ゴーストダンス・フラワーロック

山田悪魔

序章 卜(ぼく)の色分け


 人生と物語について、少し考えてみた。


 人生は、川の中を転がる石のようなものかもしれない。

 個性むき出しの、ゴツゴツと尖った大きな石は、川に流されていくウチに川の底や岸、他の石とぶつかり合い、角が取れて丸くなっていく。上流から中流、下流へいくにつれて流れは緩く遅くなり、最後は小さな粒となって海の方へかえる。

 逆に物語は、海の波に乗るようなものかもしれない。

 漂流物は、その個性を武器に緩急のある波に乗っていく。大量の水をまとった波は、海岸にたどり着く前には膨れ上がって、砂浜に漂着物を届ける。

 物語には、得てして都合のいい区切りがある。ハッピーエンドで終わった物語は、その後の続きで、登場人物が何かで急に死ぬかもしれないのに、その物語は幸福と希望を提示して区切られる。

 逆に、人生には打ち切りしかない。大会で優勝しても、告白に成功しても、学校を卒業しても、一秒先の世界はまぶたを閉じる瞬間まで続いていく。そして誰であれ、最後は打ち切られる形で終わる。それは理不尽で案の定で、計画的だったりもする。

 ……そんな打ち切りが、今まさに、の目の前で起ころうとしていた。

 ただし、人生のではない。今回は物語、それもドラマのだ。

 全十話、これまで膨れ上がってきた波は、唐突に打ち立てられた防波堤によって、あえなく撃沈しようとしていた。



『まさか……君が犯人だなんて……』



 舞台は燃え盛る閉塞的な花畑。

 黒衣の男が主人公に銃を突きつけている。

 親友とも呼ぶべきその男の裏切りに、主人公は泣きそうな顔で項垂れる。


『……信じてたのに』


 男の顔は、逆光で黒く染っている。


『嘘をつけ。薄々、気づいていたはずだ』

『……それでも、信じてるよ。君は……ぼくを撃てない』


 カメラが寄って、主人公が前を向く。


『こんなところで終われるわけがない。だから――』


 だが、一歩を踏み出した主人公に、男は容赦なく引き金を引いた。

 弾丸が脳天にキスをして、真っ赤なエキスが飛び散る。


『化けて出んなよ、このピエロ野郎が』


 男が呟いて、火花を背景に題名とエンドロールが流れる。








   【⠀ロマン・オブ・ロマンス 】




      Author/scriptwriter 


               


        musician


       


          theme song

  



         Cast

       



         General staff




         Producers




         Directors




        Production works


    





          ・             

          ・             

          ・







 やがて画面が暗転し、最後にメッセージが一瞬浮かび上がった。

 


     ◇The curtain falls on the story, the curtain rises on life――.




                 






******










 沖縄エリア 児童養育施設



「……なんだよ、この終わり方」


 

 タブレットの画面に映し出された【完】の表示に顔をしかめる。

 映像のクオリティは置いといても、せめてテーマは貫いてほしかった。

 中盤でコメディからシリアスに舵を切ったと思えば、意味ありげな伏線だけバラまいて、特に回収もせず打ち切りとは……。この徒労とろうを誰かに分けてやりたい。

 ……途中までは面白かったのに。


「はぁ~……」


 画面を閉じて周りを見遣る。


 ――もうセーターを着てる奴もいないな。


 四十畳ほどの教室の隅の席に座り、騒々しく動く生徒たちを眺める。

 まぁ、そりゃそうだ。だって一昨日、昨日の気温は25度近くだったのだから。

 沖縄の春は早い。1月末からカンヒザクラは開花し、3月下旬ともなれば跡形もなく散華する。内地が桜前線に浮かれている頃に、こっちの春はとうに終わりを迎えているのだ。

 窓に目を向けると、遠くに見えるエメラルドグリーンの海を背景に、数本のカンヒザクラが目に入った。少し前までは、目に痛いほどのショッキングピンクの花弁を見せびらかして沿道に華やいでいたのに、3月も中旬となった今ではただの『どこにでもある木』に成り下がろうとしている。

 内地の桜と比べて、カンヒザクラの散り方は華がない。ただ、ボトッボトッと花の塊が地面に落下するだけ。

 でも、そんなカンヒザクラを見る機会も、もうなくなる。なぜなら……


「そろそろここも卒業かー。お前らは、これからどこ行きたい?」

「一番は関東でしょ。街は発展してるし、仕事も充実してるしさ」

「えぇ? お前は四国だろ、日ごろの行い的に」

「皆と同じならどこでもいいや。一人だけ仲間はずれは嫌」


 前方の席で男子生徒数人が会話している。とっくのとうにセーターを脱ぎ捨てた彼らは、押し寄せる緊張をごまかす為か、やたらと大きな声で喋っていた。


「みんなの産み親って東北でしょ? よりによって九州なのは僕だけ……。ヤダなぁ、あそこ治安最悪らしいし……」


 その中で眼鏡をかけた生徒が不安を吐露した。


「別に産み親の精神色相メンタルカラーは関係ねーって。俺たちずっと一緒につるんできたんだ。行くとこは大体おんなじだろ」


 そこで話は一区切りついたのか、少年たちは押し黙ってしまった。でも、顔を見れば何を思っているのか分かる。もっと話したい。でも言葉が思いつかない。これから不安だ。頼むからみんなと。

 そんな思惑が交差する彼らの沈黙を眺めていると突然……


「……うぅッ!」ギュルルルルルル――!


 苦悶の叫びのような腹の音が鳴り、猛烈に便意が襲ってきた。

 次の授業までまだ時間はある。今のうちにクソドラマの供養も兼ねてトイレに行こう。

 席を立って廊下に出る。腹を押さえながら一番近くのトイレまで行くと、入口付近に列が出来ているのが見えた。


「げぇ……」


 列を並んでいる男子達の様子からして相当詰まっているのだろう。順番待ちは時間が掛かりそうだ。

 こうなったら仕方ない。少し遠いが、離れの校舎のトイレに出向こう。

 便意をこらえて歩くこと少し、ほとんど廃墟と化した小さな校舎に辿り着いた。

 開けっ放しの裏口から入り、トイレを探す。廊下の奥にあったはずだ。

 人気ひとけのない通路を進み、空き教室の前を通り過ぎる。



「――ふむふむふむ、そこの貴方!」



 突然、誰かの呼びかける声が校舎に響き渡った。

 声の方、空き教室の方を振り向くと、ドアの隙間から紫色のローブを被った謎の人物が垣間かいま見えた。水晶玉の置かれた机を前に、イスに座ってこちらに手招きしている。


「……? え? 俺? ……誰?」


 そいつは質問に答えることなく、イスを一つ運んでくると対面に置いた。

 よく見ると机の足元には、用途の分からない何かの道具がたくさん転がっている。


「すみません、大事な話があります。どうぞ、こちらに」


 無視してトイレに行きたかったが、そのやけに真剣な声が引っかかる。数秒逡巡しゅんじゅんして、用意されたイスに腰掛けた。

 

「なんだよいきなり。俺今うん――……忙しいんだけど」


 後に続くひらがな一文字をかろうじて抑える。初対面の相手に下品なことは言えない。


「ほぉ! うん……ですか。そう、『うん』なんですよ」

「……は?」


 いやに含みを持たせ、そいつはおもむろにローブを脱いだ。

 外ハネした明るい茶髪なのに頼りなさげな三白眼の所為せいで、どこか垢抜けない顔の印象の少年。

 あれ? 誰だっけ、こいつ?

 恐らく自分と同い年。見覚えもあるが、イマイチ名前が思い出せない。人の名前を覚えるのは苦手なのだ。


「突然ですがッ! あなた!」少年が勢いよく口を開く。彼の剣幕に思わず体が強ばった。

 少年は机から身を乗り出すと、耳元まで顔を寄せ――



「…………すッッッごくツイてますよ!」



 と、胡散臭うさんくさく耳打ちをした。


「……? 憑いてる? 幽霊?」

「いえ、違います! 運ですよ、運! 貴方が今、この結界に入ってきた瞬間、ありとあらゆる開運グッズが吉兆を示したんです!」


 彼は言いながら、机の下から摩訶不思議なガラクタを次々と取り出す。

 花が描かれたカード、変な目のサイコロ、紐が着いた謎のクリスタル、おもちゃのスロット、招き猫、ダルマ、数珠、その他用途の分からない小道具が机上に並べられた。


「見てください、このおみくじスロット! スリー大吉です!」


 彼はそう言うと、手のひらサイズのスロットマシンを見せびらかした。

 真ん中のラインには大吉7が並び、チープな光で演出されている。


「貴方が校舎に入った瞬間、感じたんです! えも言われぬ開運招福のオーラ! 間違いない! あなたは、長年探してようやく出会えたソウルメイトなのです!」


 彼は無遠慮に手を握ってくると、よく分からない説明を始めた。

 まずい、関わったらダメなタイプの人間だ。そう直感で判断した。

 便意もある、この場は適当に切り上げよう。


「……君って何? 占いとか好きなの?」

「はい! ビッグな占い師になるのが夢です!」

「へぇ~……トイレってさ、この廊下の奥だよね?」

「そうです! 真っ直ぐ行くと右手に。それで見てください、このお守り! これは授業中お腹が鳴らなくなる優れもので――」

「そっか」


 そう言って席を立つと、そのまま空き教室を出た。呼び止められるかと思ったが、彼は説明に夢中になっていた為、あっさり出られた。

 今のうちだ。早歩きで廊下を進んでいく。


「――ちょ! ちょちょっと! 待ってくださいよ!」


 だが、数歩歩いたところで、ドタドタと音がして後ろから呼び止める声が掛かり、彼が隣に並んできた。


「急に立ち去るなんて……まぁ、やはりいきなりは信じられませんよね、実践あるのみ。これを見てください。この水晶玉は霊験あたたかな洞窟から発掘された特級品で――」


 聞く耳持たず、さらに早歩きになって彼との距離をとる。


「いや! そんなことはどうでもいいんですよね! さっそく貴方の未来について占ってみ――」

「ッあのさ」


 拒絶の意を示してもしつこく占いを押し付けてくる彼に苛立ちが湧き、目を尖らせて睨んだ。


「今、俺は糞で忙しいんだよ。占いなんてクソの役にも立たないモノ、押し付けてくんな」

「……え? あ、いや、その……」

「エビデンスもなしに一喜一憂できるほど頭お花畑じゃねーんだよ俺は。変な勧誘なら他でしろ」


 彼の顔も見ず、吐き捨てるように言って先に進んだ。

 すぐにトイレに着くと、扉を乱暴に開閉して個室の鍵を閉めた。

 自分の言動に対して彼がどんな反応をしたか、理由はわからないが、目に入れたくなかった。




「……海老?」








******











「はぁ〜……」

 

 手洗いで濡れた手をハンカチで拭きながら廊下にでる。用を足した途端、重りがなくなったように足取りが軽くなった。

 もうここに用はない。散歩がてら自分の教室に戻ろう。

 鼻歌を歌いながら空き教室の前を通り過ぎる。


「――なんです? あなた。自分はただ、ここで細々と占いをやってるだけで」

「占い? 君さ、友達いないの? 寂しい奴。生きてて楽しい?」

「え、まぁ、友達はいませんが、それなりに楽しんでて」

「嘘。人生充実してる奴は占いなんかしないね」


 会話の出どころをチラリと見ると、先程の空き教室であの卜占ぼくせん少年が背の高い黒い男に突っかかられていた。

 後ろ姿しか見えないため、男の得体はわからないが、この島にいる大人ということは、警官か教官のどちらかだろう。

 面倒くさい奴が面倒くさい奴に絡まれている状況。アレに関わるのは最高に面倒くさそうだ。万が一巻き込まれる前にとっと立ち去ってしまおう。

 

「もう、なんなんです、あなた! 何が目的で」

「なぁ、君の体、オレにくれよ。いいだろ? オレさ、叶えたい夢があって――」


 その言葉に反応して、咄嗟に扉を開けた。慌ててこちらを振り向いた男の手元と足元を一瞥いちべつする。――

 俺は勢いよく教室に入って手近な椅子を掴み、男に向かって放り投げた。

 

「何してやがるテメー。公安に通報するぞ! 失せろ!」


 そう居丈高いたけだかに叫ぶと、男は一瞬悔しそうな顔をし、教室の窓から外に飛び出した。

 数秒の沈黙。

 ポカンとした顔の少年はゆっくりこちらに目を向けると、やがてうわずった顔で歩み寄ってきた。


「いやー、ありがとうございました。……けど、なんで助けてくれたんです? てっきり嫌われたのかと」

「……自分と同い年? の奴がピンチになってるのを放っとけるかよ」


 無意識的にぶっきらぼうに返してしまった。本当は同い年かどうかも知らないが。

 すると、少年は不思議そうな顔をして首を傾けた。


「……? 同じクラスですよ?」

「え?」


 数瞬、少年の言葉の意味がわからず、自分の中で時が止まる。やがて、自分が恥ずかしいことを言ったことにだんだんと気がついてきた。


「まぁ、貴方っていつも教室の隅で映画みてばっかですし、仕方ないですよ」


 バカにしたようなフォローをされた。

 顔が熱くなって、思わず逆上したような口調が飛び出る。

 

「ッ悪かったな! クラスメイトの事も把握してない陰気野郎で」

「あ、責めてるんじゃないですよ? そもそも、あなたに話しかけたのも友達になりたかったからですし」

「……は? と、友達?」


 目の前で言われたことなのに耳を疑う。今さら何を言っているんだ、このクラスメイトは。


ぼくはアスマ。占い大好き。ボッチ同士、今からでも仲良くしましょう。小浪谷こなみやさん」


 アスマと名乗った少年が笑顔で手を差し伸べてくる。

 小浪谷さん――こちらの名前はしっかり覚えられていた。


「今からって……卒業間近なんだけど、俺ら……」

ぼく、最近になってようやく気づいたんですよ。友達ゼロで卒業すんの悲しくない? って」

「……いや、遅」

 

 思わず正直な感想が口から出た。

 この少年、今の時分に占いが趣味なのも含めて独特な感性の人間だ。

 初めての友達が、今さら、占い師なんて、バカバカしい、いや、でも……。

 差し出された彼の手を取るかどうか悩んでいると……


「…………あっ!!!!」


 彼はいきなり大声をあげると、小浪谷の手を引っ張って走り出した。

 

「お、おい!?」

「次の授業! もう予鈴が鳴ります!」


 そう言われて教室に掛けられた時計を見ると、確かにもうすぐ次の授業が始まる時間だった。次の担任は、なかなかに厳しい教官だ。遅れたら何かしらの折檻せっかんはくらうだろう。彼も必死そうな顔で急いている。

 そんな時、ふと、悪戯心が湧いた。

 小浪谷は、突然、両足で急ブレーキを掛けて立ち止まった。

 何事かと振り向く彼に声を掛ける。


「もう……、今から急いでもこっからじゃ間に合わねーだろ」

「えぇ〜、でも、授業が……」


 焦ったような、拗ねたような口調と顔をする彼に、小浪谷はタブレットを取り出してみせた。


「最近、面白いドラマがあってさ。ちょうど誰かに布教したかったんだよ」


 一緒にサボろーぜ。そう言外に伝えると数秒後、また彼も悪戯っぽい顔を返した。

 旅は道ずれ世は情け。この変人となら、このクソドラマも供養できるかもしれない。

 

 俺はこの日、初めて授業をサボった。



            



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