第5話 篠崎柴翔平のはなし
「えっと、しのざき、柴?翔平ちゃん」
ここは、しのざき家から歩いて7分。いつもお世話になりはなしのかわだ動物病院です。
順番が来たようなので呼びに来てくれたスタッフさんが、微妙に困惑しています。今日までお目にかかったことがないので、新しく入った方なのでしょう。
待合室の、みどりのソファーの隣に座る、キジトラの猫ちゃんを連れた御婦人がこちらにちらと視線をなげました。
『あっぼく!ぼくだッぼくだよね?ぼくかな?』
ちなみに、翔平も、なんとなく喋ります。
翔平が首をぶんぶん回してスタッフさん、御婦人、猫ちゃん、わたしを順に見つめてきます。
「そうだよ〜」
『ワッぼくだ~』
「行きますよ〜」
呼ばれて嬉しくなってしまい、自ら歩く、ということを忘れた翔平を持ち上げて、診察室に入りました。
「ハイ翔平ちゃん元気〜?元気だね〜」
スキンヘッドで眼鏡のかわだ先生が、注射器を片手に笑顔で話しかけます。
今日は一年ごとに行う、大事な予防接種の日です。
『うん元気だよ元気ッげんき〜』
銀の診察台のうえで、翔平がぶんぶん尻尾を振ります。
「そっか〜良かったねえ〜」
注射器のほうの先生の手が、神妙に動きます。
『アッそうだあのねエッなんかチクッとしたエッ?なに?むし?アッそうだあのね虫がねッ』
「はい終わったよ〜」
『虫がね〜?』翔平が首をかしげます。
「はいありがとうございました先生」
「はいよ〜」先生が手のひらをひらひらと振りました。
篠崎柴翔平、もとい翔平はきつね色の柴犬です。
いまは亡きしのざき祖父、じいさんがどこからか連れてきたいぬです。いまは5歳ぐらい。カルボよりちょっと後に来ました。
じいさんは名前を付けていず、当初わたしたちは別の名前で呼んでいました。が、名前をつけたとたんにじいさんがこれ見よがしに翔平翔平と呼ぶようになりました。それを、たまたましのざき家に帰ってきていたにいちゃんが聞き、ふざけて柴も追加して、マウンドで呼ばれる野球選手の名前のようになってしまいました。
ただ妙に語呂がいいのと、翔平、と呼ぶと翔平は返事をするので、まあいいか、の精神で篠崎柴翔平となったのです。
みどりのソファーで会計を待ち、呼ばれたので支払いをします。必要なものを受け取ると、紺のスクラブを着た先程のスタッフさんが、翔平に笑顔を向けて言います。
「翔平ちゃん、全然怖がらなくてすごかったですね!」
ネームプレートに、みよし、とあります。みよしさんもひらひらと手のひらを振りました。
『ワッ!ぼく!褒められてる!!褒められてるよね?あれ?』
「褒められてるね〜」
『やった~』
みよしさんにお礼を言って、うれしそうにはすはすしている翔平の頭をわたしは撫でます。翔平は耳を下げ、撫でられやすいようにしてくれます。
柴犬の額は、丸くて本当にかわいいですね。
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