第8話 アリのはなし
「あれーカルロスは?」
障子の向こうから、ずいぶんと体を曲げて居間を覗きこむ人がいます。アリです。
「パンを買いに行ってる」こたつに入ったいもうとが、背がわに手をつき、顔をくるりと逆さまにしてこたえます。
現在時刻は15時10分。15時ごろに焼き上がる名物のずんだあんぱんを買うため、最近話題のパン屋さんへとカルロスはチャリで出かけています。
「そうなの。エーじゃあどうしよ、おみやげあるんだけど」アリは大きい手のひらで坊主頭をかきあげ、左に持った紙袋を差し出します。
「ワッ」「やった~」わたしたちは声をあげます。アリが持ってきてくれるおみやげは、確実に甘いものだからです。
アリは町のお菓子屋さんです。本当の名前はアーリー・シアガですが、しのざき家の面々はアリと呼んでいます。
コーヒーとカカオの国でうまれて、いまはこの町でお菓子屋さんをしています。アリがひとりで切り盛りしていながら、季節のケーキをいくつかと焼き菓子、チョコレートなども販売しています。
アリとカルロスのお店は同じ地区にあるので、飲食店の組合の仕事などでよく一緒になり、それで意気投合し、いまではしのざき家にもたびたび訪れるほどの仲です。
「ちょっと、あなたたちパン食べるんじゃないの」
アリがジョークで肩をすくめます。
「パンも、甘いものも食べる。3時だから」いもうとが腕を組み、高らかに宣言します。「食べる」わたしも腕を突き上げ、強固に意思表示をし、お茶を入れるため立ち上がります。
「まあいいか。ハイ、うちの新作」こたつに足をつからせたアリが紙袋の中から、綺麗な紙にくるまれたチョコレートを取り出しました。
歓声があがります。六角形の、可愛らしい板チョコレートたち。南国の植物と色とりどりの鳥や、オレンジ色のビーチ・パラソルとエメラルドの海、段々と隆起した岩盤の上をなめらかに流れる滝が描かれた、つややかな包装紙がまぶしいです。
「わぁこれは」ピンときたいもうとが言います。
「そう。うちの観光地」
「すごい」わたしはついチョコレートを手に取り、立ったままひっくり返したりします。
「さすがに有名どこすぎん?って言ったけどネエさんがさあ、このぐらいがいいって」
「たしかに。」裏面には、アリの実家のチョコレート屋さんのロゴがスタンプされています。
アリの実家はチョコレート屋さんをしています。親類一族みんなで、カカオ農園、コーヒー農園、チョコレート屋さんを営んでいるわりととんでもない家です。
いまはアリのすぐ上のお兄さんの奥さん、ネエさんことガブリエラさんが商品開発を担っています。新作ができるとアリのお店にも出荷し、販売されます。しのざき家の面々は、いつもとても楽しみにしています。
すると、玄関がギャッと開きました。カルロスが帰ってきたようです。
「おっと」チョコレートをこたつのうえに戻し、わたしは急いでお茶の準備をします。といっても、温めた急須へ人数分の茶葉を入れるだけなのですが。今日はチョコレートがあるので、アリがおすすめしてくれたほうじ茶にします。
「タダイマ〜」
香りたつ茶葉をさらさらと急須に入れていると、ビニール袋を下げたカルロスがにこにこ顔で戻ってきます。
「おジャマしてる〜」障子の向こうから、アリがひょいと顔を出します。
「アッ!やっぱり〜いらっしゃい」
カルロスはだいぶうれしそうです。カルロスの国とアリの国は海をはさんでお隣さんなので、スピリットが合うのかもしれません。
こたつにカルロスがずんだあんぱんを、アリがチョコレートを、わたしがほうじ茶をそれぞれ並べておやつの時間が始まります。
まずはアリのチョコレートから。いもうとが、植物と鳥の包み紙をていねいに開けてゆきます。カルロスはビーチパラソルに手を出します。なので、わたしも滝を手に取りぱりぱりと包みをはがします。
「鳥がライム、海のが安直だけど塩、滝はラム酒」
アリの説明をみなふむふむと聞きます。
「滝がラム酒?」つい、口にすると、「滝の水でお酒作ったりするでしょ」とアリに言われ、「お酒が滝になってる昔話があるよ」といもうとに返され、「そうなのか〜」と頷きます。
包みをすべてはがすと、尾っぽの長い小鳥が刻印されていました。レリーフのようで可愛らしいです。カルロスが、「ワァカワイイ!」と言った瞬間にチョコレートをバッキリまっぷたつに割ります。いもうともためらいなく割ります。いもうと担当のチョコレートは中にライムのソースが入っているので、メシャア、と音がします。わたしも、若干ためらいながらもふたりに習い、思い切りよくチョコレートを分割してゆきます。アリは、美味しそうにほうじ茶をすすっていました。
「さて!」カルロスが、胸の前で手を合わせます。各自、チョコレートが行き渡り、各々好きに食べはじめます。カルロスはまずライムから。「エ〜コレすごい。とてもフレッシュ。どうやってるの?」「ちょっとレモンも入ってるのよ」「ヘエー」カルロスはふむふむと頷きます。
いもうとは塩チョコレートを。「わ~これちょっとジャリってするおいしー」「塩味ガッツリのが食べたかったんだよね~ってネエさんが」「わかる〜」いもうとが、ふたかけらめを口へ運びます。
わたしはラム酒のチョコレートを、口の中で溶かします。しっかりとした、力強いラムの香りが、カカオ高めのダークチョコレートとの相性がばつぐんです。
「わあ大人向けだね」
「でしょ。現地ではそれがいちばん人気だそうです」
「なるほどなあ」わたしはほうじ茶をひとくち飲みます。香ばしさが広がります。アリがくれたちょっと良いほうじ茶、チョコレートのお供にもってこいなのです。
ひとしきりチョコレートを楽しむと、次はずんだあんぱんの番です。小ぶりですが、ずっしりと重量のあるあんぱんがひとりにひとつずつ。人数分が買えたので、姿勢を正したカルロスが得意げにしています。「ありがとーカルロス。」言うと、さらに得意げに胸をはるカルロス。
「ずんだって、いいよねえ」いただきますと手を合わせ、さっそくあんぱんをふたつに割ったいもうとが、断面をこちらへ見せつけてきます。
つやつやに焼けた薄めの皮に、鮮やかなみどりいろをした、たっぷりのずんだあん。「ウワー!」「うわー!」ついつい、はずんだ声が上がります。
おのおの、自分のあんぱんを割るとふたたび「ウワー!」。だだちゃ豆の香ばしい香りが、ふわりと鼻をくすぐります。
そして、ひとくち。するとたちまち口の中に、甘さ控えめ、でもしっかりと豆の味のするあんと、しっとりとした生地の食感が混ざりあって広がります。ところどころに粒が残ったずんだあんと、絶妙な厚さの生地。びっくりするほど美味しい。
「うわー」いもうとが口に手を当て、目をぱちぱちさせました。「おいしーねー」カルロスは既に食べ終わりそう。「エーこれスゴいわ」アリは、神妙な顔つきであんぱんをもぐもぐとします。「美味しい」あんぱん、美味しいですよね。
チョコレートたちとずんだあんぱんを食べ終わり、みんなでほうじ茶を頂きます。と、ちょうどよく冷めたほうじ茶をぐいっと飲みほして、アリがこたつから立ち上がります。
「いいの思いついたから帰るわ」手のひらをこちらに見せて、ぴしりと立てるとアリは障子を開けたまま玄関に降りていきました。カルロスが開いた障子を閉め、見送りに行きましたが、既にアリの姿は見えなくなっていたそうです。ちなみにアリはいつも走って家まで帰ります。
「ふふふ」居間に戻ったカルロスが、不敵に笑います。
「ふふ」いもうとが同じく、わるいかおで笑います。
「アリの新作ケーキ、タノシミだねえ」「だね」「ずんだケーキだねえ」
わたしたちはこたつに戻り、パティスリー・シアガの新作について盛り上がるのでした。
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