第二章 徒花の夢⑥


 さかのぼること数時間前。

 民間霊媒師を騙る男に襲われ、華麗にノックアウトされてからしばらく。

 爻坂は気絶から復活し、立ちくらみつつも直ぐに行動を始めた。

 なにせ腹の虫がおさまらない。

 改造スタンガンを食らったあげく、顔面パンチまでされて……自分の弱さを改めて痛感させられた。

 自分のやらかしは自分で返さねば。


 時刻は午後七時半。

 冷めた闇が下りてきた春の夜に、爻坂は今日の踏査報告をしながら進路についていた。

 しんと静まりかえった住宅街に、爻坂と通話先の会話だけが響いている。


『――それで、君が奪った財布は?』


 ヘッドセットから監督の声が響く。


「卒業証がありました。誠央学園ので、持ち主の名前は……ごうだ? コード送ります」

『ハハ、あそこは相変わらず治安が悪い。ともあれ、手がかりはあったね』

「わざわざ殴られたかいがありましたよ。ギリギリ起きた蟒蛇うわばみに取ってきて貰えました」

『その男についてはこっちで調べよう。何か分かればすぐ――』

 

 その時だった。

 ドゴーン! と大砲が放たれたような衝撃音がどこからか轟き、監督の声を遮った。

 体が一気に強張り、自然と首元に手が伸びる。

 辺りを見渡して音の発生源を探すと、街区公園近くにある屋外駐車場から煙が上がっているのが見えた。


『……なんだい? 今のヤバい音は』

「近くの駐車場からです。行ってみます!」

『うん。気をつけたまえ』

 

 うねうねと蛇行する隘路から現場へ急行する。狭い路地の角を折れ、一本道の先へ進んだ先に広がっていたのは奇怪な光景だった。

 車もほとんどない、広い駐車場の中、一人の少女が四つん這いの悪霊を相手しているのが見て取れた。

 パッと見、民霊みんれい――民間霊媒師かと思ったが、それにしては装備が軽すぎる。

 悪霊は異形の脚を器用に使って爆弾をかわすと、彼女に肉薄。あわやピンチかと思ったが、彼女は回避した悪霊に手にしたマスコットバットをふりかぶると、爆弾の着地点にふっとばした。

 そのあまりに剣呑な戦い方に、思わず干渉せずにいられなかった。


「そこの君」爆風の中たたずむ少女に詰め寄る。彼女がゆっくりと振り返った。


「除霊の為とはいえ、爆弾なんて使って危ないでしょ」

「……誰です? いきなり」


 悦に浸っていた所を邪魔され、怪訝そうな顔をする少女に、爻坂は公安手帳を見せた。


「私は公安霊媒師の爻坂。君、民霊? それともフリー?」

「影の秘密結社『DSダークソサエティ』に対抗するタキオン戦士、叶守です。以後お見知りおきを」

「…………そっか。他に仲間の子とかはいないの?」

「皆大人になって船から降りましたわ」

「……つれないね」


 蕩然とした叶守の態度にいまいち会話のピントが合わせられない。冗談を言ってるにしては顔が真面目で、突っ込むのも難しい。下手に関わるんじゃなかった。


『……あー』その時、しびれをきらした様子の監督の声が届いた。


『なんか会話の途中すまない。爻坂君、たった今、くだんの郷田がスキャナーに映った。見てくれ』

 

 爻坂が携帯を取り出して、監督から送られた映像を確認する。

 生態スキャナーと繋がった映像には、人気のない交差点を歩く一人の青年が映っていた。


「あっ郷田」


 と後ろから叶守の声がかかった。いつの間にか回り込んで盗み見ていたらしい。


「知ってるの?」

「ここらでイキッてるチンピラ霊媒師ですわ。コイツが何か?」


 答える義務はないが、答えなかったらしつこく聞いてきそうだ。簡潔に説明しよう。


「彼は民間除霊会社を騙った犯罪組織のリーダーと目されているの。……人身売買で、悪霊に取憑かれた人を売ってるかもって」

「思ったよりマジの極悪犯罪者ですわねアイツ」

『……! 映像に別の人物……ん、この子は……』


 言われて映像を注視すると、四歩後ろから郷田を追従するようにトボトボと歩く少年の姿が見えた。

 一見ストーカーのようだが、どちらかと言えばこれから刑が執行される罪人のような雰囲気だ。


「あっアスマ」妙に落ち着いた声で叶守がポツリとつぶやいた。


 アスマ? この少年の名だろうか。

 

『スキャナーによると二人の行き先は誠央学園だが……。彼らのいろからして何か良からぬことが起きそうだ』


 今朝の出来事から、悪霊がいるなら霊障事件になる恐れがある。監督の言葉を受け、爻坂が急いで現場に向かおうとした所。


「爻坂さん」


 改まったような声で、叶守に名前を呼ばれた。振り向くと、彼女の真っ直ぐな視線がぶつかった。


「何? どうしたの?」

「ワタクシ、ちょっと用事が出来たので後は任せましたわ!」

「……え? ちょっと後って―――ッ!?」

 

 突然走り出した叶守を呼び止めようとしたその時、彼女がいなくなった途端に駐車場全体から嫌な気配が立ちこめた。

 踏みとどまって辺りを見渡すと、場内の陰から次々と黒いつむじ風が湧き始めた。


『どうした? 爻坂くん』

「……悪霊が出ました、しかも数体」


 叶守に怯んで今まで姿を隠していたのか、三者三様の悪霊達が爻坂を囲む。今朝のリベンジより先に、処理すべき案件が来てしまった。


「全て祓って私も彼女を追います」

『了解。健闘を』


 そこで、監督からの通話が途絶えた。除霊に集中させる為だろう。 

 代わりに、爻坂の中では別の声が響いた。


(――アーア。今日はツイテナイね、爻チャン)


 蟒蛇うわばみがシュルシュルと舌を出しながらテレパシーを飛ばす。


「ホント。結局釣りもいけなかったし……憂さ晴らしもかねて厄祓いしよ」

(――ウフ。リョーカァイ)


 爻坂が鋭く首を絞めたのを起点に、トロリーバッグの中から数連の金鎖が悪霊たちのもとへ絡みついていった。




 

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