第四章 スキャンマン・スキャットマン
「ここって……」
アスマは目の前の雑居ビルを見上げ、間の抜けた声を漏らす。
時刻はオレンジの西日が射し込む夕方。
悪辣極まりない拷問の結果、小浪谷いわく郷田の拠点は『セイオウ通り、KAビル三階』だったはずだ。
確かにここは、そのトリガービルで間違いないのだが、アスマにはひどく見覚えがあった。
古めかしい外観、ずらりと並んだ胡散臭いテナント、そして……地下に続く階段。
昼に如月に連れてこられた、あのライブハウスがある雑居ビルだった。
「お! ホントにありましたわ」
叶守がテナントの社名看板プレートの三階を指さす。そこにはしっかりと『郷田民間除霊会社』の名前が刻まれていた。
「……こんなところでやってたんだ」
誠央学園の旧校舎以外で郷田たちを見たことなかったばかりに、まともなオフィスがあるなんて嘘かと疑っていたが……ちゃんと存在していたとは。
「いざ、カチコミ! ワタクシの取り立てマニュアルが火を噴きますわー!」
「……あ……はや」
アスマが変に感慨にふけっていると、叶守は外階段を駆け上がり、瞬く間に三階へ侵入していった。
叶守の後を追おうとして、ふと立ち止まる。
……もし、郷田が居たら。
色々なものを犠牲にせっかくパシリから解放されたというのに、ここで再開を果たしたら逆戻りになってしまう。しかも、絶対恨みを買っている状態でだ。
叶守を一人で行かせてしまったが、そこを考えるとどうしても立ち往生して足が動かなくなる。
行くべきか……行かないべきか……。
覚悟を決めかね、逡巡の沼に入る。
だから気づかなかった。アスマに呼びかける彼女の声に。
「……ねぇ。……ねぇってば」
肩をポンポンと叩かれ、意識が現実に引っ張りださせる。
ハッとして思案投げ首をあげる。
もう叶守が戻ってきたのか……?
アスマは声の方に目を向けた。
「……お! 気づいた」
叶守に比べると、随分大人な雰囲気の女性がアスマの顔を覗き込んでいた。
……あれ、この人。
一瞬、誰か判別つかずまじろいだが、すぐに思い当たって吃驚と声をあげた。
「ッ……! き、如月さん……」
如月は「やっ」と手を上げると親しげな笑みを浮かべた。
「もう、あの後けっこう探したんだよ? 灯台もと暗しパターンに賭けて戻ってきたけど……良かった〜居て」
如月の安堵した様子とは裏腹に、アスマを目を曇らせる。
「さ、探してんですか……?
「うん、だってまだ終わってなかったじゃん。アタシ達のデート」
「で、……でー?」
アスマが瞠目し、驚嘆が喉元まで出かかったところで、がしゃびしっとせわしい音が頭上で鳴り響いた。
音の方を見上げると、雑居ビル三階の窓ガラスが開け放たれており、そこから誰かが飛び降りている最中だった。
その誰か、叶守はピンチに駆けつけたヒーローのようにスタッと着地すると、アスマに不満げな顔を向け、
「……誰もいなかったですわ」
人どころか物すら何もなかった、と叶守が愚痴をこぼす。行方不明とは聞いていたが、ヒントすらないとは……。
叶守は徒労に肩を落とすと、視線に気づいたのか「ん?」と顔を傾けてアスマの隣にいる如月の顔を一瞥した。
「……誰です? このシーブリーズの物乞いしてそうな奴」
開口一番に無礼千万。
確かに如月は遠慮のなさそうな顔相をしているが、その評はあまりにも偏見過ぎる。
しかし、如月は怒り出すかと思えば、奇っ怪なモノを見たような顔でまじまじと叶守を視つめていた。
「……あなた、なんなの……?」
「ワタクシは叶守ですわ。お前は? 郷田?」
的外れな叶守の早とちりにアスマが首を振って訂正を入れる。
「……この人は如月さん。ここのライブハウスで……その……色々やってる人だよ」
「犯罪ですか?」
「いや……まぁ……う、うぅん……?」
正直、如月の活動を考えると的外れとも言えず口ごもる。
他己紹介は相変わらず苦手だ。「……活霊とも悪霊とも違う……何かに利用できるか……?」どうしたものかと頭を悩ませていると、如月が「ねぇ」と先に声をあげた。
「……君たちって郷田を探してるの?」
如月が三階の郷田民間除霊会社を指す。
「し、知ってるんですか?」
知らず目が見開かれる。
如月は頷くと立ち入り禁止の封をされたライブハウスへの階段をちらりと見やった。
「だってうちの仲間だもん、郷田」
あけすけにそう言う如月に、叶守が期待を露わに「なら」と訊ねる。
「そいつが今どこにいるか知りません?」
如月は考え事をするように顎に手を当ててしばらく斜め上を見ると、やがてゆっくりアスマ達に向き直った。
「今どこ……まではわかんないけど、隠れ家なら知ってるよ」
「ほ、ホントですか!? どこに?」
アスマが興奮して尋ねると、如月は後ろで手を組んで微笑んだ。
「案内してあげようか?」
「え?」
「アイツ怖いからさ。アタシが間に入ってた方が君も話しやすいんじゃない?」
如月がどうかなと小首を傾げる。
それは、確かにありがたい提案ではある。
だが、同時に不安でもあった。
『……まあ、でも さすがにあの人は怪しいかな』
ライブハウスでの爻坂の発言が脳裏によぎる。しかも、話の流れで突っ込めなかったが、如月は叶守の姿も普通に視えている。つまりは霊感があるということで……。
この提案を受け入れるべきか否か頭の中で逡巡を繰り返す。
「じゃあ、とっとと案内してくださいまし」
叶守は如月をまっすぐ見据えると偉そうな口調で指図した。
「ちょ、叶守……」
「美人局に引っかかるのもまたオツですわ」
ツツモタセ……? よく分からないが、何やらまた失礼なことを言ったであろう叶守に、如月は微笑みを返して前の道に一歩踏み出した。
「……ちょっと遠いし、取り敢えずバス停まで行こっか?」
「バスガス爆発! アスパラガス!」
如月と叶守が先に歩き出し、立ちつくしていたアスマが一歩遅れる。
「……あ、ちょっと――」
待ってよと急いで駆け出そうとした時、何かがヒラリとアスマのポケットから落ちた。
地面に目を落とすと、『大凶』のおみくじ。
拾い上げようと腰をかがめると、急に突風が吹き、みくじ紙はあっという間に風に攫われた。
凶兆の肌寒さに身震いして、アスマは二人の後を追った。
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