親友の距離感って僕には面倒臭い。
殿と殿
第1話 日曜大工と昆虫採集、です
クリーム色の柔らかそうな長い髪。
憂いを帯びて潤んだ大きな瞳。
小さな顔に完璧なバランスで配置されたパーツ。
細くて白い絶妙なラインの首と手足・・・
誰が見たって『美少女』だと口を揃えて言うだろう。そんな少女と見つめ合いながら、厄介なことになったなぁとうんざりした気持ちでジェノは目を細めた。
昨日父親に唐突に言われたお見合い話。相手はこの国有数の貴族の令嬢である、レミアーヌ・ブロンディス嬢9歳。
古くから続く由緒正しい家柄の可憐なお嬢様は、花が綻ぶような笑顔を向けてくる。
一方こちらはギリギリ貴族と呼べるか呼べないかという、比べてしまうと残念な身分の跡取り。
ジェノ・モーズリスト 10歳。
「あ、あの・・・ジェノ様のご趣味は?」
鈴を転がした様な可愛らしい小さな声が尋ねてくる。食べていたスコーンを置いたはいいが、まだ口の中がもごついて答えられないでいると、レミアーヌが慌てたように謝罪した。
こっちが見合い中にスコーンを爆食いしてんのが悪いんだから、謝んなくていいのに・・・なんか仕種がお嬢様みたいだなぁ。あ、その通りなのか。やっぱ本物の貴族令嬢は優雅さが違うね。
「あ―・・・日曜大工と昆虫採集、です」
日曜大工は別に趣味じゃなかったなと思い至り、何故かキラキラした瞳とぶつかった。
「昆虫が平気なんてジェノ様は勇敢でお強いのですね! 日曜大工も大工という事は何かをお作りするのですよね? 一体何でしょう・・・素敵な椅子などでしょうか」
「いや、雨漏りの修理とか」
「・・・雨漏り?」
「寝てる時落ちてくると本気でビビるからやってるけどさ、いくら修理しても追い付かないからもう放置しようか悩み中でさ・・・いや、です」
気を抜くと敬語が外れてしまい、そんなに育ちがよくないのが露見する。そもそも全く乗り気でない見合いに連れ出され、ジェノは辟易としているのだ。
どうせ上手くいかない縁談だし、ボロが出る前に早く終わらせた方がいい。
ジェノはしきりに雨漏りに関心を示して話を合わせようとしてくれている華やかな少女、レミアーヌを見遣った。
実際だったら必死に話を盛り上げ相手の心を掴もうとするのはジェノの立場で、ブロンディス家とお見合い出来るような価値が没落貴族のモーズリスト家にはない。
ただ今回は街で犬に襲われていたレミアーヌをジェノが助け、一目惚れした彼女の強い希望でこの場が設けられた。
いままでも度々女の子に好意を寄せられた経験のあるジェノは、確かに整った顔立ちをしている。
漆黒のさらさらとした黒髪に芯の強そうな凛々しい黒目。流れるような鼻筋と、すこし肉厚な唇の左下にある黒子は色気を感じさせ、鋭い流し目に見つめられるとドキドキするらしい。
最近の女の子はませてるよな。
普通だったら高貴な家柄の、誰もが羨む完璧な美少女との縁談は一族総出で喜ぶところだ。
しかし、昨日からモーズリスト家には負のオーラが充満していた。
はぁ~っと大きな溜め息を吐き出したいのを喉元で辛うじて堪え、頷きを繰り返して聞き役にまわる。
メロスが承諾なんてしなければこんな事にはならなかったんだ!
昨晩の父親とのやり取りを思い返し、ジェノの頭痛は一層激しさを増す。
この縁談は絶対に断らないといけない。
どんなに相手が可愛くても、地位の高い貴族であっても、レミアーヌとは結婚できない理由があるのだから。
ジェノは・・・女の子なのだ。
世間ではモーズリスト家の嫡子と思われているし、屋敷でも跡継ぎとして育てられてきた。だが正真正銘、ジェノは『女性』だった。
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