第三章 悪霊か活霊か⑤
外に出ると、柔らかな日差しの中でそよぐ風に肌寒さを覚えた。まだ昼間だというのにそう感じるのは、ライブハウスの熱気に人知れず自分も当てられていたからだろう。
立ち止まって来た道を振り返る。
雑居ビル付近は人だかりが出来ており、災難にあった人や遠巻きから眺めるギャラリーで目立っていた。
アスマは『開運方位ペンデュラム』をたずさえ、道すがら今日の出来事を整理する。
色々気がかりはありつつも、やはり一番気になるのはあの軍帽を被った少年だった。見覚えはあるのだが、イマイチ思い出せない。霊能力を使えて爻坂の知り合いということは公安霊媒師で間違いないのだろうが。
アスマは向き直ってシャッター商店街に続く道をなんとなく歩き出す。
「……にしても、これからどうしよ。アテとかなんもないんだよな……はぁ」
独りごちてため息をつく。またあそこで占いを開いて、変な宗教の勧誘やらビジンキョクの餌食にあうのはごめんだ。だが他に行く宛てもない。お散歩特化占い霊装の『開運方位ペンデュラム』もピクリとも反応を示してくれない。
行き止まりの自分の現状に思わず落胆してうなだれた。その時だった。
「――……ッ! ――……ッ!」
今にも消えてしまいそうなほど微かではあるが、誰かが必死にもがいているような声が聞こえた。
「?」
福耳をかっぽじってよく聞くと、路地裏に続く建物の隙間から響いている。
一瞬逡巡し、すぐに
「……あ、あの〜? 誰かいますか〜? ひょっとして……」
奥に進むと排気管から腐った卵のような匂いがして顔をしかめる。
そして、廃ビルの角を折れたゴミ捨て場近く、横倒しの状態の人影を発見した。
頭にずた袋を被せられ、体は縄で縛られているが、背格好からして恐らく子ども。
アスマは急いで駆け寄ると、ずた袋の紐に手をかけた。
「――……ッ!!? ――……ッ!!!」
「ッ! だ、大丈夫ですか!? い今ハズします!」
慌てながら慣れない手つきで紐を解き、ずた袋を取っ払う。ようやく顔があらわになった『彼女』は、勢いよく息を吐いて吸い、キッと顔をあげると……
「んのハゲチンッ!! よくもこんなクッサイ布被せてくれましたわね――ッ!!」
開口一番、口汚い言霊をアスマにぶつけた。
「――――ッ!?」
だが、言葉遣い以上にその顔をみて、電撃が貫いたような衝撃が身体に走った。
目を見開いたまま静止し、ドモりが限界を迎えて掠れた声だけが漏れる。
「………………か、か……ッ」
「ああン?」
花畑みたいに髪を彩る花の髪飾り、丸目丸顔の小綺麗な顔立ち。
******
雑居ビルの前には、いつの間にか警察や救護活動チームが駆けつけていた。立ち入り禁止テープの外側には野次馬がたむろし、好奇の視線をこちらに送っている。
観客の保護と避難はあらかた終わった。最初に飛び出させたアスマも今頃は安全なところにいるだろう。
爻坂はきびすを返し、ライブハウスへの階段を下る。その道程で見覚えのある女性と鉢合った。
「さっきはありがとね。助けに入ってくれて」
如月がにこやかに笑い、気さくな雰囲気で話しかけてきた。
「まさか公安が居てくれて助かったよ。霊能力って初めて見た」
眉が思わずピクリと震えるも、爻坂は口角を勤めて柔らかく持ち上げた。
「私は何も出来なかったですけどね……」
「まだ九州にいるの? なら、またここ来てよ、お礼するからさ」
じゃ、と如月は手をヒラヒラと振ると、階段をあがり外に出ていった。
爻坂は、彼女のラフな格好や言動にどこか嘲笑が孕んでいるように感じた。
……やっぱ怪しいよなぁ。
そうは思いつつ、爻坂は階段の先のライブハウスへ歩を進めた。
会場内は、さきほどまでの興奮や混乱とは打って変わって静寂に包まれ、広くて寂しい空間が拡がっていた。
ステージ上には、ひと仕事終えた様子の小浪谷とお縄で拘束された闖入者の男の姿があった。
「やっと来たか」
小浪谷の声がポツリと響いた。
「悪いけど、後は任せる」
小浪谷は顎で男を差すと、ステージから降りて爻坂の近くに寄った。
「? なんか用事でもあるの?」
「うるせーのを置いてきちまったんだよ。急いで回収しないと……」
「へ〜。よくわかんないけど、がんば」
「おう」と小浪谷は軽く返事をし、扉を抜けてライブハウスから走り去っていった。
どうやら小浪谷も小浪谷で何か案件を抱えているらしい。面倒ごとに当たってしまう性分は相変わらずだ。
さて、と爻坂は男に向き直る。手足を縛られ、恨めしそうに唇を噛んでいるが、彼には色々と聞きたいことがあるのだ。
爻坂はステージに上がって男の前で腰をかがめた。
「あの〜、今ちょっとお話いいですか?」
爻坂は至って和やかに話しかけたものの、男はこれ見よがしに仏頂面を向けた。
「はあ、知らないよ。話しかけないでくれる? チャネリングの邪魔だから」
「えっと。いくつか質問があって。まずあなたの事から色々聞きたいんですけ――」
「ガウ!」
男は爻坂の言葉を
どうやら是が非でも応じる気はないらしい。困ったものだと爻坂が頭を搔いたその時……
(――ウ、ググゥ……)
聞き馴染みのあるテレパシーが頭の中で響いた。
「!
蟒蛇はどこかぐったりとした様子ながら、爻坂の首にヌルりと巻き付き、舌をシュルシュルと出し入れした。
「もう、肝心な時に寝ちゃだめでしょ」
(ウウ違う、気絶シチャッテタのヨ)
「気絶?」
「ここ、腐ッタ闇鍋ミタイな匂イがスル〜。今はチョイマシにナッタケド……」
蟒蛇が嫌だ嫌だと首を振る。
蟒蛇は舌を出すことで幽霊、主に悪霊の匂いや気配を感じとることができる。除霊捜査において非常に役立つ能力だが、悪霊の質や数が大幅の場合、逆に匂いを感じられなくなったり、今みたいに蟒蛇自身がメルトダウンしてしまうこともある。
闇鍋のような匂いというと、近くに悪霊が複数いたということだろうか。そこら辺も含めて質問した方が良さそうだ。
「ねえ蟒蛇、さっそく今いける?」
(ン? モチロン)
蟒蛇はそういうと爻坂の首の中に潜航した。
爻坂は目の前の自分の世界に入り込んでぶつくさこいている男に右腕を照準合わせ、自らの首を絞めた。
媒介からの霊能力発動。
右腕の袖口から素早く
「ッぐお! 何、ッ……あ、あ……ぅ」
男はビクッと身体を震わせると、ぐったりと頭を垂れて虚ろな表情を浮かべた。――金縛り。
捜査の間、爻坂はいざという時の為に服の下に鎖を仕込んでいる。今回は一応潜入捜査の為、トロリーバッグは不自然だと考え、持ってきていなかった。
「あの~、私の声聞こえます?」
「あ、あぁ……きこえ、ます……」
「今から色々と質問に答えてもらっていいですか?」
「ぅぐン……いい、すよ〜……」
爻坂の質問にエンゼンが気力のない掠れた声で返す。こうなれば後は質問し放題だ。
「じゃあまず、あなたのことを簡単に教えてください」
「わ、私は……この華族教で、幹事をやって……た」
「今は違うんですか?」
「い今は……あの如月、が来て、……アイツに、座をとられて……」
男は、霊能力によって覇気がないにも関わらずどこか悔しそう声色を出した。
「その如月さんはいつからここに?」
「……二、三ねんまえ、入信しにきて、いつの間にか、他の信者はみんな彼女の虜に、なっていた」
「相当カリスマがあるんですね、彼女」
男が顔を強張らせた。
「……活動の中心、はすぐ奴に移った。要領……、あ、頭が良かったし、アイツは、嘘を見抜く」
「嘘?」
「わたし、も……すぐ見透かされた。それで、さらに……――」
男が弱々しく項垂れた。
話によると如月は嘘を見抜き、人心掌握術に長けた人物らしいが、彼女は何の目的でこの教団を乗っ取ったのか。そこを深掘りしたい。
「他にも彼女について何かあります?」
「うう、や、やつはさいしょ、自分……を、如月とは、名乗って、なかっ……た」
「! それってつまり……――」
「……ぐ、あ、ああ、う………」
男は何かを必死に言おうと口をパクパク動かしたものの、糸が切れたように目と口を閉じ、気絶してしまった。
「時間切れか……」
爻坂はポツリと呟いて鎖を袖の中に戻し、手を首から離して霊能力を解いた。
まだまだ聞きたいことはあったが、いくつかヒントは貰えた。
電源を入れ、ヘッドセットを起動し監督に通信を飛ばす。2コール空いてから繋がった。
『爻坂くん、何か用かい?』
「はい、聞きたいことが。監督は如月って女性知ってます?」
『さあ? 九州の有名人?』
「その人が怪しいんじゃないかって……後で顔は送ります。それと、先日悪霊になった自殺者の方、確かここの信者で……――はい、その辺も、もう少し調べてみようと思ってます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます