しのざきんち

フカ

第1話 しのざき家




 ここは、しのざきんちです。田舎の木造三階建て、築60年ほどのふるい家に、たくさん住んでいます。


「あれ、カルロスは?」

 無職のわたしが15時に起きて、部屋着に着替えて居間に向かうと、締め切り後のいもうととカルボがこたつでテレビを観ていました。

 寝癖になった髪を、適当に結わえた頭がこちらを向きます。うすい茶色のゴールデン・レトリバーのカルボが、おはよー、と鳴きます。

「あれだよ、おやきファクトリーに行ったよ」

 いもうとが言うので、わたしは吹き出します。

「きのうの『火曜はこれだねっ』だなあ」

「そう。朝からチャリで出てった」

「元気だなあ」


 いもうとの夫、カルロスは料理人です。カルロス・篠崎・フェルナンデスです。

 自分の、母国の料理を出す店の夜営業が終わるとしのざき家に帰ってきます。しっかりとお風呂に入って深夜の4時頃に寝て、9時に目覚めて10分後。おみやげかってくるからねー、と言い残し出掛けていったそうです。


 ちなみに火曜はこれだねッは、夜の6時から放映されているどローカル情報テレビ番組です。しのざき家に住んでいるものはみなこの番組が大好きです。カルロスは自分のお店のテレビで毎週観ています。

 カルロスは、きのうの特集、粉ものグルメ特集で紹介されたあたらしいおやき屋さんに行ったようです。

 そうそう、おやきとは。小麦粉やそば粉をこねてつくった生地に、切り干し大根を煮たのや、あんこ、野沢菜の漬け物などをそれぞれ入れて包んで焼いた、わたしたちの県のおいしい郷土食です。わたしのおすすめはかぼちゃと玉ねぎです。


 カルロスは、まだまだ帰ってこなさそうなので、わたしは冷凍庫を開けてチキンナゲットを取り出して温めます。カルボがそわそわしはじめます。

『あれですね?チキンのナゲットですね?』

 ちなみにカルボはなんとなく喋ります。

「そうだねえ。ヒト用のだねえ」

 ケチャップと粒マスタードを別皿に出しながらカルボをいなします。

『ぼくもお腹がすきましたよね?』

「皿が乾いてないねえ」冷蔵庫の前にある、カルボの毛色とおそろいのお皿をちらりと見やって返します。

『だめでした〜』カルボがすぴすぴ鼻を鳴らしました。


 すると、玄関が開く音がしました。ちなみにうちのベルチャイムはファミリーなマートのやつと同じです。田舎なので鍵は開けっぱです。飾りのガラスが入った引き戸を重たそうに閉めるので、おいっ子です。

 おいっ子は、しのざき家の長兄であるにいちゃんの息子です。わたしのふたつ上のにいちゃんは、既に結婚してしのざき家を出ています。同市内に家があるのですが、にいちゃんも、わたしたちの義理の姉であるねえさんもだいぶガッツリ働いているので夜まで帰ってこないのです。おいっ子の通う小学校はしのざき家のほうが近いので、彼は一旦こちらの家でおやつをとることが多いです。


 二階にあがる、とんでもなく急な階段をたかたか登る音がしました。台所と廊下を隔てる引き戸が開きます。ここにも戸があります。古い家は寒いので、台所はきっちりと戸で閉め切れるようになっているのがわりとあります。

「カルロスは?」

 開口一番そう言います。おいっ子はカルロスがだいぶ好きです。

「「『おやきファクトリーに行ったよ』」」

 ヒトといぬ、3人分がハモります。そして電子レンジが鳴りました。


「とりあえずチキンナゲット食べなね」

 温まったチキンナゲットをこたつの天板のうえに置きます。しのざき家は造りの事情でこたつでご飯を食べるのです。

「うん」

「お茶いる?」

「まだいい」

「はいよ」

 おいっ子が、まだぴかぴかの青いランドセルを畳に置きます。台所についた給湯器でうがい手洗いをしてこたつに入り、チキンナゲットを何もつけずにそのまま食べます。それが好きみたいです。そういえば、おいっ子といもうとはわりとそういうふしがあります。

 夏になると、冷やし中華になにも載せずに中華風のつゆだけかけて、ふたりで麺だけ食べたりします。似てるなあと思います。そのとなりで、にいちゃんとわたしはハムときゅうりと錦糸玉子をごたまぜにした胡麻だれ冷やし中華を食べます。ちなみにいもうと、おいっ子はAB型でわたしとにいちゃんはB型です。


 外で風が吹きます。4月の半ばは強風で、晴れているのに今年はまだまだ桜も咲かずに寒いです。ベランダに張った雪よけが風にあおられてみしみし言います。カーテンのように、温室のように張り巡らせた雪よけビニールがはためくのを見て、そろそろ外に洗濯物が出せるなあと嬉しく思います。今時分はさすがにもうないのですが、冬の間は洗濯物を外干しすると凍るのです。いまもまだ、気温が低いので大して乾かず、仕上げに部屋で乾燥機をかけるので最初から部屋干しをしています。


 開けはなしの障子を閉めてわたしもこたつに入り、ナゲットをつまみます。相変わらず美味しい。子どものころにひとりいくつで兄弟大喧嘩したのを思い出します。カルボがぬるりと隣に来ますが、笑顔でわかってもらいます。


 おいっ子がおもむろにテレビのチャンネルを変えました。すると、この時間帯に週5で再放送されているバディ刑事ドラマの犯人が詰められているとこでした。見慣れたスリーショットで悟るわたしたち。「あー」「ちょうどこの時間だねえ」「これなんだっけ?銃を横流し?してるやつだっけ」「えーと、あそうぽい」「この話結構好き」「わかる」「エッもしかして脚本桜江さんか」「エッ待って、待って、そうだわ」「わあ〜」


 わたしといもうとが盛り上がるとまた、玄関の引き戸を開ける音がしました。ギャッと開けてギャッと閉めているのでカルロスです。おいっ子がワッと立ち上がり、カルボもぬるりと立ち上がり、出迎えに行きます。

「あれっわりと早いね」玄関のほうに首を向けます。

「寒かったんだよたぶん。コート着てかなかったから」言いながら、いもうとがストーブの温度を少し上げました。

「そりゃ寒いわ…」

 お茶を入れるため席を立ち、マグカップをよっつ棚から出すと、震えるカルロスがデカいビニールを抱えて居間に帰ってきました。

「おかえり」

「ただいまー、さ、さむーいこれおみやげー」

 鴨居に頭を下げながら渡されたビニール袋をうけとると、ずいぶんとずっしりしていました。とんでもない量のおやきが見えて笑います。

「ひとり6個だから!!」

 カルロスが親指を立てるので、わたしもやります。

 お腹いっぱい食べられるのは、とてもいいこと。














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