第三章 悪霊か活霊か


 時刻は午後四時。

 誠央学園の東にある通り。その隅の新陳代謝に置いていかれて、すっかり陳腐化した商店街の道端にアスマは鎮座していた。

 どうみても不況なのに、この商店街にいる人達は今日も元気に空回っている。

 

 ここにあるのは――


「ニーチャン、いーよ〜これ! すっごく気持ちイイね〜」

「おお。ソレ、いくらっすか?」


 ……クスリと、


「おいお前! 昆虫はご飯じゃない! 可哀想だろ! 野菜食え!」

「あァ!? んだてめぇタガメバーガー食うの邪魔すんな!」


 ……暴力と、


「湯切り失敗焼きそばアンラッキー! 安楽死! だから言ってんじゃん人間ドッグラン神社エール左衛門 最近頻尿貧困! 細菌侵入散々! I hate you so much! But all I need is you……」

「……ヒソヒソ……歌詞ダサ」


 ……下手くそなロックだけだ。

 

 一番活気のあって質のいい繁華街は、メンタルカラーがある程度クリアでないと入ることが出来ない。このボロい商店街『ハッピーストリート』にいるのはアスマも含めて全員、生態スキャナーに異常薄汚れだと検知された人達なのだ。

 遠くにそびえる誠央学園を見遣る。

 花畑を出た後、何かの間違いなのではないかと退学の真偽を確認したが、既にアスマの席と籍はすっかり無くなっていた。

 学園も出禁、繁華街も出禁。

 今のアスマの居場所は、道端のダンボールデスクしかない。


「う、占い〜! 占いやってきませんか!」


 ダンボールに占い道具を並べ、道行く人々に声を掛ける。

  しかし、アスマがいくら声を張ろうとノイズに満ちた雑踏には響かない。すぐにかき消されて誰も振り向きもしない。


「はぁ……」


 ため息を着いてダンボールデスクに突っ伏す。

 これからどうするべきか。不安の種が尽きない。

 学生でない今、学芸財団からの支給は受け取れないので自ら日銭を稼ぐ必要があるのだが……。

 アスマのメンタルカラーは、特徴として常に微妙に濁っている。

 それは更生施設に入れる程ではないし、カタギの仕事にはギリギリ就けないラインでもあり、浅い泥沼のような精神状態だ。

 要するに――


「人生、上手くいかね〜……」


 頭ではわかってはいたが、カラーズネット全盛の今、占いなんて誰もやりたがらない。

 それを実際に体感して、占いを通じて自分の存在まで否定された気がした。

 まさか、二時間経っても誰にも声を掛けられないなんて……値下げするか。

 値段表記を書き換える為、マジックペンを取り出す。


「ねぇ」


 ふと、快活な女性の声が聞こえた。

 顔を上げると二十歳ぐらいの女性と目が合った。

 暗い髪のセミロングとは反対に顔色は明るく、ベージュのブラウスを自然に着こなしていた。


「占い、アタシやりたいんだけど……いくら?」


 唐突な客の到来に気分が高揚する。


「え!? あぁ、ひゃ――」


 その時、咄嗟の機転で彼女に見えないようマジックペンで値段表の数字に丸を一個足した。


「千円です」


 元々はこの値段だったのだ。押し通れるだけ押し通ってやる。

 彼女は特に物言いをすることもなく財布から千円を取り出した。

 

「はい」

「あ、ありがとうございます」


 彼女はアスマに千円を手渡すとダンボールに並べられた占いアイテムを次々に見遣る。


「ふーん、色々あるね〜」


 その中から水晶玉を手に取ると上に掲げて眺め始めた。


「……ね、何かオススメってあるの?」

「え、えっと……ぼく的には花札が一番ですかね」

「ちなみに水晶玉これは?」

「…………一番自信ないです」


 枯れ木も山の賑わいで一応並べて置いたのがアダになった。


「ほぉ」


 彼女の顔が悪戯っぽく歪む。しまった、逆に選ばれてしまうか……。

 と、彼女は「なんてね」と言うような顔をすると水晶玉を置き、花札を指差した。


「やっぱ花札で。なんか値段十倍にされたし、一番のを期待しよっかな」


 バレてた。


「が、頑張ります……。占いは何についてですか?」アスマは花札をシャッフルしながら聞く。


「アタシ、好きな人と離れ離れになっちゃってさ。何処にいるかも分からなくて、もうずっと会ってないんだけど……彼と再会する可能性ってあるかな?」


 ある程度シャッフルし終えて、ダンボール上の邪魔な占いアイテムを隅に退ける。


ぼくはアスマって言います。貴方の名前は?」

「うん? アタシは如月きさらぎ

「彼のお名前は?」

「それは……秘密で」

「わかりました」


 アスマは三枚カードを選んで、「過去」「現在」「未来」のそれぞれの位置に展開する。

 三枚展開――スリーカードスプレッド。

 アスマはカードで占う時は、大体この方法を使用する。

 ……ちなみに、アスマの所有している花札はあくまで『占い用』であり、実際のモノとは異なり勝負ゲームでは使えない。

 

 「過去」の位置に置かれたのは向日葵ひまわり

 実は花びら一枚一枚が独立した花であり、名前通り太陽の方向に合わせて回る花で主な花言葉は、『憧れ』『熱愛』『貴方だけを見つめる』。


 「現在」の位置にはヒヤシンス。

 見た目も香りも人受けが良く、インテリアとしても飾られる春の花で主な花言葉は、『スポーツ』『変わらぬ愛』『嫉妬』。

 

 そして「未来」の位置には紫陽花あじさい

 毒のある品種もあり、土壌の質によって赤色から青色まで変色する花で主な花言葉は、『約束』『冷静』『はかない恋』。


 並べられた三枚のカードを眺めて黙考する。花札占いは、花言葉や性質だけでなく、その花が持つニュアンスも解釈に含めなくてはならない。

 やがて、アスマは占いの結果を弾き出した。


「……出たカードからして、彼と再会する可能性はあります」

「え、あるんだ」

「まず如月さんについてですが、少し依存体質なところがありそうです。彼に対しても強い愛着と想いを持っていますよね。それ故に不安に感じることもあるでしょうが、離れていた分、如月さんの彼への熱意は以前よりずっと膨らんでいるんじゃないですか? もしそうなら彼との再会はそう遠くないように思えます。しかし、その再会が如月さんにとって喜ばしいことになるかは不明です。時が経つにつれて彼も彼の環境も変化しています。今の彼は如月さんが思い描く昔の彼とは全く異なる恐れがあります。さっきも言いましたが、如月さんの想いは強いです。それは、いざ会ってしまったら抑えきれないほどに……。如月さんと彼の再会は叶えられるでしょう、ですがその前に彼への想いをコントロールできるようになってほしいです。そして、いざ会った時、彼のことを冷静に見てあげて下さい。如月さんも成長しています。昔と今で見える印象は違っているかもしれません」


 以上ですと付け加える。いつの間にか夢中で話していた。

 如月は考え込むように腕を組んで黙り、アスマの目を見た。


「……詐欺師?」

「ッ占い師!」

「それっぽいこと言ってるだけじゃない? 言い回しも曖昧だし」

「ッ! 自分の占いを断言する人や変なデータを持ってくるような人こそ詐欺か洗脳です! 本気マジの占い師は占いに“濁し”を入れるものなんです!」

「……ふぅん、そんなもんか。まぁ、確かに依存体質なのは当ってたし、今回はアタシの負けかな」


 如月が降参と両手をあげる。

 なんだその勝ち負け。

 アスマが顔をしかめると彼女はアハハと茶目っ気を出して笑った。


「ごめんごめん、意地悪言っちゃった。今どき占いやってる人がいるなんて信じらんなくてさ」

「……どういう意味で?」

「生態スキャナーがそこら中に蔓延はびこってる今、ちょっと先の未来の予測なんて簡単に出来るじゃん」


 如月が目線の先を屋台の壁面に取り付けられた生態スキャナーに向けた。


「占い……というかオカルトを信じる意味ってなくない?」


 如月は向き直ると急に真剣そうな顔をして問いてきた。

 オカルトを信じる意味。

 アスマは、何か自分の真価を問われているように感じた。


「……占いは好きだから信じてるんです。あと、ぼくは占いをオカルトだとは思いません」


 アスマの言葉に如月の眉がピクリと動く。


「……じゃあ、君にとって占いってなんなの?」

「え? そ、それは……その……」


 自分にとって占いとは。改めて聞かれると口ごもってしまう。

 アスマにとって占いとは一長一短で説明できるモノではない。なにか上手く当てはまる言葉はないだろうか。なにか……なにか……


ぼくにとって……占いっていうのは……」ぐ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ「お腹が空きます……」

 

 アスマの腹から侘しい音が響き渡った。

 突然の空腹カミングアウトに如月は一瞬面食らったものの、すぐに和んだ表情をした。


「燃費悪いんだね。食べてないの?」

「……そういや何も食べてない……す」

 

 空腹を実感した途端、急激に体力の減衰を感じ、ダンボールデスクに頭から突っ伏す。

 叶守とかハカセとか退学とか……色んなことがありすぎて人間にとって根本的なことを忘れていた。腹が減っては占いはできぬ。


「…………かな、もり……」


 そこでまたもや、アスマの意識は暗く染まった。



       ◆タガメバーガーでも食ってろ――!




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