第2話 君がジェノだね
五年前、モーズリスト家の当主バンズ・モーズリストの妾の子であったジェノは、母親に連れられモーズリスト家の屋敷にやって来た。
広い土地はあるものの、修繕に費やすお金のない没落貴族の屋敷は見るからにボロかった。だが、今までスラムのゴミ溜で暮らしていたジェノにとって、それは破格の暮らしだった。
「ずっとここで暮らしたいわよね? 美味しいご飯もいっぱい食べられるし、温かい布団で朝を迎えられる・・・もうあんな生活に戻りたくないでしょう? ジェノはいい子だから約束をちゃんと守るって、ママ信じてるわ。さあジェノ、いつもの言ってみて」
「・・・ジェノは、おとこのこで、バンズモー、モーズリストのむすこ、です。そして、ひとまえではぜった、い・・・はだかになりませんっ!」
「そう、そうよジェノ、よく出来たわねぇ。ジェノが男の子でいればずっとこの家にいられるのよ・・・男の子でいれば、ね。いずれ全て手に入るわ。地位も金も、新しい男も権力も。うふふふっ 早く死なないかしらね、あの人」
綺麗に微笑む母親をみて、ジェノは嬉しくなった。
まだ五歳で状況は全く理解できなかったが、残飯を漁っていた生活が一変したことも、母親の機嫌が屋敷に来てからすこぶる良くなり殴られなくなった事も・・・ただただジェノは嬉しかったのだ。
屋敷の使用人達は突然現れた親子に蔑む様な視線をよこし、母親と誰かが怒鳴りあっている事もあったが、ジェノは絶対に約束を守ろうと思った。
そして屋敷に来て半年後、当首バンズ・モーズリストが病で亡くなったと聞くと母親は乱舞して喜んだ。
その狂気に満ちた恐ろしい姿を、今でもよく覚えている。
自分の首を両手で絞めながらくるくるとダンスするように回り、泣きながら甲高い高笑いをあげる母親を、ジェノは震えながら見つめ続けた。
しかし、それから最高潮に良かった母親の機嫌は、唐突に地に落ちた。
行方不明と言われていた父親の弟、つまりジェノの叔父が7年振りに屋敷に帰って来たのだ。
その日を境に母親がまたジェノを殴るようになる。
ジェノには何が何だか分らず、ただ息を殺して自身の存在を消し、見つからないように隠れる事しか出来ない。
いつかこの悪夢が終わると信じて――
「君がジェノだね」
どれくらいの日数がたったのだろうか。
調理場の隅で芋をかじっている幼い少女に、若い男が声をかけた。
「君の存在を知ったのは昨日の夜で、見つけるのが遅くなってしまった・・・本当にすまない!」
ガバッと頭を下げた男は長い間そのままの姿勢だったが、ジェノが何も言わずにいると勢いよく顔を上げ、ジェノの身体をきつく抱きしめた。
人肌など久しく感じていなかった少女は、困惑の表情を浮かべて硬直する。
体温の高さに戸惑うジェノに、ゆっくりとした口調で男は囁いた。
「ジェノ、落ち着いて聞いてほしい。まだ理解ができないかもしれないが、ありのままを伝えるよ。ジェノのお母さん、タラナ・アーデンさんは三日前に亡くなったんだ。死んで・・・しまったんだよ。理由はー・・・いや、これは君がもう少し大きくなったら話そう。そこで、君のことを僕が引き取ろうと思うんだが、どうだろうか?」
真っ直ぐにジェノの瞳を捉えて話す男の言葉を、静かに聞く。
「・・・・・・ジェノ?」
黙ったまま反応しないジェノに不安になったのか、確認するように男は名を呼んだ。
「おにいさん、だれ?」
「っ!・・・あぁーそっかごめん! いやいやそーだよねぇ、完全に忘れてたよ」
男は頭を抱えたかと思うとジェノの身体をヒョイと持ち上げる。
「僕はメロス! メロス・モーズリスト。君の叔父、ジェノのお父さんの弟だよ、よろしくねジェノ」
「お、じ?」
「そう叔父! 仲良くしてねー。僕たち二人は最後のモーズリストの血筋、つまり家族だ!」
「ママは?」
「んー、お母さんはモーズリスト家の血は入ってないからねぇ、アルジャンネさんの子供もダメだったし・・・いやでも全然大丈夫だから安心さ! 僕が付いてるよ、二人なら乗り越えられる。ね、ジェノ!」
「?・・・うん!」
全く意味はわからなかったが、なんとなく楽しくなって力強く頷いたことを覚えている。
これが後にジェノの『新しい父』となる、メロスとの出会いであった。
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