第2話 血を流して復活の儀式


「こ、これをすれば、逞さんを、甦らす事が、出来るんですか?」


オドオドとした表情を浮かべる水鏡寺潤雨。

むっちりとした体格をしている彼女だが、インドアな性格の為か、体を縮めている。

自分に自信がないのだろうか、人が見れば、彼女の態度は苛立ちを誘うだろう。


「だからって、また悪魔にでも頼るつもり?」


血色の悪い蒼褪めた肌を隠す様にファンデーションを施している火神萌は脳裏に苦々しい過去をよぎらせた。

旧校舎に集まった七人には、共通するものがあった。

それは、過去に夜辺逞と接触して、彼に救われた事がある、と言う境遇。

しかも、ただ救われたワケではない。重い過去を持つ彼女たちは、救われたいと言う願いを込めて、懇願し、渇望し、希望した。

そして、彼女たちは契約をしたのだ。

その契約の主とは…説明してもその存在を疑いたくなるだろうが、彼女たちは、悪魔と契約した。

そして、その悪魔との契約により、彼女たちは呪われる事になる。

時に、体に異変をおよぼし、現実を捻じ曲げ、理想と呼ぶには禍々しい空想を具現化した。

力に溺れ、力に過信し、力に使われた彼女たち、悪魔との契約を断ち切り、そして彼女たちを救ったのは…他でもない、悪魔祓いを行う、夜辺逞本人であった。


「私たちに送られたこの手紙が、一体誰が送って来たのかなんて、今はどうでもいい…問題は、この床に敷かれたものが悪魔を呼ぶ為の魔法陣であって、私たちは、彼を蘇らせる為に悪魔を利用としている、と言う事…」


魔法陣。

誰が書いたものかは分からない。

けれど手紙の内容は、この魔法陣に、血を流す事で魔法陣は起動すると描かれていた。

この魔法陣は悪魔を呼ぶ為に必要な代物だ。恐らくはこの魔法陣を使い悪魔を呼び起こし、その悪魔と契約して夜辺逞を復活させろ、と言う事なのだろう。


「ねえ、あんたたちは、それでいいの?彼が、命を懸けてまで私たちを救ったのに、また、私たちは悪魔の力を利用するつもりなの?」


火神萌は周囲に呼び掛ける様に告げる。

彼女は、この中では冷静な方ではあるのだろう。

夜辺逞と言う男が行った悪魔祓い、必死にもなって、悪魔から縁を切り、平穏を齎してくれた彼の意志を無視して、また悪魔に縋ろうとしている。

火神萌には、夜辺逞に恩義を感じている、彼の姿に感嘆し、恋焦がれてすらいる。

それでも、彼の意志を無駄にしてはならない。

彼が必死になってまで救ってくれたのに、また闇に染まろうととでもいうのか。


「で、でも…それでも、私は、私は、良い、ですッ」


だが、彼女の根底を揺るがしたのは、水鏡寺潤雨だった。

ぽろぽろと涙を流しながら、彼の事を思う水鏡寺潤雨の脳内には、夜辺逞の事でいっぱいだった。

どうしようもない自分を地獄から救ってくれた夜辺逞を、何処までも尊敬しているし、彼の為ならば自らの命すら断つ覚悟すらある。


自らの体を悪魔に捧げても、水鏡寺潤雨は後悔しないだろう。

あるとすれば、今この状況。ここで夜辺逞を復活させなければ、きっとこの先、彼女の人生は鏡に付着した水垢の様に残り続けてしまう。

夜辺逞に恩義を感じているのならば、彼を愛しているのならば。


「私は、この命を捧げますッ」


ポケットに入れておいた道具を取り出す。

それは、先端が鋭い鋏だった。指を通す鋏の輪に指を通さず、鋏を二対一体として固定する滑らかな螺子部分を掴むと同時、水鏡寺潤雨は目を瞑り腕を振り上げて自らの掌に突き刺した。

皮膚を破き、肉を裂いて、血がだらだらと流れ出す。腱を切ったのか、指先は痙攣して細かく動いていた。


「う、ぐうううっ!」


血がだらだらと流れる。

その血は床に敷かれた魔法陣の上へと垂れた。

彼女の行動に、残る六人は心を揺さぶられてしまう。

脳裏に過る、夜辺逞との蜜月。彼が傍にいれば、どれ程、人生は豊かになるだろうかと夢想し…そして焦れる。

もう一度、彼に会いたいと言う願いを、魔法陣に垂れ流す。


「…私だって、もう一度、逞に会いたい…」


金鹿皆子は、自らの指先を噛むと、皮膚を破り、それを魔法陣に流す。

近くに居た木蓮桔梗も、有無を言わさず、懐に隠していた短ドスを取り出して掌を傷つける。


「夜辺くん、帰ってきて…お願い…」


土岐奏人は自らの舌を噛むと、赤い血が滲み出し、舌先には痺れと鉄の味が広がり出す。

彼は床に土下座をする様に頭を床に擦り付けて、血に濡れた舌先で魔法陣を舐めだす。


「…私、だって」


彼女たちの行動を見て心を動かされた火神萌も、自らの手首をカッターナイフで切り裂くと血を流して魔法陣を潤した。


「…どんな手を使っても、彼を生き返らせるの」


月ノ宮カレンはそう言って、自らの手首に、剃刀の刃で線を引く。

鋭い痛みと共に、手首を切った場所が赤い線となり、そこから血が流れて来る。

血は、床に掛かれた魔法陣へと垂れていき、その血に反応するかの様に、青白く魔法陣が光っている。

乙女たちの血によって魔法陣は潤い、血液から魔力を見出したのか、魔法陣は段々と輝き出した。

目を細めなければ開けていられない程に膨大な光力が教室の中を満たし続ける。

そこで七人は新たな工程に移る。重ねる様に、七人は呪文を口にし出した。


「骨の描筆ペン、血の墨壺インク、皮の用紙コントラクト、我が身を贄に此処に契約の陣を敷く」


声に反応し、光は輪郭を得る。

魔法陣に必要な代物が揃った為に、残るはその用途をどうするか、口に出して命令するのみだった。


「地より深き底に根付く最下の王よ、我らの願いを喰らい糧と成し、大海に浮かぶ小さき願いを叶え給え」


呪文を最後まで口にした最中。

目を掠らせる風が吹き溢れる、嵐を思わせる激しい音が魔法陣の外から溢れ出して、彼女たちの五感が疎外される。


水中に体を沈めたかの様に、一瞬の無音が鳴った。

そして、次に爆発音が響くと、教室の机や椅子が吹き飛び、窓ガラスが割れた。


「ッ…!」


そして、彼女たちが再び目を開いた時。

魔法陣の中心には、一人の女性が立っていた。



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