第2話 カルボのはなし
「ゔぁあ」
わたしがまた昼過ぎに起き、居間に向かうと、いもうとがくたびれています。こたつに浸かって頭を抱えています。どうやら仕事が行き詰まっているようです。
わたしは自分のスティックタイプのコーヒーと、いもうとのぶんのインスタントミルクティーをいれてこたつに入ります。
「神になりたい」いもうとが言います。
「人はみな神の子であるよ」わたしがそう返すと、いもうとはまたゔぁあ、と漏らします。
困ったなあと思っていると、台所と居間を隔てる障子をカルボがこじ開けて、ぬるぬると部屋に入ってきました。
『あれですね?犬が必要ですね?わたくしの出番ですね??』
カルボは不敵に笑うと、いもうとの体とこたつの間に入ります。二人羽織みたいになったひとりといっぴきが、ずいぶん暖かそうなひとかたまりになります。
「わーいぬだー」
『そうともいぬですよ』
「あったかーい」
『そうでしょうそうでしょう犬が役に立ちますね?犬は良いものですね?犬は素晴らしいですね?神はわたくしですね??』
「ふばらしい」カルボに顔を埋めたいもうとが、不明瞭ですが満足そうです。
カルボ、もといカルボナーラは7年前ぐらいからしのざき家にいます。
しのざき家の玄関にはちょっとしたスペースがあります。コンクリでできた6畳ほどのたたきがあります。ここには靴箱や金属のラック、灯油のポリタンクや貰った野菜や果物が置いてあります。
昔はもう少し広く、しのざき父、祖父の仕事の器具が置いてあり、彼らはそこで作業をしていました。そのうちに仕事場として建物を購入したので、そのスペースは後に半分祖父母の部屋になり、現在は犬たちの部屋として使っています。
そこにね、いたんですよ。カルボが。
あれも確か春先でした。本屋のバイトが休みだったわたしがお手洗いをすませて、二階の廊下、階段の直ぐそばからなんとなく階下をのぞくと、なにかいました。
二階の階段の頂点からはちょうど玄関の引き戸が見えます。それが派手に開いています。そして白っぽいなにかが動いています。
眼鏡を居間に置いてきていたわたしは、それ以外なにも見えません。お手洗いに行くとき、なんとなく目が悪いほうがいいのでだいたい外してしまうのです。
まだ春休みのいもうとを呼びます。にいちゃんはどこかに行ってていませんでした(ファミレスで友人とゲームしていたそうです)。ついでに眼鏡も頼み、花粉でだいぶだるそうないもうとから眼鏡を受け取り、ふたりでそろそろと階段を降りました。
たたきにカルボがいました。
『アッ来ましたね!?どうも!こんにちは!いぬです!!よろしくお願いします!!!』
そんな感じがしました。生成り色のゴールデン・レトリーバーがこっちを見ながら尻尾をぶんぶんに振っていました。
もちろん飼い主を探しましたが、どれだけ呼び掛けても見つからず、迷い犬にも見当たらず、該当するような飼い犬登録もなぜかありませんでした。カルボは首輪もしていなかったので打つ手がなくて、困ったなあ困ったなあと思っているうちに保管期間として義務付けられた3ヶ月が過ぎていきました。
保健所の檻の向こうは、別の世界のようでした。
わたしたちはカルボを連れて帰ります。見た目からして完全に成犬でしたので、病院へ向かい登録をして、専用の食事の皿が設置され、彼はすぐさま二階に上がるようになりました。そして晴れてしのざき家の一員になったのです。
カルボナーラと名前をつけたのはにいちゃんです。おわかりでしょう。カルボが来た日にファミレスで食べていたのがカルボナーラだったからです。
「ウワアなにしてるの」
犬に埋まったいもうとを見て、ひと仕事終えて休憩に来たカルロスが素っ頓狂な声を上げます。今日はお店がお休みなので、しのざき家でもろもろの事務作業をしています。
「犬が役に立ってる」わたしはコーヒーをすすりながらこたえます。カルロスが神妙な面持ちで、二度、頷きます。
「アーそうだきょうなにたべたい?なにする?」
台所で、カルロスが牛乳をカップについでレンチンします。
「カルボナーラかな」
『えっ…』
目を見開いたカルボがわたしをじっと見るので、にやりとしておきます。
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