第6話 にいちゃんのはなし



「ジョスコ行くべ」

 ベルチャイムが鳴ったので、わたしは階下に降りていきます。現在、昼の13時です。今日はいもうと、カルロスともに、作業日もとい『仕事もろもろを片付けたいので引きこもりますよろしくね』の日です。いもうともカルロスも、一気にがっつりと物事を済ましてしまいたい派です。

 引き戸が全開の玄関先で、野球帽をかぶったおいっ子と並んだにいちゃんが親指を立てます。

 わたしは少し首を伸ばして、にいちゃんの愛車、白のラングラーのなかを覗き込みます。

「ねえさんは?」

「シフト」

「ああ今日日曜日か」

 にいちゃんの奥さん、わたしにとってのねえさんは看護師をしています。土曜は必ず休みを取りますが、日曜日は仕事に入ることが多いです。

「そ。んじゃ行くべ」にいちゃんが身をひるがえします。

「待て。着替える。そしてなぜだ」

「たまご一人1パックなんだよ」

「あーはい」

 完全にただの人足ですが、たまごは大事なので承諾します。



 日曜日のジョスコ、もといネオンはわりかし混んでいます。しのざき家の面々はいまだジョスコ呼びをします。ちょっとかわいらしいからです。

 まずは二階に用事があるらしいので、屋上の駐車場へ車を停めます。平日は数台しか停まっていませんが、今日は空きのほうがちらほら、といったところです。


 車を降りると風が吹きます。よく晴れた春の陽気が背中にぽかぽか当たりますが、風はまだちょっと冷たいです。

 と、にいちゃんとおいっ子がくしゃみをします。花粉です。4月のスギ花粉が終わっても、5月のブタクサが控えています。


 入口から店舗に入り、エスカレータを降りると100円ショップが見えてきます。以前は本屋で、わたしのアルバイト先でした。時代の流れはきびしいです。


「二階はなに買うの?」繁盛している100均を、横目に見ながらにいちゃんに聞きます。

「エー、靴下、肌着、なんだっけ?」

「パジャマ」おいっ子が助け舟を出しました。

「それそれ」にいちゃんがパジャマ売り場に進路を変えます。


 部屋着や肌着が目的なので、彼らの買い物が終わるまでわたしはひとりでぶらぶらします。婦人服コーナーへ行き、同じくさらっとインナーのパックやスウェット上下セットの掛かった什器を眺めます。そういえば、とだいぶくたびれてきていたあったかインナーを思い出し、セール価格でいくつか新しく買いました。来年用ですね。


 備え付けられたクリーム色の休憩用ソファに座り待機していると、開けた通路の向こうから、わさわさに買い物袋を掲げたふたりがやってきました。合流し、にいちゃんがタバコを吸いたいとか言うので、ついでに一旦車に荷物を持って行ってもらいます。

 わたしとおいっ子はとりあえずメーリーファンタジーに向かいます。ゲームコーナーです。


 流行りの曲の有線が流れ、人も多くてにぎやかです。巨大なポテリコを落とした男の子がメチャメチャ喜んでいました。

 おいっ子が、一直線にスウィーツランドに歩を進めます。きらきらのプラスチックのストーンや、ちいさいフィギュア、そしてお菓子などなどをすくって落とすとても楽しい筐体です。

 おいっ子はじっくりと吟味したあと、ティロールチョコレートがタワーになったところを選びます。首から下げた、水色のお財布からお金を出して投入します。

 しばし待ち、芝生のような下地が見えているところに向かってアームを下げました。

 かなりたくさんのティロールチョコレートが、簡素なアームに掬われました。

「エッすごい」わたしはつい、声を上げます。

「あなをねらうといいって言ってた」

「にいちゃんが?」

「うん」おいっ子は神妙な顔で、ボタンを押します。

 落ちたチョコレートが、スライドバー上に載っていたチョコレートをこれまた落として、山になったチョコの塊がタワーを崩しにかかります。

 なんと、たった一回で、チョコレートタワーは瓦解しました。

「やった!!」おいっ子がガッツポーズをします。

 落下音と効果音を派手に鳴らしながら、取り出し口にチョコレートがわさわさ落ちてきて、わたしたちはついハイタッチをして笑いました。



「にいちゃん帰ってこないな、どうする?」

 スタッフのお姉さんに貰った透明の袋に、大量のチョコをみんな仕舞って、おいっ子に聞きます。

「アイスたべたい」

「フォーティワンの?」

「ううん。ナインティーンアイス。のチョコミント」おいっ子がナインティーンアイスの自動販売機を指さします。

「おっいいね」わたしはピースして承諾します。

 おいっ子が、しのざき家にいるときやカルロスに、わたしたちに「食べたい」と言うものはにいちゃん、そしてねえさんの許可があります。それに基づきわたしたちはおいっ子と食事やおやつをとります。おいっ子には食物アレルギーなどはありませんが、この取り決めはとても助かっています。


 昔は110円だったのになあ、となから寂しい気分になりつつお金を投入口に入れます。おいっ子がチョコミントのボタンを押すと、内部の機械が独特のあの音を立て、アイスが出てきます。

 せっかくなのでわたしもチョコミントにします。おいっ子、いもうと、カルロス、ねえさん、わたしはチョコミントが好きです。

 紙を剥がしてごみ箱に入れ、脇のベンチに座りアイスをかじっているとにいちゃんが帰ってきました。チョコミントのチョコを噛み砕きながら手のひらを上げると、にいちゃんが「うわあ」みたいな顔を一瞬だけしました。にいちゃんはチョコミントが苦手なんですね。おいっ子の手前「うわあ」はすぐ鳴りをひそめて引っ込みます。

「エッなにそれそのティロール」

 膨らんだ、メーリーファンタジーのビニールを見てにいちゃんが驚きの声を上げました。

「いっかいでとれた」おいっ子がピースでにこにこします。

「エッすご。まじ?良かったなあ」

「うん」

 にいちゃんが、おいっ子の頭をわしわし撫でます。にいちゃんはわりと子煩悩です。

「おれも食お」おいっ子の帽子を直したにいちゃんが、自動販売機にお金を入れます。

「バニラ?」

「たりめえよ」

「あーね」にいちゃんはアイスはいつもバニラです。

 ソファに3人、並んでナインティーンアイスをかじります。メーリーファンタジーのなかを行き交う、親子や子どもや学生さんを眺めます。みな、楽しそうにしていました。


 いちばん最後に食べ始めたにいちゃんがはじめにアイスを食べ終わり、次いでわたし、おいっ子と続き、ごみをごみ箱にポイとしていると聞き覚えのある声がしました。

「カルロスだ」

 おいっ子が、UFOキャッチャーのほうに向かいます。

 ついていくと、ケルヒャーマンのジョン太のBIGぬいぐるみに苦戦しているカルロスがいました。

「作業終わったの」わたしがつい声をかけると、悲しげなカルロスがこちらを振り向きます。

「どしたんカルロス、取れないん?」にいちゃんがスッと筐体に向かい、200円を入れました。

 ジョイスティックをがちゃがちゃとして、3本アームをぶんぶんと振り回します。うまい角度になったら下げていきます。そして絶妙なタイミングでアームの降下をキャンセルします。

 周期以外はゆるゆるのはずの3本アームが、ジョン太をがっちりとつかみました。カルロスが驚きの顔をしています。

 ジョン太はそのまま運ばれていき、開口部から取り出し口まで綺麗に完全落下しました。

 カルロスは、祈りを捧げるように手を組み、潤む瞳で「ニイサン…」と呟きました。



 おいっ子、にいちゃん、カルロス、わたし、そしてジョン太のぬいぐるみは共にジョスコの一階に降り、ひとり一パックのたまごを無事にカートに確保できました。おのおのその他別行動をし、食パン、ごま油、コロコロの換えのテープなどを、ジョスコを巡りカゴに入れます。

 にいちゃんはビーフジャーキーを、おいっ子はラリホーのコーラ味のグミを、カルロスはサラダせんべいをこっそりとカゴに入れました。わたしはきのこの村です。にいちゃんはたけのこの町派なので、こいつマジか…みたいな顔をされますが、ちゃんと後払いするので視線をそらします。


 ひととおり買い物を終え、レジに並ぶと、ななせさんがいました。

「ワッしのざきちゃんじゃん!」

「ワッこんにちは!」

 ななせさんは、わたしが二階の本屋のバイトのときからのジョスコ従業員仲間です。バイトを終えて、一階で買い物をするときによくレジを打っていただき、仲良くなりました。

 ななせさんは相変わらず、細いフレームの眼鏡の奥で、目がなくなるぐらいの笑顔を向けてくれます。

「げんき〜?」ななせさんがしのざき一家に声をかけます。全員、ななせさんに顔が割れています。

「「「「げんき〜」」」」四人分の『げんき〜』が、ななせさんにかえります。

「おいっ子ちゃんも久しぶり、小学校どう?」

「たのしい」おいっ子がちいさくピースをします。

「よかったねえ〜」

 ななせさんは話しながら、すごいスピードで商品をスキャンしてゆきます。なんというマルチタスク。しのざき一家にひとこと、ふたことずつ会話して、あっという間に会計が終了します。なのに、「あっカルロスさんそれジョン太?ジョン太よね?ケルヒャーマンぜったいしのざきちゃん好きよね?」と、ななせさんは追加で喋ろうとするので、とても愉快な人です。にいちゃんの財布にきのこの村のお金を入れながら、ばればれですねえ、とこたえます。

「ショータもジョン太好きよ」ななせさんには、今年に中学生になった息子さんがいます。ショータくんもだいぶ大きくなっただろうな、と思いを巡らせます。カルロスがほんとにー!とうれしそうにしています。


 会計を済ませ、手を振るななせさんに手を振り、車に向かいます。しのざき家の買い物はマイカゴに全てつっこみますので、カートのまま駐車場へ出、マイカゴを車に積み、そのまま家まで運ぶのです。

 カルロスはチャリで来ていたので一旦別れ、ジョン太とわたしはしのざき家へ送ってもらいます。しのざき家からジョスコ間は車で5分です。



「ほい」

 しのざき家に着くと、にいちゃんがたまごのパックをひとつ渡してきます。

「エッ」「なによ」

「にいちゃんちで使うんじゃないの?」びっくりしていると、にいちゃんがもう一度たまごのパックを突き出してきます。

「いーよ。そっちでホットケーキとか作るでしょ」「あー」なるほど。なかなか、複雑な気の遣い方だなあ、と思いましたが、3人で行く日曜のジョスコはとても楽しかったので。

「そうだねえ。じゃあ、いただいとく」

 10個、158円のたまごをありがたく受け取ります。またホットケーキつくって。おいっ子が言うので、いいよ。そう返しました。


 ラングラーを見送って、洗面所で手洗いうがいをし、台所に向かいます。

『アッおかえりなさ〜い』

 ジョン太がカルボにのしかかられて、かわいらしい顔がむにゅりとひん曲がっています。

「ウワー」

 着替えて台所に戻ってきたカルロスが、わたしの後ろで悲痛な声を上げました。













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