第三章 悪霊か活霊か④
「
「わ、酷いですね」
「犯人自体今のところバラバラだし、犯行手口もまとまりは見当たらない。一見無作為なテロに思えたが、スキャナーに出た犯人たちの行動範囲を調べると全員があるライブハウスに繋がった。……反カラーズネットの活動拠点になっているんだね」
「……その話をなんで監督は私に?」
「彼らの犯行手口の中には霊能力を使ったと思われるものがある。知ってのとおり、一般人の霊能力使用は犯罪だが、被憑依者は通常のスキャナーだと捉えきれない。君にはこのライブハウスに潜入して霊能力者を見極めてほしいんだ」
「うへぇ〜……絶対めん――」
「めん?」
「……だこ釣りたい……。それって私一人で行くんですか?」
「いや、合流が間に合えば小浪谷くんも行くよ。荒っぽいことは彼に任せるといい」
「なるほど。了解です。頑張らせます」
◆◆◆◆◆◆
「勧誘されてたんだね、アスマくんは。私と同じだ」
会場の隅でアスマが今日のいきさつを話すと、爻坂は納得したように口を開いた。
「爻坂さんも誰かに誘われてここに?」
「私の場合は自分からガンガン行ったけどね」
爻坂は飄々とした態度で自分のいきさつも話し始めた。彼女は見た目の印象とは裏腹にだいぶラフな感覚の持ち主らしい。
アスマは周りに聞こえないよう声量を落とし、会話の中で気になったことを尋ねた。
「そ、その霊能力者っていうのはまだ見つかってないんですか」
「うん。私の守護霊も反応しないし困ったもんだよ。……まあ、でも」
爻坂は言葉を切ると、ステージの方へ目を向けた。
「さすがにあの人は怪しいかな」
目線の先、ステージの上では花かんむりを被った如月がマイクスタンドの前で歓声を受けていた。
昼に話しかけられた時からオーラがある人だとは思っていたが、これほどカリスマ的な存在だとは思いもしなかった。
今思えば、昼に占い客としてアスマに話しかけてきたのもハナから勧誘目当てだったのだろう。初対面なのにやけに馴れ馴れしかった。
ふと、如月が曲を止めてマイクに口元を近づけた。
「……んー、今日は新入りもいるし、改めて皆に聞いとこうかな」
如月がちらりとアスマと爻坂を一瞥し、会場全体を見回した。
「皆はさ、カラーズネットについて賛成ー? 反対ー?」
「「反対! 反対! 反対! 反対!」」
「そっか! 実はアタシも超〜嫌い。人間は、アタシ達は色なんかじゃ測れない。下らない色眼鏡なんてクソ喰らえだろ」
「「正解! 正解! 正解! 正解!」」
「ここじゃ区別も差別もない。だから一つになれるし束になれる。アタシ達がいつか外の常識全部ぶっ壊すんだ!」
「「うおおおおおおおおおおおおッ!!」」
如月の熱波がフロアを震撼させる。彼女もそのファンも狂気すら感じる躍動感を出していて、こちらまで飲み込まれてしまいそうになる。最高潮のボルテージのまま、如月が次の曲の演奏を始めた。
悲壮感があるようで熱気の籠った曲調。
アスマは思わず体がノリ始めそうになるのを頭を振って抑え、隣の爻坂に話を振った。
「あ、その……こ、公安ってやっぱ仕事大変なんですか?」
「救えないね〜。今回も取り憑いてるのが悪霊か活霊かで対処変えないとだし」
爻坂の口から耳慣れない単語が飛び出した。
「? なんです? いきりょうって? 」
「…………え、知らないの?」
世間知らずを見るような目で見られ、アスマは慌てて
「ッあ、悪霊はわかりますよ!? 黒っぽいオーラが出てて人に襲いかかってくる
爻坂が頷き、説明を始めた。
「『
そう言われて、今まで視てきた幽霊のことを思い起こす。
そういえば、沖縄の教官は幽霊だったが、生きている人間と同じくらい活き活きとしていた。恐らくあの人は爻坂の言うところの活霊だったのだろう。
「そ、その幽霊が取り憑けば、霊能力って誰でも使えるんですか?」
「ううん。本人の霊感と何かしらの『媒介』がないと発動しない」
「……ばいかい」
反芻して、ハタと思い返す。
そういえば、あの夜の屋上で、爻坂は鎖を操るとき自分の首を絞めていた。それに郷田もマスコットバットを地面に叩きつけて火柱を上げていた。
ああいうのが『媒介』――霊能力発動の鍵なのか。
「霊能力はモノとか行動とか環境みたいな媒介がないと発動しないの。例えば〜……」
「ふざけるなッ!! 如月――ッ!!」
突如、叫喚と共に扉が蹴り開けられ、激昂した様子の男が乱入してきた。
肩で息をしながら、小柄な男がメガネ越しに憎悪の籠った目をステージ上の如月に向けている。会場は水を打ったように静まり返った。
「ここは華族の皆がダイコウ様を崇めるための場! 貴様が勝手に乗っ取るんじゃない!」
「別にいいじゃん、やってる活動は同じなんだから。そんな遠くの東北にいる教主なんて信じてないでさ〜、君も一緒に盛り上がろうよ」
演奏を止められたにもかかわらず、如月は淡白な様子で手をヒラヒラとさせながら軽口を叩いた。
男は苛立たしげに如月を見た後、周りの観客の方に憤りの籠った目を向けた。
「お前らも、こんな軽薄な女に乗り換えやがって! ダイコウ様はお怒りだぞ……!」
男がドシドシと重厚感のある足取りでステージに歩み寄ると、観客の人波が次々と割れ、如月までの道が生まれた。
「シラケたマネしないでよ。みんな怖がってるよ?」
「…………お前ら、裏切りやがって寝返りやがって全員わからせてやる……この力で!」
男がジャケットの内ポケットに手を伸ばす。中から取り出したのは、コーラ入りの瓶だった。
どういうつもりかと周りが見守る中……
「ぬ……うおおおおおおおおおおおッ!!」
男は何を思ったか、雄叫びをあげながら、瓶を上下に激しく降り始めた。
「ちょ、何アレ」「やっば……」「コーラ?」
動揺して観客が見守る中、カッと目を見開いてビンの蓋を開けた瞬間、それを一気に口に放った。ごくごくと快音を鳴らして飲みほすと、バチバチと火花が散るような音が男から響く。
「ウッ! ゲェェェェェェップ!!!!!」
汚らしいゲップと共に雷音が鳴り響き、バチィッと
放電による黒焦げ跡が床に刻まれ、観客にまで飛来する。
一人が絶叫をあげると、瞬く間に混乱が広がった。
悲鳴が飛び交い、転倒する者まで現れる。
アスマはまさにと爻坂に振り返った。
「あ、あれって……!」
「……噂をすれば。……そこの貴方!」
依然コーラを振り回す男に、爻坂が鋭く声を発した。
背後から掛かった声にピクリと反応し、男が煩わしそうに振り返る。
「……誰だ君は?」
「公安霊媒師、爻坂です。あなた今、霊能力を使いましたね?」
「公安……? だったら何だ?」
「拘束します」
爻坂が意気込んで自分の首に手をかける。あの鎖の霊能力が発動するのか――と思ったら特に何か反応が起きることもなく、爻坂と男の間にシーンと沈黙が降りた。
「爻坂さん……?」
一体どういうことだと爻坂の顔を見ると、どこか焦った顔をして、
「あれ……? あ、ちょっと?
自分の首を必死にペシペシ叩いていた。まさかのタイミングで爻坂の霊能力は不発に終わった。
「は、霊能力も無し。……下らない嘘をついてくれたな」
男が内ポケットから更にもう一本コーラ瓶を取り出し、上下に激しくシェイクして一気に口の中に放出。
危機が迫り、アスマは慌てて爻坂の肩を揺すった。
「ま、まずいです! 早く逃げないと!」
しかし、爻坂は
「いや、私は逃げないよ、こんなでも一応公安だし。……まあ、でも私の仕事はここで終わりかな」
「ッな、何いって、そんな簡単に諦めるなんて……」
「お前から感電するかーッ!?」
男がバチバチと火花をあげながら、爻坂に急接近する。それでも変わらず不動を貫く爻坂にアスマは声にならない悲鳴をあげた。
「――だって今回、『頑張る』のは私の仕事じゃないもん。……ね?」
爻坂が開け放たれた扉の方へ声をかけた。
何事かと思うのも刹那……
「――『疾風迅雷』ッ!」
轟音と共に一陣の風が吹いて、男の矮躯が会場の奥まで吹っ飛ばされた。
白昼夢かと思うほど一瞬のできごと。見間違えでなければ、猛スピードで突っ込んできた誰かに男が蹴飛ばされた。
爻坂以外の誰もが息を飲む中、その中心に彼は立っていた。軍帽と棺桶みたいなギターケースを身につけた、アスマと同じくらいの背格好の少年で――どこか見覚えがあるような顔をしている。
その少年はふぅと軽く息を吐いて、爻坂の方を振り向いた。
「しくじり」
少年の第一声が静かに会場に響いた。
それに対し、爻坂はムッとした表情で睨み返し……
「サボり魔」
ポツリとただ一言返した。
「「…………………………………………」」
少年と爻坂、お互いに押し黙ったままにらめっこし合って、深呼吸するように鼻から息を吸い……
「カスカスカスカスカスカスカスカス!」
「アホアホアホアホアホアホアホアホ!」
堰を切ったように幼稚な罵倒のラッシュを繰り出した。
アスマは状況の整理が追いつかず、ポカンと口を開けて立ち尽くす。
どういうことなんだ。
会場全体が困惑の空気に包まれる中、男が膝に手をついてフラフラと立ち上がった。
「……き、さま……いきなり何しやッ……グッそ!」
男に気づいた少年と爻坂はお互いに罵倒を止めると、真顔になって向き直った。
「こいつは俺がやる。保護と避難は任せた」
爻坂は頷くと、まずアスマの肩を押して入口の方へ促した。
「ほら、逃げて逃げて。アスマくんがパイオニアだよ」
「え? あ、ちょ、あの! あの帽子の人って……――」
言い切る前に両手でドンと背中を押され、アスマは外に続く階段に出されてしまった。
爻坂の「逃げてください」の声を受け、アスマの後に続いて会場から次々と人が扉に駆け込んでくる。
ここにいてはつっかえてしまう。
あの少年のことが気になりつつも 、かぶりを振り階段を駆け上がって外に脱出した。
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