四日目

束の間の休息

 西暦2000年1月4日、午前10時――


 昨日の疲れからか、普段よりも遅く起きた僕は、みんなと出かける準備を済ませ、藍里からの連絡を待っていた。

 ――いや、僕が待っているのは、愛唯からの連絡なのだろうか?


 着信音――僕は慌てて携帯電話の画面を確認する。

 画面には、『海風 藍里』と表示されている――藍里からだ。


「もしもし――」

「さとりくんですか? 私、これから、先にミコちゃんを迎えに行きますので、現地集合でも大丈夫ですか? 約束の遊園地に今日の11時頃集合で。卯月さんにも、そうお伝えください」

「あ、はい、今日はよろしくお願いします!」

 藍里の『卯月さん』と呼ぶ時のトーンが、愛唯のことをあまり歓迎していない、といった様子だったために、なんとなく僕は萎縮して、藍里に丁寧な返事をしてしまった。

「では、よろしくお願いします――」

 そう言ってから、藍里は電話を切った。


 ――ほどなく、僕の携帯に愛唯からの着信。

「おはよう、さとりん! 通話中だった? 留守番電話サービスに繋がったよ?」

「あ、うん、あの、言いにくいんだけど、今日、アンリ&マユと繋がりのある子を遊園地に連れて行くっていう約束をしていて……今日はその子も一緒なんだけど、愛唯、いいかな?」

「うん? その子ってミコちゃん? アンリさんが、雪音さんとミコちゃんの二人はさとりんと一緒に行動しているって言っていたから。まあ、その子なら、私は全然構わないかな……さとりんのそういう面倒見の良いところは昔からだもんね」

 愛唯の、『その子のなら』という言葉が僕に突き刺さる。藍里も一緒だなんて、今はとても言えない。

「う、うん。ありがとう。その子とは遊園地で現地集合だから――」

「おっけ~! さとりんと駅で合流して、一緒に遊園地まで行って、その子と合流だね!」

「あ、うん。そうだね、そうしよう」

「遊園地か~、楽しみだなあ……さとりんと遊園地なんてどのくらいぶりだろう。それじゃ、駅で待ち合わせ! またね!」

 そう言って愛唯は電話を切った。

 結局、僕は藍里のことを話せなかった。ああ、僕は何をやっているんだろう? 情けない。


 ま、考えていても仕方がない! なるようになるさ、多分。

 出発の準備はできている……早速、駅に向かおう。


 ――駅前。


 駅前に僕が到着すると、僕を見つけた愛唯が嬉しそうにしながら駆け寄ってきた。

「やっほ~、さとりん! なんだか、久しぶりに会った気がするよ」

 相変わらず人懐っこい愛唯は小動物っぽい。いや、僕にだけ小動物っぽいのかもしれない。

「やっほ、愛唯。僕も、愛唯に二日間会わなかっただけなのに、ずっと会えなかった気がしてしまう……」

「なにそれ? もしかして、さとりん、寂しかった? 寂しかったの? 私から連絡なくて寂しかったんでしょ!?」

「え、いや、違うよ! ――いや、嘘です。少し寂しかったです」

「素直でよろしい!」

 やっぱり、愛唯といると落ち着く。藍里と一緒にいても落ち着くが、それとはまた違った安心感がある。


 通勤時間帯だからだろうか? 三が日も過ぎると、仕事始めのビジネスマンで電車内は混みあっている。

「愛唯、こっち」

 僕は、愛唯をドアの横にあるスペースに誘導した。愛唯の後ろは座席の仕切りでしっかりガードされているが、僕はたびたび周りの人たちから押され気味の状態になっていた。

「大丈夫? もっとこっちに来ていいよ」

 愛唯が小声で囁く。愛唯はそういうが、僕は少し躊躇っていた……が、状況が状況だけに、僕は諦めて愛唯にピッタリとくっついた。

 愛唯は僕の顔を見て、嬉しそうに『ふふっ』と微笑んだ。

 こんなに無邪気な愛唯が、二日後には僕のことを手にかけている、だなんて……正直、考えられない。何かの間違いなのではないだろうか?

 そうだ、よく思い出してみよう、あの瞬間のことを。


 僕は目を閉じて、意識を集中させて記憶の扉を開く――


 ――1月6日、僕の最期の時。

 辺りは薄暗く、街灯の明かりで僕らが照らされていた。

 そう、そこは電気街の駅前広場。なぜこんな時間に僕らは電気街に?

 僕の手が自分の血で真っ赤に染まっている……僕の胸に裂傷――どう考えてもこれは致命傷だ。ここから僕の意識が失われるまでの出来事を思い出すんだ……。

 藍里、そう、あの時、血だらけになった僕の右手を握りしめて、何か、何かを僕に伝えようとしている。

「――とり……く……ん――卯月……さん――」

 藍里は僕の名前を呼び、何かを伝えようとしていた。

「能力――ダメ……融合――させ――で」

 僕の記憶ははっきりとしているのだが、藍里の言葉は断片的にしか聞き取れていなかった。

 あの日、あの時、藍里の言っていた聞き取れる部分は、『さとり……卯月……能力……ダメ……融合……させ……で』――

 融合? つまり、あの時の藍里は僕に、『僕と愛唯の能力を融合させないで』と伝えたかったのだろうか? 雪音さんが三ケ田さんから聞いた話に、インフィニティの能力者は、不安定な状態が続くとその能力が伝染するとあった。

 と、すると――僕の能力と愛唯の能力、二つの能力が混じり合うことで、愛唯が変わってしまうということか?

 いや、待て、それが事実だとすれば、こうして愛唯といることが、僕にとっても、愛唯にとっても、もはや自殺行為に等しいのではないだろうか!?

 なるほど、あのアンリさんが、僕を愛唯に近づけさせたくない理由が、これではっきりと分かった……。

 しかし、能力の伝染、本当にそんなことがあり得るのだろうか? 


「さとりん、どうしたの? ここで降りるんでしょ?」

 愛唯が僕の袖を引っ張る。

「あ、ああ、うん」

 考え事をしているうちに、僕たちの乗る電車が降車駅に着いていたようだ。


 愛唯に引っ張られて電車を降り、僕たちはそのままホームから駅前に向かう。

「さあ、今日は思いっきり遊びますか! 遊園地なんて久しぶりだな~!」

 駅前に出ると、愛唯はそう言って子供のようにはしゃぎだした。

「あの、愛唯さん、実は一つご相談が――」

 僕は集合場所に着くまでの間に、藍里のことを話しておかないといけない気がした――が、遅かった。


 ――藍里とミィコだ!

「さとりくん、こっちです! ミコちゃんもここにいます!」

 偶然にも、藍里は駅前に居る僕らを見つけ、ミィコと一緒に駆け寄ってきた。

 ミィコは暖かそうなマフラーを口元まで隠すようにして巻いている――しっかりとした防寒対策だ。晴れ空とはいえ、吹き付ける風が冷たく、肌寒い。

「サトリ、現地集合なのに駅前で合流できましたね。ま、まあ、ミコはその方が安心できますけども! 現地集合の場合、サトリが迷子になって、ミコたちが待ちぼうけの可能性も少なからずあったわけですし――あ、メイさん、おはようございます! 今日は絶好の行楽日和ですね。すごく、楽しみです!」

 ミィコは僕に話しかけた後、すぐに愛唯の存在に気が付いてそちらに挨拶をしていた。なんだろう? 愛唯にはすごく礼儀正しいぞ、この娘。

「卯月さん、はじめまして。私、海風 藍里です。さとりくんからお話が合ったかと思いますが――」

「ちょっと待って、さとりん、これどういうこと? 一緒に行くのって、ミコちゃんだけじゃなかったの? ――あの、藍里さん、ごめんなさい……私、さとりから何も聞かされていなくて」

 愛唯は藍里に申し訳なさそうにしている。僕は気まずい。

 そして、そんな愛唯が僕を睨む――藍里も僕を睨んでいる。え、藍里さん!? そんな目で見ないでください! ごめんなさい……どうしても、愛唯に伝えられなかったんです!

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