第7話  何も見なかったし、聞こえなかった

「ジェノ坊ちゃんも学校に通ったらよろしいのに」


 強い日差しが突然瞼に降り注ぎ、二度寝を繰り返していたジェノは顔を顰めた。部屋に入ってカーテンを勢いよく開けたマリーテアはジェノの布団を剥ぎながら小言を言う。


「同い年の子達はもうとっくに起きて一時間目の授業を受けている最中ですよ。さっさと起きてください、ジェノ坊ちゃん」


「・・・ぅん~・・・団体行動苦手」


 のろのろと起きながら呟くと、はあ~とこれみよがしな溜息が聞こえた。


「ほんとそっくり」


 ・・・誰と?

 徐々に覚醒したジェノは服を着替え自室を出る。屋敷に来て三年目のメイド、マリーテア・ぺリスは部屋のセッティングから食事の配膳までテキパキとこなし、寝癖の付きにくいジェノの細い髪を更にサラサラヘアーへと仕上げていった。


 モーズリスト家に務める使用人は全部で8人。

 普通の貴族の使用人の数と比べ驚くほど少ないのだが、一人一人の個人の能力が高いため不便に思ったことはなかった。

 ジェノは此処よりも他の貴族の屋敷の方が報酬もいいだろうし、綺麗な部屋で暮らせるのだからすぐ辞めてしまうのではと心配なのだが、何故か皆楽しそうに働いている。


 しかも「無償でいいから雇ってほしい!」と極稀に屋敷を訪れて来る奇特な者もいるのだ。

 意味不明なボランティア精神だな。別の場所でゴミ拾いなどして世の中の役に立った方がいいと思いますよ。

 その者達はどうやらメロスの関係者らしいのだが、詳しい事は何度聞いても教えてもらえなかった。・・・一体何者なんだメロス。


「旦那様も面倒がって一切パーティーの類には出席しませんから、貴族の間ではモーズリスト家は潰えた、なんて噂もあるんですよ。まあ、殆どうちの話題など滅多に上がらないでしょうが」


 何でもない事のように話しお茶を入れるマリーテアを見て、デザートを口に運んでいたジェノは笑いが込み上げてきた。

 普通その家の跡取りを前にしてこんな事を平然と話すメイドはいないだろう。


 うちの使用人って変わってる人多いよなぁ、あー面白い。

 これを面白いで済ませるジェノも物凄く変わっているのだが、本人だけがその事に気が付いていない。


「先程何度呼んでも旦那様が起きないので氷水をかけてみたんですが、微動だにしませんでした。もうっ、後でシーツ洗わなきゃいけなくなりましたわ!今度は熱湯をかけますから覚悟しておいて下さいって、旦那様に伝えといてもらえます?」


 今なんか凄い恐ろしいことを聞いた気がするぞ、大丈夫か。

 メロスとマリーテアは家出中に知り合った仲だと聞いたことがある。

 『主と使用人』というより友人に近い関係なのだろうが、メイドの言葉とは思えない過激宣言だ。


 まぁ仲良さ気でよかった。今度から僕はスパッと起きることにしよう、うん!



 さて、今日は何をしようかな。

 朝食を食べ終え席を立ったところで『キンコーン』と、チャイムの音が屋敷に響き渡った。

 マリーテアは洗濯しに行っちゃったし、仕方がない僕が出るか。

 お髭が立派なお客様に「美しいアンティークだ!」と言わしめたドアノブに手を掛け、重い扉をゆっくりと開けていく。


 ガチャ、キィー


「お前を特別に、私の友達にしてやってもいいぞモーズリスト! 嬉しいだろう、喜べ!!」


 バタンッ! ガチャ。


 ・・・うん。

 僕は何も見なかったし、聞こえなかった。


 さぁーて今日は屋敷でごろごろするかなー、やっぱり三度寝は休日のロマンだよね。よし、現実から逃れて楽しい夢の世界へ戻るとするかぁ!

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