第三章 悪霊か活霊か⑥


「人気投票を開催するべきですわ」


「人気投票、強さランキングは流行の指標。上位を見れば一目で今のアツモリがわかる」


「ワタクシが一位なのはほぼ確定ですが、物語は始まったばかり。今のうちからアピを売らないと」

「――……ち、ちょっと! 叶守!」


 繁華街に響く意気揚々とした言霊。

 行き交う大人たちの視線を気にしながらも、アスマは数歩先を歩く女の子に待ったをかけた。


「さっきからどこ行こうとしてんの?」

「……ん? 誰ですあなた?」


 叶守は振り向くと声のトーンを落とし、不審そうな目でアスマの顔を見つめた。


「いやだから、アスマだって! ホントに覚えてないの!?」

「ここらじゃ見ない顔ですわね」


 さも当然のように言ってのける叶守に一瞬絶句する。


「ッよく占いしてたじゃん! 叶守にだって! ……ほら、この水晶とか見覚えあるでしょ!」

「占い師なんてマイナーキャラ誰も覚えてませんわ。ワタクシが目指してるのは人気投票一位! 早く事件の一つ二つ解決せねば!」


 そう言うと叶守は、水晶玉片手に立ち尽くすアスマを無視し、さらに繁華街の奥へと足を伸ばしていった。慌ててアスマも彼女の後に続く。

 いったいどういうことなんだ。

 少し前、路地裏のゴミ捨て場でアスマは幽霊と化した叶守と再会を果たした。まさかまた会えると思わず、夢と錯覚しかけたが、目を何度か瞬かせると確かに現実だった。

 だが、喜びもつかの間、アスマは側頭部をマスコットバットで叩かれたような衝撃に打ちひしがれた。

 幽霊となった叶守は、何も覚えていなかったのだ。

 自分の名前すら、彼女は喪失していた。









◆◆◆◆◆◆◆






「………………か、か……ッ」

「ああン?」

「ッ……かか、なか、かかか……か、かなもり……! 叶守ーッ!」

「ぐわッ! なんすんですのいきなり! きも!」

「また会えるなんて! やっぱ、あの時引っ張り出せてたんだ!」

「なに勝手に感動してますの! 離れてくださいまし! 誰ですのお前は?」

「アスマだよアスマ。確かに久しぶり? だけど忘れるなんて冗談」

「まったく何も知らん! お初にお目にかかった! 名前も知りませんわ!」

「い、いやだから、アスマなんだけど?」

「ア? 下ネタはやめてください」

「…………? あ、あのさ、叶守……一応聞くけど……どこまで忘れてるとか」

「さっきから何なんですのその“かなもり”って……まぁ、悪くない響きだし今からワタクシの名前にしてもいいかも……」

「………………………………………………」

「うおぃ! 急に落ち着くな! 暇なら早くこの縄をほどいてくださいましーッ!」







◆◆◆◆◆◆







「おいお前、ここら一帯で一番治安が悪いところはどこですの?」


 繁華街をあてもなく練り歩いて約二十分、藪から棒にぶっそうな質問を叶守からぶつけられた。


「少なくともここら辺は善い方だよ。……本当はぼくが居るのもちょっとマズイ」

「? どういう意味です?」

「メンタルカラー汚れてる人は、こういうキラキラしたところ歩くとスキャナーで通報されるんだ。叶守も生前ならアウトだよ」

「ふぅん……。そのスキャナーってのは幽霊は感知できませんの?」


 アスマは頷きを返した。


「被憑依者とかも無理だよ。だから公安はその辺にも目を光らせてる」

「へッ! なーにが公あ…………ん?」


 叶守は公安と聞いて妙に敵愾心のある顔をしたかと思えば、突然目を閉じて鼻と耳をひくひくと動かし始めた。

 何ごとかと顔を覗き込むと、叶守はパッと目を開け前方を睨むと、ニヤリと口の端を吊り上げた。


「邪の気配……――ッ!」


 そう呟いた途端、叶守は脱兎のごとく人混みを駆け抜け、路地の方へ角を折れて行く。

 置いていかれまいと慌ててアスマも後を追うが、その差はドンドンと離れていく。

 ……叶守って、あんなに足速かったか?

 正確に測ったことはないが、アスマと叶守の走力は同じぐらいだったはずだ。

 生前より加速力のある走りに振り回されながら路地を駆け抜け、袋小路を飛び越え……いつの間にか通りの一角に到着していた。

 息も絶え絶えに道沿いを見渡すと人だかりが出来ており、誰かの怒声が響き渡っていた。


「嘘! あんた絶対触った!」


 寄ってみると、数人の男女が言い合いをしていた。内容から察するに、どうやら痴漢があったらしい。痴漢されたと主張する女性陣とそれを否定する男性陣がいる。

 水掛け論が続く中、アスマの目には誰が犯人が視えていた。半透明半裸の男が、今まさに辻斬りのように女性の背中の筋を指でなぞって通り過ぎていった。


「……く、くく、げへへへ。バレてないバレてない……」


 周りが大人ばかりで誰も気づいていないが、あの男は幽霊、それも恐らく活霊だ。下品な笑みを浮かべて人混みから抜けていく。

 叶守を見失った中、公安に通報するべき逡巡していた最中、「オラァ!」と視界の隅から高速で黒い物体が飛来し、痴漢の活霊に直撃。男は衝撃のまま派手に横転し、店の看板を下敷きに倒れ伏した。


「!?」


 突然のポルターガイストに驚いた周りのギャラリー同様、アスマも唖然として目を見開く。

 狼狽するのも束の間、活霊の眼前に叶守が忽然と姿を現した。舞い上がった風塵の中、叶守は投げつけた黒い物体――壊れかけの自転車を引っ掴むと、重量などものともせず振り上げ……


「んの脳漿いちごミルクがァアアアアアアアアハハハハハハハハッ!!」


 倒れた痴漢男に容赦なく滅多打ちをし始めた。


「どうだ! 見さらせものども! 人気投票一位はワタクシの物ですわァ――!!」


 一打ずつ壊れていく自転車と抵抗もできず傷を増やしていく痴漢男。

 完全に茫然自失と化した群衆、その台風の目では、ドス黒い瘴気を纏った叶守の狂笑だけが高らかに木霊していた。

 脳が訴える。この状況は「やばい……!」

 アスマは転がるように一目散に叶守の元へ駆け寄り、懲りずに追撃を喰らわそうとする彼女の腕を掴んだ。


「叶守! 落ち着け!」


 叶守は自転車を手から放し鬱陶しげに振り向くと、気色を害した様子でアスマを睨んだ。


「はぁ、誰ですお前? こいつの仲間?」

「……いくら変態でも活霊祓うのは多分マズいって! 逆に霊媒師が祓われるかも……ほら!」


 アスマは叶守の半透明の手首を引っ張り、意向も無視して力ずくで現場から離していく。


「第二ラウンドか! おい、ついてこいパッパラパーども! 清き一票が待ってますわー!」


 しんと張りつめた空気の中、叶守は陽気に手を振り回しながらアスマに連れ去られた。

 










******









「……おかしいですわ。なぜあれだけ暴れたのにギャラリーは誰もついてこない?」


 人気のない公園。ブランコの椅子に座った叶守は口をへの字に曲げ、どこか寂しげに不満がった。


「あそこ大人ばっかだったし。……大人は基本霊感ないから、叶守の活躍も気づかれなかったんだ」

「あん? じゃあワタクシはキッズ売りをするしかないと?」

「……まぁ、人気になりたいなら。ぼくの知り合いに霊感持ちの大人いるけど、例外って感じだし」


 ブランコの周りの安全柵に腰掛け、アスマはハカセの白衣姿を思い浮かべた。誰であろうと年齢が二十代後半を超えると霊感は無くなると言われている中、実年齢はわからないが、老人でありながら霊視のできる人間なんてあの人以外は恐らくいない。


「はぁ〜あ……。結局、寄り道せず本懐を遂げろってことです――か」

「ほんかい?」


 ブランコを揺らし、ため息をついてボヤく叶守から気になるワードが飛び出した。


「手帳の探し物ですわ」

「……手帳? それってあの夢のやつ?」


 叶守で手帳と言えば、あの『夢』が色々書かれた古ぼけた茶革の手帳のことだろう。


「何であれを探してるの?」

「なにか内なる使命感に駆られるんですわ。『いいからあの手帳を探せ』って。アテも無いし諦めていたのですが……お前はどこにあるか知ってますの?」


 尋ねられ、アスマは腕を組んで回想する。最後にあの手帳を見たのは、誠央学園の屋上だった。叶守に顔面に向かって投げつけられたことは、直後のマスコットバットによる殴打の衝撃で鮮明に覚えている。あの後、手帳がどこに行ったかは見ていないが、何もなければ恐らく在処は……


「まあ、多分、誠央学園かなぁ」

「どこですのそれ?」

「……こっから近いよ。行くなら案内するけど」


 じゃあお願いしますわ、と叶守はブランコの椅子から立ち上がると、アスマの顔を探るように見つめた。


「なんかお前、やけに親切ですけど……生前はワタクシのファンか何か?」

「……ぼくは手帳取り戻したら、記憶も戻るかもって思ってるだけだよ」


 アスマは早口で言葉を切ると、叶守を促して公園の出口を抜け出し、誠央学園の方へ足を向けた。



         



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