第4話 楽太郎のはなし



『おい、誰かいないか』

 起床したわたしが台所に向かって、冷蔵庫から牛乳を出すと、居間の棚に設置してあるかごから声がします。

 ハムスターのかごです。見に行くと、楽太郎がケージのアミをちょこりと掴んで立ち上がります。

『ブロッコリーがたべたい』

 ちなみに楽太郎もなんとなく喋ります。

「エッいま?」

 ケージの隅に置いてある、楽太郎の食事のお皿を見ると、まだペレットが残っています。

『そうだ。緑黄色野菜がたべたい』

 その言葉を聞き、わたしは少し胸がつかえます。

「わかった。さっき冷蔵庫見たけどタッパーにないから、いまから茹でるけどいい?」

『頼んだ』

「わかった」

 楽太郎がつぶらな瞳を細めます。



 いましのざき家で暮らしている、この楽太郎は四代目です。

 たたきにカルボが迷い込んでくる少し前に、初代楽太郎もしのざき家に来ました。ジャンガリアンハムスターのオスです。二代目もジャンガリアン、三代目といまの楽太郎はパールホワイトです。


 ハムスターの寿命は2年ほどです。ゴールデン・レトリーバーは12年ぐらい。

 初代楽太郎が天に召され、わたしたちはボロ泣きして落ち込みお墓を作り、一年ほどしてまたハムスターと生活がしたいと思い立ち、近所のコムリに向かいます。

『よう、遅いぞしのざき』

 楽太郎がいました。

 聞くと、なぜか、記憶を保持したままで生まれ変わっているらしいです。

『つよくてニューゲームだ』

 二代目楽太郎は誇らしげにもひもひしていました。



 茹でてほぐしたブロッコリーをもひる楽太郎を眺めながら、ちょっと悲しい気持ちになります。

 初代も、二代目も三代目も、緑黄色野菜がたべたい。そう言い始めてから、一年ほどでいなくなります。

 たぶん楽太郎はわかっていますし、なんだかんだ生まれ変わりを楽しんでいるみたいですが、生き物を見送るのはいつまでたっても慣れません。

 それでもまた楽太郎に会いたくて、コムリに向かってしまいます。楽太郎との記憶を、冷たくなった体のままで終わらせているのはつらいのです。


『人間も大変だな』

 しゃがんだまま黙ったわたしに楽太郎が声をかけました。

「そうかね」わたしは気のない返事をします。

『俺の人生50回分だろう。長いな』

「そうだねえ」

『だがなんでもできるな』

 ふふん。楽太郎は鼻を鳴らして、いいこと言うだろ、みたいな顔をします。

「こまっしゃくれやがって」

 頬杖をついたまま、わたしはなんとなく笑います。

『次はゴールデン・ハムスターになりたい。あいつらデカいだろう、面白そうだ』

「お待ちしてますよ」

『ブロッコリーもうひとつくれ』

「あいよ」

「私にもブロッコリーくれ」

 お腹を空かせたいもうとが、いつの間にか台所にいました。

 わたしたちは顔を見合わせて、頷きあいます。

『ぼくにもブロッコリーくださあい』

 カルボも来ました。いもうとが冷蔵庫から、人間用にマヨネーズを取り出します。楽太郎にブロッコリーをもうひとつ渡して、わたしは棚からかつおぶしの小分けパックを取り出しに行きます。

『ぼくにもマヨネーズくださあい』

「だめです」カルボといもうとが喋ります。


 居間に戻り、ケージをのぞくと、楽太郎が丸くなってすやすや眠っていました。






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