第3話 カルロスのはなし



「カルロスホットケーキつくって」

「オッ、イイヨ」


 おいっ子が、カルロスのTシャツの裾をぐいぐい引きながらねだります。こたつに浸かったわたしといもうとが目配せをして、ヨシ、と親指を立てます。

 おいっ子はホットケーキが好きです。カルロスがいないときには、わたしかいもうとが頼まれて作ります。だいたい暇なわたしのほうに役割が回ってきやすいですが、ホットケーキはなかなか、作るのが大変ですね。

 ボウル、泡だて器、牛乳をはかる軽量カップにお玉にフライ返し、フライパン。きれいな焼色をつけるために、都度油を引く用のキッチンペーパーを入れる小皿。フライパンのふた。しのざき家の台所には食洗機を置ける場所がないので、結構なひと仕事です。


「粉どれがいい?どこのやつにする?」

 カルロスが戸棚を開けます。しのざき家にはホットケーキミックスが8種類ぐらいいつもあります。

「カステラのやつ」おいっ子が箱を指さします。

「おっけ〜」

 カルロスは楽しそうに、道具をそろえ始めます。



 カルロスはにいちゃんと同い年です。遠い国からこちらに渡り、料理人の修行をしました。いろいろな場所で、いろいろな料理にいくつも出会い、ついに自分のお店を持ちます。

 そしてそこに来たいもうとが、あんまりにも美味しそうに食事をするのでついつい気になってしまったそうです。こそばゆいです。


「つぎホットケーキの動画出そうかなア」

 カルロスがたまごと牛乳をボウルでシャカシャカ混ぜながら、呟きます。

「ぼくも出る」おいっ子がちょっとこっちを見ます。親御さんの許可は取ってあるので、イイヨ、の意味をこめてわたしといもうとが頷きます。


 カルロスはYeautubeに自分のチャンネルを持っています。ついでに言うとカルボのチャンネルもあります。カルロスちゃんねるとカルボチャンネルがあり、カルロスちゃんねるでは料理や母国についての動画。カルボチャンネルではカルボと、しのざき家に住んでいる生き物が出てきます。どちらのチャンネルもほぼカルロスが全て担っています。たまに友情出演として、目の位置に穴だけあけた紙袋を被ったおいっ子が、パン生地をこねたりしています。


 自分の店をやりながら他のお店にも頻繁に行き、チャンネルもふたつ持っていておいっ子にホットケーキを作り、それでもなお元気にしているカルロスはマジで不思議です。昼まで眠ってやっと普通なわたしからしたら羨ましいです。ものすごく。


 午後のワイドな劇場が佳境に差し掛かり、スリーショットを経てラストの小料理屋のシーンになると、いい匂いを漂わせながらホットケーキが完成しました。今日はカステラのやつなので、大きなフライパンにみっちりとホットケーキが膨らんだ、童話のような外見です。

「これメッチャいいよねえ」いもうとが言います。「いいよねえ」わたしも返します。

 しばらくみんなで見た目を楽しんだあと、おのおのが好きなだけ取り分けてホットケーキを楽しみます。

 おいっ子といもうとが、まずはなにもつけずにむしゃむしゃしています。わたしもそれにならいます。このホットケーキミックスは、なにもつけなくてもとても美味しいです。しっとりふわふわ。なおかつ焼き色部分はパリッとしていて食感もおいしい。

 食べ進めたのちにシロップをかけて、じわじわと染み込んでゆくのを眺めます。口に入れると甘みがじゅわっと広がります。


 おいっ子が、にこにこしながら食べているのを眺めます。ホットケーキを、誰かにつくってもらえるのは嬉しいよなあ、と思います。


 食べ終わり、みなで食器を下げたあと、カルロスが片付けをしている横でわたしはお茶を入れます。しのざき家の面々は、食事と同時に飲み物をとらず、終わってからお茶を飲むことが多いです。

「ホットケーキっておいしいよねえ」

 カルロスが呟きます。

「そうだねえ。ありがとうカルロス」

「イイヨーつくるのたのしいからね」

「そっかー」

「そうヨ、料理できるのたのしい」


 カルロスの母国は、治安が悪いです。

 家族の誰かが出稼ぎに行き、仕送りをしないと他の身内は食べていけないほどです。国の中に、生活ができるほどのお金を稼げる仕事がほとんどありません。

 まずお店に食べ物が売っていないこともあります。インフラが機能していないのです。


 お茶を入れる手が止まります。マグカップから、湯気が上がって頬に流れていきます。

 台所と、廊下を隔てる引き戸が開きます。

『ちょっと!あれですね!?ホットケーキですね!!なんで起こしてくれないんですか!!?』

 カルボがぷりぷりしながら入ってきました。どこかで昼寝をしていたんでしょう。

「ワーごめーん、でもカルボはたべられないよ」

『匂いをかぐのがいぬの役目ですよ!!』

「ワアー」


 カルロスが、カルボの頭をわしゃわしゃに撫でます。

 傾いた西日が窓から入り、カルボの毛並みを光らせていました。





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