第■章 あの日、屋上で


 一秒でも早く、上へと階段を駆け上がる。

 背中から迫る声を振り払うように、『ここから先 生徒立ち入り禁止』の看板を無視して踊り場を抜ける。

 体当たりするように鉄扉を開けると、視界には一面の青空が広がっていた。

 アスマと叶守は息を切らしながら、互いに顔を見合せた。


「……ここまでくれば……だいじょぶです…………わ」

「そうだと……いいけど」

 

 春の寒風が二人の熱気を心地よく覚ましていく。

 無機質なコンクリートの床に、汗が滴り落ちた。

 顔を上げると、周りには三メートルほどのフェンスがそびえ立ち、屋上全体が覆われていた。

 ふと、叶守の顔を見ると、その目は一心に正面のフェンスに向けられていた。

 信じられないものでも見たかのように見開かれている。

 アスマもならって目を向けると、正面の柵の隙間に人影を発見した。


「……う、うそ」


 しゃがれた声を出し、叶守は千鳥足になりながらも、前に駆け寄った。アスマも追従して正面フェンスに近づく。

 誰か……いる?

 一歩近づくごとに、モザイクが抜け落ちていくように人影はハッキリと質感を帯びた。

 そこには、やはり人がいた。

 誠央学園の制服を身にまとって男子生徒。背格好からして入学生ではなく、先輩が屋上の突端に座り込むようにして、景色を眺めていた。


「……あ、あの……」


 叶守が吃驚としながらも言葉を紡ぐ。


「な、にしてるん、です……」


 その先輩はおもむろに振り返ると、叶守とアスマを交互に一瞥し、再び景色に視線を戻した。フェンスの影で顔はよく見えなかった。


「……そっか、一年生……校内探検か」


 先輩は独り言のように呟いた。


「なにしてるですか、そんな所で」


 アスマは叶守の質問を繰り返した。

 先輩は振り返らず上の空で顔をあげた。また無視されるのかと思えば、先輩は静かにうつむいて自嘲的に口を開いた。


「――決まってるじゃん。死ぬんだよ、今から」






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