーティーに出席すれば二度と没落だなんて呼ばれなくなる」


 いままでの高慢な態度とは違い淡々と話す少年の瞳は静かに揺らめき、凛としている様に見えて少し触っただけで崩れてしまいそうに儚い。間近でみる天使の様に美しい顔立ちは白を通り越して青白く、形の良い唇も血色がよくないのがわかった。

 ジェノの両腕を必死に掴んだ手から、細かな震えが僅かに伝わってくる。


 ああ、もしかしてこの子は――

 少年の肩越しに彼に付き添って来た執事の姿を捉え、ジェノは確信した。


「貴族や華族、近隣の王国やその他の有権者にだって、今迄とは違う扱いを――っ!」


 掴まれていた腕をゆっくり外し、触り心地の良いねこっ毛のブロンドを優しく撫でる。

 驚きに見開かれた瞳に微笑みながら、それは・・・と言葉を紡いだ。


「まるで肩書きと友達になったみたいで・・・悲しいな。君自身がどこにもみえない。僕は立派な肩書きや、周りからの評価じゃなく・・・血の通った「人間」と親しくなりたいし、心の通った「人間」と友達になりたい」


 くしゃっと髪を搔き混ぜ、ああ少し垂れ目なんだなとどうでもいいことを思う。僕の言葉はちゃんとこの子に伝わるだろうか。


「人を気遣える優しい人や、見てるだけでこっちまで元気になれる明るい子。リーダーシップがあって引っ張ってくれる頼りになる存在・・・人の価値ってのは家柄だけじゃない」


「・・・・・・」


「周りの評価ではなく自分の目で見て接して、相手の事を知ってはじめて―― 『友情』ってものが芽生えると思う。友達になるのはそれからだ」


 撫でていた手を離し、少年の返答を待つ。

 これで家柄や肩書きが全てだと言ったらもうおしまいだ。丁重に帰っていただこう。


 だが、少年が口を開く前に離れていた執事が近づき、彼に何か耳打ちをする。少年が「まだいいだろう」と言うと、執事は申し訳なさそうに首を横に振った。どうやらこの後用事があるようだ。

 少年は少し渋った様子を見せたが、諦めたように溜息をつき此方を振り返る。


「・・・また、ここへ来てもいいだろうか?」


 また来るぞ!という傲慢な言い方ではなく、ジェノに許可をとるようなセリフに変わった。その少しの変化に彼に何かが届いたんだと感じ、自然と笑みがこぼれる。


「まぁいいけど、もう早朝はやめてね。・・・じゃ、また」


 扉を閉める間際、熱い眼差しを向けてくる少年と深々とお辞儀する執事の姿が見えた。

 閉まった戸に少女はもたれ、肩の力を抜くようにフゥと一息つく。


 おそらく彼は、無意識に助けを求めていたのだろう。まるで縋るような目と緊張で強張った身体に触れ、ジェノはそう感じた。

 あの小さな少年は傍にいてくれる人間を求めている。心から信頼できる人間を。


 自分にはメロスがいた。

 メロスがいなかったら、どうなっていただろう・・・? 考えただけでゾッとしてしまう、恐ろしいことだ。



 さてと、これからどうなるのかな? 僕はどうしたいのだろう。まぁ、なるようになるよね。ぅうーん、まだ眠い。もう一眠りするか!

 ジェノは大きく欠伸をしながら、二階へと引き返して行った。


 あ・・・名前聞くの忘れた。

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