第五章 夢みるフォーチュンロッキー


 小さな市街地に海風が吹き抜け、アスマの火照った体を冷やしていく。

 早歩きのまま、アスマはひとけの……建物の多い方へと、とにかく足を運んでいた。

 だが、ここに来たのは失敗だった。

 辺りは新陳代謝に置いていかれ、すっかり過疎化した様子で、明かりもない廃墟が建ち並んでいた。

 たまに、光り物を見つけたカラスのような視線がアスマを貫く。

 その正体は、生態スキャナーに濁ったいろと判断され、社会から弾かれた者たちの眼光。

 目を逸らしたくなる非情な現実だった。

 ……早くここから抜け出そう。

 叶守を抱え直して、一気に走り出そうとしたその時――


「……ッう、うぅん……」


 首元から彼女のうめき声が響いた。手足をモゾモゾと動かし、まぶたを震わしている。


「叶守! 起きた!?」

「……どこです……ここ? ……おろしてください」


 アスマは周りをキョロキョロと見回し、手頃な廃ビルを見つけると中に侵入。ひとけのないことを確認し、叶守をゆっくりと背中から起こし、自立させる。

 叶守はフラフラとしながらも壁に手を付き、深く項垂れて咳き込んだ。


「……口からッ……レゴ……ッ」


 そんな物はまったく出ていなかったが、叶守は吐き出しそうな顔で辺りを見渡し、アスマに目を向けた。


「? お前は……?」

「アスマだよ。マイナー占い師の」

「……ああ、そういや……あの後、お前が?」


 アスマは首を横に振った。


「助けたのは小浪谷さん。ぼくはここまで逃げてきただけ」

「そう……恩に着ますわ」


 叶守はすっかり弱々しくなり、珍しく素直な声を出した。

 アスマが舌を巻いていると、叶守はそのことを自覚したのか、濡れた犬のように頭をブルブルと振り……


「ところでお前! 何か? ワタクシに渡す物があるのでは?」


 空元気に胸を張って、クイックイッと手を前後に動かした。

 渡す物って何? と口から出かかった矢先、アスマは突として思い当たり、ポケットから手帳を取り出した。


「……なんでわかったの?」

「灯台もと暗し理論ですわ」


 叶守は手帳を受け取り、まんじりともせず装丁を眺める。やがて、指でつまみあげると、大雑把にペラペラとページをめくり、最後のページに達すると……


「……なるほど」


 と小さく呟いて、ボロボロの皮の意匠を懐かしむように親指で撫でた。

 その様を見て、アスマはもしやと尋ねる。


「…………記憶が戻ったの?」

「いえ全然。ですが、なすべきことはわかりましたわ」


 叶守は「一旦」とアスマに手帳を手渡すと、たどたどしい調子で廃ビルの中を探索。

 アスマが呆然としながら手帳を片手に立ち尽くしていると、叶守はごみ溜めの前でしゃがみこみ、ショッピングでもしているかのように鼻歌を歌いながら物色を始めた。

 どういうつもりなんだか。

 アスマはなんとはなしに手帳を開き、ページをめくっていった。そして……――

 

 やがて、叶守「おっ!」と声をあげると何かを拾い上げ、スタスタとアスマの元へ帰ってきた。


「手帳を摘んで前に」


 意図を測りかねるも、アスマは言われた通り、叶守の前に手帳を指で摘み上げた。

 叶守は手の中に握りしめた……ライターを手帳の先端に当てると、意を決したように点火した。


「……なッ」


 ライターの火が、皮を炙り伝ってページに灯火を移す。煙を上げ、先端から少しづつ熱が広がっていく。

 呆然とするアスマの手から手帳をひったくると、叶守は火の手が増したことを確認し、廃するよう手放した。

 床に落ちた手帳は、最後に一瞬、火花を散らすように燃え尽きると煙を上げて息を絶やし、黒焦げの残骸となった。

 アスマは返す返すも呆気にとられながら、物静かに口を結んだ叶守を見据えた。


「…………どうして?」

「黒歴史の処理ですわ。どうやら、これだけが心残りだったようで」


 叶守はやれやれと首を振ると、改まった様子でアスマに向き直った。


「あなたには感謝しますわ。色々付き合ってくれましたね」


 叶守に正面から感謝を告げられ、アスマは思わず面食らう。

 急に正直になるな……。

 だんだんと面映ゆくなり、視線を逸らして頬を掻く。

 

「……ど、どういたしたまし……て――……あッ! そうだ」


 アスマは言ってるうちに更に恥ずかしくなり、話題を転換する意味を込めて叶守の前に右手を差し出した。

 会話の流れですっかり忘れていたが、これも重要なことだ。

 叶守が小首を傾げる。


「なんです? 突然」

「その霊体からだ、ずっとそのままじゃマズイでしょ? だから、治るまでぼくに取り憑きなよ」


 ハカセが言っていた。幽霊は傷を受けても人に憑依すれば治ると。

 叶守は、差し出された右手を見つめ、アスマの顔を見つめた。おもむろに口を開く。


「……ワタクシは――」


 その時、万雷の如き爆発的な轟音が廃ビル内にとどろき、アスマと叶守の耳を穿つようにろうした。

 猛然たる地鳴りと衝撃波が体を揺さぶって、アスマは思わず尻もちをつきそうになる。

 

「な、なんだ……!?」


 アスマが声をあげるのと同時に叶守は窓の前まで駆け込むと、吃驚を漏らした。

 慌ててアスマも叶守の隣に並び、窓の向こうの景色を目に移す。

 遠くの海の方、そこに見えたのは……


「うをおおおおお!!!? でっけぇ怪獣ですわァあ――!!!?!?」


 莫大な量の海水で構成された、高層ビルほどの超巨大な全容。

 だが、ただの海水の塊でもなければ津波でもない。ずんぐりとした胴体から生える手足と尻尾、長い首からの角の生えた頭……それは、まさしく映画の中の怪獣を幻視させる質感を持っていた。

 濛々と粉塵を巻き上げながら、少しずつどこかに移動している。

 あれは……まさか……。


        ――◇――   


 アスマは義眼を発動し、『海獣』を凝視。

 胸部の辺りが仄かに光って、見覚えのある生命線が揺らめいていた。

 

「……如月さん」


 アスマは歯噛みして睨めつける。

 生態スキャナーによる予測移動地点は南東……幼児センターのある方面だった。

 不安を募らせるアスマとは対照的に、横の叶守は危機感もなく「うっひょー」と愉しげな歓声をあげていた。

 そんな場合じゃないのに、どこまでマイペースなんだ。


「ッ……まずい、叶守。はやく逃げないと」

「最期にイイもん見れて……ツイてますわ」


 その叶守の言葉に、アスマは声にならずとも口の中で「え?」と声をあげた。

 血の気が引いていく。

 アスマの様子を察したのか、叶守はおもむろに振り返る。


「ワタクシはここに残ります。逃げるならどうぞおひとりで」

「………………な、なんで……?」

「もう満足ですわ。本懐も果たして、思い残すことはありません」


 キッパリと言い切る叶守に、アスマは歯をむいて声を荒らげる。


「ッあるでしょ! 色々、やりたい……こと……が……」


 だが、言い切る前にアスマは、はたと『夢』の手帳はすでに燃されたことを思い出す。

 アスマは目を泳がせてうつむくと、静かにつぶやく。


「……ホントに消える気なの?」


 叶守はうんと頷いた。


「変態成敗して、キンタマ占いして、人気投票一位も取れました」

「………………いや、取れてないよ」

「取れましたわ」


 叶守の言葉に、バスの中で如月に言ったセリフが脳裏に飛来する。

 ――今の叶守は、楽しそう……ですね。

 アスマは拳を強く握りしめ、苦虫を噛み潰したよう顔をあげて叶守と目を合わせる。


「……ぼくの水晶玉。当たるとこみたくないの?」

「あ? そっちのタマは別に」


 アスマは意を決してポケットに手を突っ込むと一枚の紙片を取り出し、叶守の言葉を遮って開示した。

 先ほど、アスマが一旦と叶守から手帳を預かった時、魔が差して密かに抜き取っていたページ。

 『アスマの水晶玉占いを当てさせる』。

 紙の内容に目を通し、叶守は顔を顰めた。

 

「……げ、預けなきゃ良かった。……なんでそこまでして引き止めますの?」


 アスマは、戦っている小浪谷の背中を脳裏に浮かばせた。


「『恩』と『恨み』だよ。散々色々……返しきれてないのがたくさん。……だから、今消えてもらっちゃ困る」

「そんなん言われても……。今のワタクシにはきてく意味なんて」

「……あるよ」


 そう言ってアスマは叶守に一歩前進。

 幽かな月光が照らす静謐と退廃の間で、窓の向こうで荒れ狂う海獣を意に介さず、アスマは叶守を真っ直ぐに見つめた。


「ぼくが、叶守のピエロになる」


 まるで劇映画のようなアスマの言霊に、叶守はまつ毛を震わせ、「……は?」の形に口を小さく開いた。


「占いでビッグになって……魂が擦り切れるまで、君の楽しみになり続ける」

「……………………マジに言ってますの?」


 叶守は、遠望の目で目と鼻の先のアスマを見ると、幽かな声を漏らした。

 アスマが力強く頷きを返す。

 叶守はうつむくと考え込むように押し黙った。やがて、何かを呟こうと口を震わせた瞬間。

 激しい水流の音が出入口から響いて、アスマは思わず目を見張って振り返った。

 濁流はアスマ達の居る一階に勢いよく侵入すると、瞬く間に足元を浸していく。

 外を見ると海獣が市街地を横切り始め、だくだくと氾濫をもたらしていた。

 

「……や……ッば!」


 こうしちゃいられない。

 アスマは「上に行こう」と叶守の手首を引っつかむと、濁流をかき分けて階段まで直行。

 叶守は、糸の切れた人形のように無抵抗のままアスマに追従した。

 息を切らし、次々と階段をあがっていく。

 アスマは焦りに身を任せながらも、「前にもこんなことがあったな」と頭の片隅で思い起こした。

 一階。

 二階。

 三階。

 四階と、下から響く濁流の音から逃げるように、上へ上へと足を運んでいく。

 後ろに叶守の気配を感じながら、アスマは祈るように、訴えかけるように顔を力ませた。


 ……まだ、まだだろ叶守。ぼく達は、まだ何も染まれてない。


 いつか一華咲かすまで、死んでも活きてやるんだ。それまでは……――


 最上階への踊り場を抜けると、一気に加速して、体当りするように目の前の鉄扉をこじ開けた。

 横殴りの夜風が髪を撫であげ、水しぶきが顔に飛来する。

 アスマは息を切らして、廃れたコンクリートの上を徐歩しながら、遠くの海獣に視線を投げた。

 両手の中に中に収まるほどの距離だが、こちらに近づいてくる気配はない。

 アスマはホッと一息ついて、後ろにいる叶守に振り返る。


「良かった、ここは安全そう。叶守も――」


 振り返った瞬間、アスマは言葉を切らして動きを止めた。

 視界には、コンクリートと夜空が広がっているだけで、叶守の姿はどこにもなかった。

 さっきまで必死に掴んでいた手首も、いつの間にか跡形もなく消え去っていた。

 全身から血の気が引いていく。

 アスマは驚愕に目を見開いて、縋るような声を漏らす。


「…………叶守?」

 

 だが、その声は空を泳ぐばかりで、誰からの応答もなかった。

 アスマの心の中を焦燥が掻きむしっていく。


「……そんな。ッか、叶守……」


 虫の息のようにつぶやくと、徐々に現実感が帯びて、喉の奥から吐き気のように思いが迫り上がってくる。

 アスマは首を限界まで上にあげ、夜天に向かって声を轟かした。


「――かなもりいいいいいいいいッ!!!」

(――うるさああああああああいッ!!!)


 まさかの追従するような大声に、アスマはビクッと体を震わして、思わずその場で小さく跳ねる。

 聞き覚えしかない声に、アスマは辺りを見回すも、やはり姿は視えない。

 幻聴か? とアスマは自分の耳を疑うと……


(いきなりデカボイス勘弁してください)


 叶守の不機嫌そうな声が、アスマの身体の内からテレパシーのように響いた。

 アスマはおぼろけながらも状況を察し、干上がった声を出した。


「か、叶守……? ……取り憑いてたの?」

(ええ、先ほど。ちなみに、頭が楽しいことになってますわ)


 「え?」そう言われると、妙に頭にムズムズとした感触を覚えた。

 アスマは恐る恐る手のひらで髪の毛を撫でる。


「は……? なッ!?」


 アスマの頭の上に、髪の毛に混じって、いくつも半透明の花が生えていた。

 まるで、どこかの誰かの髪飾りのように。

 

(よくお似合いで)

「~~ッ…………………なんで……急に?」


 「取り憑いたの?」と言外に意味を含ませ、アスマが尋ねると、叶守は楽しそうに鼻を鳴らした。

 

(オモロいことが出来そうだったので)

「……? 何それ?」


 アスマが返す返す尋ねたその時、ポケットの内から淡い光が漏れ出した。

 何事かと目を見張っていると、ごそごそとポケットの中身が動いて、宙に浮かぶとアスマの目の前で静止した。

 それは、かつてのアスマの虎の子。

 今では古びたガラス玉のようにくすんだ、小ぶりの水晶玉だった。


「――ッ!? どゆこと!?」

(いいからいいから、早くその水晶で占ってください。まずはそこからですわ)


 叶守がアスマの動揺に鬱陶しそうな声をあげ、ほらほらと占いを促してくる。


「う、占うったって……何を?」

(……うーん、じゃワタクシ達の未来で)


 ……そんなテキトーな感じで言われても。

 叶守が「早く早く」と促してくる。

 アスマは渋々、目の前の水晶玉に向き直って視線を注いだ。

 暗闇の中、月の光を鈍く反射して宙にたたずむその様は、キテレツなのも相まって、かつての輝きを少し取り戻しているように見えた。

 ……今の自分に扱えるのだろうか。もう何年も使ってないのに。

 アスマは自問自答を繰り返し、やがて意を決して水晶玉に両手をかざした。

 水晶玉の光が仄かに増す。

 直接触れないよう右手で覆い、左手で覆う。雑念を消して、『像』を見逃さないように視線を動かす。

 アスマは取り憑かれたように水晶玉にのめり込んでいく。それに呼応するよう、水晶玉は膨れ上がるように更に光り輝く。

 溢れ出す光彩の中、走馬灯が閃いた。


『言っておきますが、水晶玉占いは確定でやってもらいますので!』

『あはははざまあそばせ〜! 地獄に落ちろ占いピエロ!』

『――ぼくの友達なんだ! だから、かえせ! 返せよ!』

『アタシ達がいつか外の常識全部ぶっ壊すんだ!』

『うおぃ! いきなり落ち着くな! 暇なら早くこの縄をほどいてくださいましーッ!』

『……ひとつ言っておく。俺は『恩』と『恨み』は必ず返す。信条だ』

『ふぅん、そっか…… 楽しめるといいね、これから先』

『おかげでいい釣りスポットたくさん見つかったし、色んな人からチヤホヤされる……から、まぁ、なって良かったって思うよ』

『るせぇ! テメーの最優先考えろ! 邪魔だ早く去ね』

『黒歴史の処理ですわ。どうやら、これだけが心残りだったようで』

『ぼくが、叶守のピエロになる 占いでビッグになって……魂が擦り切れるまで、君の楽しみになり続ける』



 まばゆい光が徐々に落ちつくと、屋上に再び夜の闇が満ちていく。

 水晶玉は浮遊感を失うと、アスマの両手の中にすっぽりと収まった。親指で表面をなぞり、穴があくほど見つめる。

 ――なんだ、今の……心地のいい感覚。

 アスマは呆然としながらも、言いようのない興奮に身を震わせていた。


(ちょい! 凄いの来てますわよ!)


 弾んだ調子の叶守の声に、ハッとして現実に戻される。

 前を見ろという声に促され、アスマはおもむろに視線を上げた。


「――ッ!?」 


 アスマは、正面にある巨大な物体に思わず瞠目して息を飲んだ。

 頑健な土台に装備された二つの規格外な車輪、仰角六十度ほど傾いて天を穿つ砲身。そして、その厳つい意匠に施された――招き猫、四つ葉のクローバー、青い鳥、だるま、宝船、お守りなど数々の縁起物のデコレーション。

 それは、子ども向けの玩具のような外見でありながら、アスマの背丈の四、五倍以上の大きさを誇る……半透明の『大砲』だった。


(――これが、ワタクシ達の能力ですわ)

 

 言葉もなく唖然とたたずむアスマの身体に、叶守の自慢げな声が響く。


(ほら、さっそく! 使いますわよ!)


 すっかり金縛り状態のアスマにお構いなしに、叶守は勝手に身体を動かすと、大砲の前まで連れていった。砲身に無理やり手を伸ばす。


「ッつ、使うたって……こんなのゴツイの使い方――」


 アスマが砲身に手を触れた瞬間、雷に打たれたように、脳裏にこの大砲のあらゆるノウハウがよぎった。


「――……めっちゃ分かる」


 アスマがぼんやりと手のひらで砲身をなでると、自分でも驚くほど手に馴染む。

 軽く片手で土台の端を押すと、車輪を回して砲身がゆるりと方角を変えた。

 やっぱり見た目よりも全然軽い。扱いやすい。


(……これは『浪漫砲』。にしか使えない、最強のおもちゃですわ)


 叶守のテレパシーに、アスマは人知れず感慨に浸る。

 ぼくにしか扱えない最強の……。

 その響きに鼓動が高鳴り、血が沸き立つ。

 きっと伝わっているのだろう。共鳴するように叶守もテンションを上げた。


(……さぁ! 記念すべき初ボンバー! ぶっぱなす準備はいいですか!?)


 アスマは当然と頷く。


「ちょうど、でっかいのもいるしね」


 そう言って、視線を横に投げる。

 優しい月明かりの夜空を背景に、海獣は爆発的に砂ぼこりと水しぶきを撒き散らし、衝撃波を轟かせながら南東に向けて突き進む。

 まるで怪獣映画のワンシーンだ。

 でも、この景色は夢でも映画でもない。だから、手っ取り早いがここで幕引きだ。

 アスマは砲架を押して車輪を回し、すぐさま海獣に砲口を合わせると、自動的に脚架が展開し、砲身が固定された。

 次に、アスマは砲身尾部の閉鎖機を開けた所――


「やば、弾が」


 中に詰め込む肝心の砲弾がないことに、はたと気がついた。

 何かちょうどいいものは……と服の中を漁る。だが、結局使えそうなものは、一つしかなかった。

 再びの登場。

 アスマは右手に水晶玉を握りしめ、祈るように力を込める。


「……頼んだよ」


 そう静かに呟くと、薬室の中に水晶玉を収める。

 そこで、全ての準備が完了した。

 アスマが砲尾に身体をよせると、砲架から光が灯り、スティック状のトリガーが露出。断固として右手で握りしめた。

 気を高めるよう深呼吸する。


(さっきの占いから、この一撃には、ワタクシ達の未来が掛かっています)

「……じゃあ、当てないとマズイね」

(ええ、絶対に)


 顔を上げて、視界の真ん中の海獣を睨む。

 確実に当てる。


        ――◇――


 左目の義眼を発動。対象胸部に如月の生命線が垣間みえる。

 彼女の光の奔流は、もがき苦しむように暴れていた。悲痛な叫びのいろが狂い咲く。

 もう、終わりにしよう。

 身体中が熱を帯びて、浪漫砲と一体化する感覚――微調整……ロックオン。

 全身全霊でトリガーを引き絞る。


「……『開運招福』ッ! 当ッたれぇええええええええええ―――――ッ!!!!!」


 砲口が一瞬まばゆく光って次の瞬間、破滅的な音と衝撃が屋上全体に轟き、極彩色の光線が海獣に向かって一直線に突貫した。

 着弾点から光の柱が空と大地を穿ち抜く。 

 光の中で、海獣は咆哮のような轟音をあげながら膨れ上がると、爆発するように身体を飛散させた。

 朝を幻視するほど、夜の暗闇をかき消して光彩が氾濫するように溢れかえる。

 アスマはどんどんと身が軽くなる不思議な浮遊感と眠気を誘う心地のいい疲労感に身を投げた。

 少年は、招福の光に夢へ誘われていった。



◆Bless you,Fortune Rockin' Dreamers――!










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