序章 卜(ぼく)の色分け②
――あれから数日後
その日の授業も終わり、後は最後のロングホームルームを待つだけの休み時間。
教室の中は、至るところで会話の花が咲いていた。ただ、小浪谷の席の周りを除いて。
「小浪谷さん! 今朝、
その理由は明白だ。
人様の机に勝手に占い道具を並べ、大声で謎の講釈をたれる奴がいるからに他ならない。
今回の休み時間だけじゃない。知り合って以降、アスマは暇さえあれば小浪谷の席に占いトークをしに来ていた。
面倒くさいので基本無視しているが、今日はもう限界だ。これ以上は耳タコじゃすまなくなる。
鼻からため息をついて口を開く。
「……………その話、もう何度も聞いた。俺もお前も今日はラッキーデイなんだろ?」
「それだけじゃないんです! なんと今日は大安吉日なんですよ?! つまり大吉の二乗! あけましておめでとうございます!」
「……今日一日、特に何もいいことなかっただろ、俺ら」
「これからですこれから! 必ず『棚ぼた』があるはず!」
そう言うアスマの目には、一点の曇りもなかった。一体何を根拠にそこまで信じているんだか。
ふと、机の上に置かれた水晶玉が目に入った。野球ボールより少し大きいサイズだ。何か見えたりするのだろうか、手に取って水晶の中を覗いてみる。
「…………この水晶玉、いつも大事そうに持ってるけど、これも縁起物なのか?」
「ッ! よくぞ聞いてくれましたねぇ!!」
顔を上げると、待ってましたと言わんばかりにアスマの瞳が煌めいていた。
ああ、聞かなきゃよかった。また興奮とともにマシンガントークをされる。
だが、小浪谷の予想とは裏腹にアスマは落ち着いた口調で話しだした。
「そもそも、
「そんなに欲しかったのかよ」
「はい! 今じゃ
そう言うアスマの目と口調には、先程から変わらず一点の曇りもない。まるで買ったばかりの水晶玉のように。
つい嫌味を吐きたがる自分とは、似ても似つかない。
「……よくもまぁ、そんなオカルトを信用できるよな」
「む、違います。
周りからの冷ややかな視線も気にせず、アスマは体全体で力説した。
……なんだよ、オカルトじゃなくてフィクションって。そこにどんな違いがあるんだよ。
そう尋ねようとしたその時。
――キーンコーンカーンコーン。
鐘の音がつかの間の休息に終わりを告げた。
えー。もう終わりかよ。うぜー。などと言いながら、教室のあちこちに散らばっていた生徒たちは各々の席に戻っていく。
「あ……せっかくの深イイ話が」
「ほら、さっさと自分の席戻れよ。また怒られるぞ」
言いながら水晶玉をアスマの手に返した。
「……はーい」
話足りなさそうな顔をしたアスマは、しぶしぶ占い道具を回収すると自分の席への帰路へついた。
「あ! そうだ」
かと思えば、その道程で急に立ち止まると、小浪谷の机に勢いよくUターンして戻ってきた。
「小浪谷さんにプレゼントです」
アスマは小浪谷の手をひったくると、無理やり何かを手渡してきた。
手を開く。それは、花の柄の小さなお守りだった。
「何だよこれは?」
「それは成長祈願のお守りです」
「……何で渡してきた?」
そう問うと、アスマは一呼吸おいて口を開いた。
「……ハッキリ言います。小浪谷さんは、手と顔の相からして実りがありません!」
「は、はぁ?」
藪から棒にとんでもないことを言われ、思わず無理解の反応が口から出ていた。
「……悲しいことですが、何度も占いました。間違いありません。でも悲観しないでください! そのお守りがあれば――」
「あーもううるせぇ占いバカ! とっと席戻れっつーの!」
アスマの体を押して、無理やり机から引き剥がす。
アスマは達成感に満ちた顔をして、いそいそと自分の席に戻っていく。
クソ、何が「実りがありません」だ。その背中に投げ返してやる。
しかし、意気込んで小浪谷が振りかぶったその時、アスマは振り返ると……
「そのお守り。
と言い残し、自分の席に座った。
その言葉に小浪谷は一瞬ピクリと静止してしまい、振りかぶったままの姿勢で止まってしまった。
――手作りだからなんだよ!
行き場のなくなったお守りを握りしめ、仕方なく乱暴にポケットに突っ込んだ。
これでは、占いを認めてしまったようなものだ。
面白くない敗北感にモヤモヤしていると教室の扉がガラガラと音を立てて開いた。
「はーい、皆さんちゃんと席に座ってください」
教官は、教卓に進みながら、まだ着席していない残党の生徒に声をかけた。
教官は白髪としわが目立つ老人姿だが、瞳には目力があって、歩き方は力強くて、背筋はいつもピンと伸びていて、まるで生きているかのように錯覚させられる。だが、よく観察すると指先は透けていて、脛より下は足が存在していない。窓から溢れる陽光は、教官を感知することなく透過して、陽だまりをつくっている。
この前に会った黒服の男と同じ性質。
教官は、とっくの昔に亡くなった『幽霊』なのだ。
教官は軽く咳払いをすると、おもむろに話を始めた。
「えー、卒業まではまだ二週間ほどありますが、あえて言います。皆さん、卒業おめでとうございます」
教官からの突然の挨拶に、生徒のみんなは困惑して顔を見合わせる。
「どうして急に? と疑問に思ったでしょう。……お入りください」
教官がドアに向かって呼びかけると、警官と白衣の男が二人、何かの機械を乗せた台車を運びながら教室に入ってきた。教官は、その乗せられたモノを指して静かに尋ねた。
「初めて見たと思いますが、皆さんはこれを知っていますね?」
それは、コードによってモニターに繋がれた直径9センチほどの灰色の球体だった。台座からロボットアームのような首で繋がれたその球体の円の中心には、また直径2センチほどの円があり、ひし形のレンズが付いていた。
小浪谷自身、初めて見たものだったが、それが何かはすぐにピンときた。この時期だ、多分他の生徒たちもすぐに気づいただろう。
「――生彩呈色実態走査機、生態スキャナー」教官がそれの名前をいった。
「今さら説明はいらないと思いますが、一応……。12歳を迎え、必修課程を修めた君たちはここを卒業し、内地へ出向くこととなります。東北、中部、関東、近畿、中国、四国、九州のどこかです。それらエリアのどこへ向かうかを決めるのが、この生態スキャナー。また、『カラーズネットシステム』です」
教官が一通り説明すると、今度は白衣の男が説明をつづけた。
「カラーズネットは、精神情態、意識傾向を色によって明瞭化、分析するシステムです。
矢継ぎ早に告げられた情報によって、生徒たちの困惑のボルテージが急激に上がった。
なんで急に? 方針の変更って? まだ心の準備が……。
そんな生徒たちの張りつめた様子を尻目に白衣の男が幕上げを告げた。
「これからメンタルカラーの識別を開始します。番号が呼ばれた方から順に隣の教室まで来てください」
******
最初の生徒の識別が終わってしばらくすると、生徒たちは悲喜こもごもの反応を見せた。
手を叩いて喜び合う者、期待と食い違い悔しさをあらわにする者、一人だけ仲間外れになり涙を流す者。
生徒たちが十人十色の反応を示す中、教官が扉を開け、また生徒の番号を呼んだ。
「次、25番」
それは、他でもない小浪谷の番号だった。じんわりと手に汗が浮かび上がる。出番がまわってきてしまった。
メンタルカラーの識別は、いま小浪谷がいる教室ではなく、隣の空き教室で行われる。
小浪谷は、ゆっくりと席を立ち、廊下の方へ歩を進める。
これから自分の将来が決まると考える不安だ。数分後の自分は、どんな顔をしているのだろう。今よりマシな顔ならば良いのだが。
沈痛な面持ちで歩いていると、突然、後ろの机から裾を引っ張られ、歩を止められた。
「大丈夫ですよ! 小浪谷さん」
振り返ると、アスマが席に座ったまま声をかけてきた。
「お忘れですか? 今日は
教室の中が緊張と喜怒哀楽に包まれている中で、アスマの調子だけはいつもと変わっていなかった。
「……お前の番は、もう終わったのか?」
「いえ、まだです。ですから、まず小浪谷さんが証明してきて下さい! 卜の占いが当たることを!」
アスマは水晶玉を見せつけ、自信満々に宣言した。
「……もし悪い結果だったら、
小浪谷はぶっきらぼうにそう言い放ち、空き教室の方へ足を向けた。
ご武運をー! と声を受けながら扉を抜けると、廊下に出て、すぐに空き教室の扉を開いた。
小浪谷自身、気づいていなかったが、その足取りは少し軽くなっていた。
教室に入ると、教卓の前で白衣の男と警官が生態スキャナーの隣りに立ち、小浪谷を出迎えた。
閑散とした教室で、白衣の男の声が響く。
「『共育省』からやってきました、
坂城と名乗った男の質問に無言で頷く。坂城は、よろしいと返すと、生態スキャナーのセッティングをした。
生態スキャナーのレンズが小浪谷の顔の位置に合わせられると、警官は威圧感をたずさえ、小浪谷の横に仁王立ちした。
「それではさっそく、識別を始めましょう」
坂城が起動スイッチを押すと、生態スキャナーのレンズが一瞬強く光り、小浪谷の顔を捉えた。生態スキャナーは、レンズから
小浪谷と生態スキャナーが見つめ合うだけの沈黙。そして、あっという間の長時間が経ち、生態スキャナーは発光を止めると、ついに動きが停止した。
【――走査完了。コード:#E9C936 ∴ 5Y8/10。対象ノ色彩二異常ハ有リマセン――】
生態スキャナーから機会的な音声が響く。
モニターを確認していた坂城は一瞬目を見張ると、小浪谷の方を見て口を開いた。
「メンタルカラーは
「………え?」
思わず耳を疑ってしまう。
先日、教室で聞いた会話がフラッシュバックする。
――そろそろここも卒業かー。お前らは、これからどこ行きたい?
――一番は関東でしょ。街は発展してるし、仕事も充実してるしさ。
――関東。
そのエリアの名を、坂城の口から確かに聞いた。
「か、関東って……俺が……?」
口から驚嘆の声が漏れる。
自分みたいなひねくれ者が行けるわけないと思っていたからこそ、信じられない気分だった。
「……喜ぶのはいいですが、次の生徒が待っています。ご退出を」
驚愕と興奮でしばらく金縛りにあっていると、警官に肩を押され、小浪谷は廊下に締め出された。
現実感のない、ふわふわとした意識のまま、教室に戻ると、相変わらずの阿鼻叫喚の渦中で一人、こちらに手を振っている生徒がいた。
「アスマ……」
小浪谷の体は、自然とアスマの席まで向かっていた。
アスマが興味津々に尋ねてくる。
「どうでした?
「…………お、大当たりだよ。関東だぞ? この俺が! し、信じらんねーよ!」
「いや、当たったなら信じてくださいよ」
「嘘だろ……?」
「マジですよ! ……どうです、小浪谷さん? 卜のこと、ちょっとは見直したんじゃないですか?」
「み、見直したもなにも……」
占いが当たったことが嬉しいのか、アスマはすっかりしたり顔になっている。
普段なら偶然だと一蹴しているが、今に限ってアスマにカリスマ性が見える。
認めたくはないが、アスマの占いを信じかけていた。
「次、28番」
「……おっ」
教官の呼びかけにアスマは軽く反応すると、満を持したように悠然と席を立った。
「次は
軽く手をあげ、こちらに背を向けるとアスマは威勢よく扉の方に進んでいく。
「…………アスマ!」
その背中に、俺は気づけば必死に声をかけていた。
「お前がどんな精神してんのか知らないけど、当てろよ、必ず! 関東行き!」
俺の声に、卜占少年はその場にピタリと止まると、首だけ回し……
「当たり前でしょ。
雲間に差しこむ光のような声で、そう得意げに宣言した。
廊下に消えていく彼に、これからの生活に、俺は祈りを飛ばした。ポケットの中、手にお守りを握りしめながら。
******
――やがて、全ての生徒の識別が終わり、俺たちは自分の
数週間後、俺たちは卒業式を迎えた。卒業生は不安に泣く者、期待に笑う者の2つに分かれた。
数日後には沖縄を旅立った。離れ離れになる友達の生徒たちは、ずっと連絡を取り続けることを約束していた。
到着直後の数週間はトラブルがツき物だったが、次第に元生徒たちは新天地での生活に慣れていった。
◆そして、数年の月日が経った――。
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