第四章 スキャンマン・スキャットマン⑥
指揮車両から降り、目の前に広がるうっそうとした雑木林を見上げ、アスマは深呼吸を繰り返す。
この連なる木々の中、大きい車体の指揮車両は入ることはできない為、ハカセはここで待機になる。
少し遅れて車外に出た小浪谷は、アスマに「行くぞ」と一瞥を入れ、林の中を先導していった。
背の高い常緑樹が生い茂り、月明かりも届かない真っ暗闇。
アスマは歩きながら、辺り一帯を満遍なく見渡す。もしかしたら、近くに潜んでいるかも。そう思うと、警戒せざるを得なかった。
反対に小浪谷は、落ち着いて脇目も振らず、ポケットに手を突っ込んだまま歩いている。
よく見ると、腕には力が入っている気がした。
――もしかして、中で何か握りしめてる……?
時間の感覚も忘れて歩き続け、やがて草が一面に生えた丘に到着した。
倉庫までの道のりに、如月の姿も信者たちの姿もない。
やはり、もうどこかへ移動したのかと思っていると、小浪谷は背負っていたギターケースを地面に下ろした。
留め金が外れ、蓋を開けて出てきたものは……
「……
それは二股の刃がついた銀色の剣だった。
大剣の刃の真ん中が空白になっているような形状で、アスマは一瞬、音叉を幻視した。
小浪谷は重たげなく、その音叉剣を右手に持ち、一心に倉庫を見つめて向かっていく。
相変わらずここからじゃ倉庫の中は暗闇で何も見えない。
警戒しながら扉の前まで行くも、人の気配はなかった。
「い、いないんですかね……?」
アスマの問に、小浪谷はポケットをまさぐるとフラッシュライトを取り出し、アスマの手に握らせた。
どうやら明かりをつけろとのことらしい。
アスマは内心「……またか」と思いつつ、スイッチを入れて、倉庫内を照らした。
白い光線が夜の影を蹴散らして、中の全容を明らかにする。
だが、先刻と同様の物が置かれているだけで、特に変化はなく、人の気配もなかった。
小浪谷が中に侵入するのに合わせ、アスマも後に続く。
「……いねぇな」
そこで小浪谷が初めてポツリとつぶやいた。
倉庫内のあらゆる場所に光を当て、死角を消していくものの人影は見当たらなかった。
小浪谷が身をかがめて倉庫内を物色し始める。何か手がかりを探しているようだ。
本当に誰もいないのだろうか。
アスマはライトで照らしながら、左目を閉じて手のひらを被せると……
――◇――
義眼を駆動させ、勢いよく刮眼。
首を四方八方に動かす。
誰か……誰か……いないのか……?
倉庫内を見渡して尽くしたアスマの目線は最後、天井の方に向いた。
逆三角の構造で、爻坂が鎖を落として開けた穴から夜空が垣間見えた。
夜空を見上げていると、ふと、流れ星のように光線が煌めいた。だが、その光線は振動するように激しくうねると、星に混じって掻き消えた。
背筋を氷でなぞられたような悪寒。
アスマの体は既に動いていた。
「小浪谷さんッ!」
手を伸ばし、小浪谷の腕を引っ張る。
小浪谷が驚いた顔で振り向いて、声をあげようとしたその時、巨大な岩が落下したような衝撃音がして屋根が崩壊。先ほど小浪谷が立っていた所に雪崩のように大量の塩と屋根材が押し寄せた。
驚愕するのもつかの間、アスマと小浪谷は転がるように倉庫から脱出。背後の惨状に二人して息を飲んだ。
「あーあ。やっぱパクリはダメか」
と残念そうな声が上から響く。
見上げると屋根の上に立った如月が、異形の悪霊をバックに見下ろしていた。
数体の悪霊が一体化した
邪念の渦巻く闇鍋のようなその
「……叶守!」
アスマが睨むと、如月は意地の悪い笑みを浮かべた。
「よく来たねアスマ。それともう一人も」
******
屋根の上にたたずむ如月を睨み、小浪谷は『
危ないところだった。アスマが腕を引っ張っていなかったら危うく塩漬けになっていた。
小浪谷は鋭く息を吸うと、夜風を肺の中に満たし、ブーツの底で土を強く擦った。
……やってやる!
「――『一意専心』ッ!」
開戦と媒介の四字熟語を口から吐き出し、大地を蹴って屋根の上まですっ飛んだ。
六感が研ぎ澄まされ、血流が加速する感覚。
バックステップしながら腕を振るう如月に小浪谷は薙ぎ払うように音叉の剣を振るいにかかる。
だが、すさまじい速度で殺到した塩の壁に阻まれ、如月を見失う。
巻き込まれまいと素早く身を引くと、横殴りの雨のように壁から塩の弾丸が次々と放たれ、あえなく屋根の突端まで追い込まれる。
如月は突き刺すように小浪谷に指を向けると、線状に塩を束ね、鞭のようにしならせる。
横薙ぎの一本目はジャンプして回避するものの、続く二本目は避けるすべもなく剣でガードすると、勢いのまま足が屋根から離れる。
即座に空中で回転し、着地する。
「クソッ」
上を取られているのは厄介だ。如月があそこにいる内は、小浪谷の霊能力は不利になる。なんとか引きずり落とさなければ……。
すぐに気を取り直して、再び屋根の上にあがろうとしたその時、「待ってください」とアスマの声が耳に届いた。
「小浪谷さん、しゃがんで!」
アスマは手を下にさげるジェスチャーをすると、小浪谷の肩を無理やり押して、背中におんぶする形で飛び乗った。
「よし、行きましょう!」
「ッお前! ホント急だなおい」
「
アスマの左目を見ると、眼窩に埋め込まれた生態スキャナーが暗闇で微かに光っていた。
小浪谷は一瞬逡巡するも、意を決してアスマに声を投げた。
「勝手に落ちるなよ!」
小浪谷は再び、屋根の上に躍り出た。
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