第5話 悪魔の罪業
「だ、大丈夫…まだ、まだ出来る…待ってて、夜辺くん…早く、魂を直して、キミをその悪魔の体から、解放してあげる…ッ」
土岐奏人は決心すると、魔法陣が描かれた両目を二人に合わせる。
「エンヴィ…キミの肉体を壊したあの王様気取りの悪魔を倒そう」
そう呟くと共に、嫉妬の体は灰色から、赤い動脈の様なものが生え出して、光と熱を帯びる。
「『
土岐奏人がそう呟くと共に、火神萌が契約するラースの腕が剥がれ落ちた。
ずるりと、まるで腐り落ちるかの様に、憤怒の悪魔は片腕が嫉妬の悪魔と同じ様に腕が乖離した。
「ッ…ラース!!」
叫ぶ。
憤怒の悪魔は手を翳す。
自らの離れた腕は、瞬時に赤黒い液体を化すと、腐り落ちた腕の切断面に張り付き、再び人間の腕として再形成し直す。
「(エンヴィの
悪魔の所持する罪業は、悪魔が司る能力を指す。
人を誑かし、人を陥れ、人を騙す為の力、その全霊を、契約者は十全に発揮出来るのだ。
しかし、土岐奏人が契約する嫉妬の悪魔の能力は、火神萌が契約する憤怒の悪魔の能力によって上書きされた。
「ッ、え、エンヴィッ!嫉妬の炎をッ!!」
土岐奏人が嫉妬の悪魔に命令をした最中、甲高い音が聞こえてくる。
それは消防車の音であり、どうやら旧校舎の火事を見つけた一般市民が連絡をしたらしい。
「…どうやらお開きみたいね」
それ以上は人の視線が集まってしまう。
昔から馬鹿と火事は紙一重という言葉があるように、大きく燃え盛る旧校舎には、これから大勢の野次馬が寄ってくるだろう。
人の目がありすぎる為に、此度の闘争はこれにてお終いと、金鹿皆子はそのような旨を伝えるが、土岐奏人はまだ戦闘を続行しようとしていた。
「ま、まだできる、まだ終わってないっ、夜辺くんを蘇らすまで、あなた達の悪魔を喰らうまでっ」
「我が儘な子ね…やれるものならやってみなさい」
金鹿皆子の言葉に傲岸不遜な余裕を垣間見た土岐奏人は歯軋りをしながら、自らの悪魔の名前を叫んだ。
「エンヴィ!」
彼女の言葉にエンヴィは大きく体を動かした。
しかし、それは彼女の命令に従い二人を殺そうとしているわけではなかった。
「すごい火事だな」「みろ、あそこに誰か人がいるぞ?」「火元の原因か?」
そのような声が学校の敷地外から聞こえてくる。
校門から火事を眺めに来た野次馬による人だかりがで出来ていた。
そして当然ながらグラウンドの中心に立っている彼女達にも視線が向けられる。
偽造悪魔は人間の視線に敏感だった。
まるで熱湯でもかけられたかの様に体をよじらせている。
図体のでかい怪物は女々しく苦痛を口から漏らし、痛みに耐える為に歯を食い縛らせる。
たとえその肉体があくまでさえもその魂は夜辺逞のものだ。
悪魔が苦しむということは主人公もまた苦しんでいるということになる。
苦痛を覚えている悪魔に対して土曜日は自分が夜辺逞を苦しめているという事実に気がつき、慌てながらその身体に近寄る。
「ご、ごめんね…夜辺くん…気が付かなかった…ごめ、んね…きょ、今日はもう帰ろう?そんなにも苦しい顔して…僕のせいで、ごめんね…」
彼の体を土岐奏人は自らの両腕を悪魔の胴体に回して抱き締める。
そして、金鹿皆子と火神萌を睨み付けながら、土岐奏人は宣言する。
「今日は、これで、帰るけど…絶対、何れ、あなたたちの悪魔は、僕のエンヴィが食べるから…」
そう宣言すると共に、土岐奏人を抱くエンヴィが地面を蹴ってその場から離れだす。
残された二人、金鹿皆子と火神萌はエンヴィと土岐奏人が離れていくのを見て、二人の視線は交差する。
「…」
「…」
そして何も交わす事なく、ふたりはその場を立ち去った。
残されたのは、燃え盛る旧校舎のみだった。
先日の夢の様な出来事が終わり、早朝となる。
金鹿皆子は日課である朝風呂から上がる。
そしてバスローブを身にまとうと、そのまま椅子に座り使用人が持ってきた朝刊を確認する。
地方新聞には当然ながら昨夜起こった古い校舎の葛西発生していたことについて書かれていた。
新聞紙の内容を簡単に説明すれば『学校に在籍する生徒が起こしたいたずらそれによって旧校舎に引火して火事を起こした、現在そのいたずらの犯人を捜索中』と新聞がと書かれてあった。
「ふぅん…まあまあの隠蔽工作ね」
金鹿皆子はその様に呟き、父親の手の早さに若干の見直しをしながら朝刊を閉ざす。
警察が流したデマによって、これでしばらくは私生活に支障は出ないと金鹿皆子は思った。
基本的に、警察は金鹿皆子の味方である。
昨日の夜遅くから、父親に電話をして根回しをした成果だろう。
「(はあ…この私が、親に頭を下げるなんてね)」
嫌悪感を覚えながら、金鹿皆子は濡れた前髪を手であげながら目を瞑る。
そして、今後の対応に対して黙考する事にした。
金鹿皆子。
職業は教師、父親は警察関係者。
人に教える事は好きだった。愚鈍な知性を持つものを見下すのは好きだし、知識と言う慈悲を与えるのも好きだった、教師と言う道は、いうなれば彼女の趣味を発散させる為の場所である。
「(今後、どうするか…逞を私だけのものにするには…)」
その様に彼女の脳内では話が進み出す。
「(偽造悪魔を殺す、そして魂を奪う。一人は死んだから、残るは六人…私は彼の為ならその他の愚民を切り捨てても構わない)」
己の体を己以上に火照らせた男、夜辺逞。
彼女の人生に、これほどまでに心が躍る存在はいなかった。
生涯、この人生に片隅に添えても良いと言う相手が見つかったのだ。
「(…けど、それで本当に殺してしまうのは、王としての素質には程遠い)」
金鹿皆子には社会と言う目がある事を理解している。
「(私には女としての幸福を掴む必要がある…同時に社会人としての体裁も存在する。教師が人を殺したなんて事はありえないし、ましてや生徒を殺すだなんて絶対にしてはならない…)」
ならば、妥協をするほかない。
偽造悪魔のみを殺し、残る者には慈悲を与える。
それが、金鹿皆子の方針と固まった。
「(…まあ、その際に手足が1、2本程千切れてしまったとしても。命があるだけ儲けものだと思って欲しいわね)」
金鹿皆子はそのように思いに馳せながら、朝食のバタースコッチパイを一口齧った。
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