第三章 悪霊か活霊か②


 夢と現を行ったり来たりする感覚。浮き沈みの波は、心地良さと同時に奇妙な船酔いをもたらした。

 ここは、どこだ。辺りを見回す。

 朧気おぼろげなシルエットがあちらこちらに移動していた。視界が定まらず自分がどこにいるのか検討つかないが、周囲のざわめきからして、どうやら雑踏の中にいるらしい。

 大通りだろうか。それにしても酷く気分が悪い、吐きそうだ。

 泥酔したように思考も平衡感覚もフラフラで、自分の名前すら思い出せない。

 ただ、感覚だけが湧き上がる。気持ち悪くて、気だるくて、辛くて、腹立たしい。

 とにかくここに居ると症状が悪化する。早く離れないと頭がイカれてしまう。

 亡者の足取りで脇道に逸れる。喘鳴ぜんめいを漏らしながら数歩進むと右手に道が拓けた。

 恐らく路地裏への道。人の気配もない。

 倒れ込むようにして路地裏に突っ込む。奥まで走ろうと思ったが、途中で盛大に転び、その場でうずくまった。

 雲がかっていた意識が、視界が、感覚が一呼吸する度どんどんクリアになっていく。

 波が鎮まって気持ち悪さと気だるさが治まると、あとに残ったのは強烈に鮮明な感情だった。

 それは――


「ちょい、そこの君」


 声量にしては良く響く声だった。

 声の方を見ると、質素な喪服を高そうなブーツと軍帽で飾った少年がまんじりともせずこちらをみていた。背中には棺桶みたいなギターケースも背負っている。

 右手に黒地の手帳を持ち、少年が近づいてくる。


「俺は小浪谷こなみや、公安の霊媒師。突然だけど、君今の自分の状況わかってる? すごいフラついてたよな」

「…………人……間……」

「ん、おお、そうそう。俺のこと見えてるか? てか、今の言葉も聞こえてた?」


 小浪谷――と名乗った少年がジェスチャーも混じえて話しかけてくる。

 頭を軽く俯かせた。

 残された感情が自分の中で雷鳴のように轟く。……こいつは、こいつらだけは――


「人間……」


 暗黒の瘴気がカラダに纏わりつく。キッと活眼して眼前のを捉えた。


ぇぇええエエエエエ――――――!!」

「! んな、てめッ」


 ゴミ溜めから鉄パイプを拾い上げ、少年の頭目がけてスイングする。

 あと少しでヒットするところでガキィンと剣戟音がして打ち止め。少年がギターケースを振り回して防御していた。

 

「クソ! 悪霊かよテメー!? 何者だ!」

「お前……こそ、何様…………人間風情がッ!」


 ギターケースごと少年の体を蹴飛ばす。

 自分の力が強かったのか、少年の体が軽いのか思ったよりも距離が離れた。

 少年が仰け反っている間に一気に距離を詰める。


「オリャ!」


 振り下ろした鉄パイプはまたしてもギターケースで受け止められる。

 だが、今度はゴリ押しだ。反撃も出来ないほど間髪入れずに次々と打撃を加えていく。

 鉄パイプが折れるかギターケースが壊れるかの耐久勝負が始まった。


「チッ……『電光石火』」


 だが、少年がそう呟くと、その姿がフッと掻き消え、鉄パイプは盛大に空振って地面に激突した。


「な、消――」


 突然の出来事に戸惑ったと同時に背後に強烈な気配を感じた。

 慌てて振り返ると少年の形相が眼前に迫っていた。

 

「ッラァ!」


 少年の体が一瞬キラリと光り、怪物的な力で掌打が放たれた。


「ごぐぇ!!」


 土手っ腹に直撃を食らい、ぶっ飛ばされた■■は室外機に盛大にぶつかり、力なく地に伏した。


「なん、で……わた、くシ……」


 接触点から熱波のような感覚がカラダに広がる。まったく力が入らない。

 少年がこちらに近づいて中腰になった。


「気絶すんなよ。お前には色々聞きたいことがあるからな」





******





『変な幽霊?』


 ヘッドセットから監督の声が届く。


「はい、『活霊いきりょう』だと思って近づいたんすが……」


 言いながら小浪谷は謎の幽霊少女を見やった。縄で縛ってうつ伏せの状態で押さえつけているが、一向に大人しくならない。今も僅かな可動域で必死に暴れている。


「人間に対して強い悪意を持っているので恐らく悪霊……? でも、その割には見た目も言葉も普通で――」

「この、おたんこうんこがァー! 糞まみれの手でワタクシに触るんじゃないですわァ!」


 小浪谷の言葉を遮って幽霊が吠えた。

 言葉遣いはまともではないし罵詈雑言以外口にしないが、そもそも悪霊はまともに人の言葉を話せない。

 やはり活霊かとも思ったが、それにしては理性が足りなすぎるし、悪霊特有の黒い瘴気まで纏っている

 色々観察してみたが、結局正体も解からず除霊も放置も出来なかった為、仕方なく監督に連絡を入れ、今に至る。


『その幽霊は、人に憑依したがったりはしないのかい?』

「誰がッ貴様らなんかに~ッ!! 奢らないでくださいましスカタンカスやもがががッ」


 余計なことまで喋りそうな幽霊の口を無理やり封じる。


「はい。誰が人間なんかにって……。何なんですかね? この活霊いきりょうもどき」

『うーん……。多分、その幽霊は活霊に限りなく近い悪霊なんじゃないかな?』

「はぁ……? うんこ味のカレー的な?」

『その逆だよ。まれにだが、人が死んで霊体が現れてから直ぐに何らかの干渉を与えると幽霊の性質が変わることがあるんだ。活霊が悪霊になったり、悪霊が活霊になったり、……あるいは、未だ類別されてない“何か”になったりね』


 監督は、何か思い当たる節があるのか、やたら意味ありげに答えた。


「ふーん、けっこうレアなんすかね? コイツ」

『さぁね、レアリティも何も調べてみないことには判らないさ。放って置くわけにもいかないし、今は君が預かりなさい』

「ええ!?」


 突然の無茶ぶりに思わず声が跳ねる。


『君の霊能力なら抑えつけとくのも容易いだろう? というか、フラフラしてないで早く爻坂こうさか君と合流したまえ。捜査を忘れないこと!』


 監督は聞く耳持たずで通話をプツリと切ってしまった。


「捜査って……連れてくのかよ、コイツ」


 幽霊少女の憎悪の籠った目と視合う。

 幽霊は体全体を縛られながらも打ち上げられた魚のように痙攣し、必死に何かを訴えようとしていた。

 その様が憐れに思えて口から手をどかす。


「ぷはァ! おい、ゲロ小便! いつまでもワタクシがこのままでいると思ったら大間違いですわ!」

「……さっきから、お前のその喋り方はなんなんだよ? キャラ付けか?」

「どあッ! ワタクシだってこんな喋り方嫌ですわ。でも、なぜだか知りませんが口が勝手にこのスタイルを取ってしまいますの!」

「はっ、まるで呪いみたいですわね〜」

「ッ! 馬鹿にすんじゃ………ねァいですわァ――――!」


 

       ◆言霊絶叫! 活霊とは――!?


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