君と僕だけの夜空

 途中下車した駅のホーム。僕は愛唯からの着信に応答して、僕と愛唯の電話がつながる――

「もしもし――」

「さとりん! なんで、電話に出ないの!? どういうこと!?」

 電話に出た途端、僕の耳をつんざく勢いで、愛唯の感情的な声が受話口から聞こえてくる。いったいなんだ? そんなに大声を出さなくても……。

「ご、ごめん、電車だったから」

「え、こんな時間にどこに行ってたの? 誰と? 銀太は入院中でしょ?」

 やはり、というか、予想通りというか、これは聞かれるんじゃないかと僕が思っていたことを、愛唯は聞いてきた。

「あ、そういえば、昨日、電気街で銀太見かけたよ」

 僕は、その話題から咄嗟に銀太の話題にすり替えようとした。

「え、嘘? 知らなかった。元気になってたんだ! よかった……」

「うん、元気だった。すごく――」

「そっか――話を逸らさないでね、さとりん。それで、どこに行ってたの?」

 浅はかな僕の魂胆が愛唯に通用するはずもなく、あっけなく見破られてしまった。残念、作戦失敗だ……。

「ええと、アンリ&マユの能力者、雪音さんとミコちゃんの二人と会っていたんだよ」

「え、なんで? 私もその二人のことよく知らないけど、なんでさとりんがその二人と?」

「いや、その、今一緒に居る女の子のことで話があって――」

「はあ? 女の子? 一緒に居る女の子? その二人以外に誰が? それは聞いてないんですけど?」

 愛唯は僕を疑い始めている。まずい、話がややこしくなってきた。

「ちょっと、さとりん、今から、公園で会おうよ?」

 マジか!? そこで愛唯に殺られる!? 僕の最期には、まだ少し早すぎる気がするのですけど。

「え、いや、まだ、家まで少しかかるから、明日なら――」

「なにそれ? 明日なら会えるわけ? ふーん、なんだか腑に落ちないけど……分かった、明日ね。約束だよ。明日の朝8時頃にまた私から連絡するね」

「う、うん、約束。また明日」

 そう言って、僕は愛唯との電話を切った。


 ――終話。

 ふぅ、あれこれ詮索されなくてよかった――ん? しまった! 明日はミィコと藍里の約束が――だが、時すでに遅し。

 藍里が僕のことを睨みつけている。あの藍里が……僕のことを睨みつけている。

「さとりくん、卯月さんからお電話ですか?」

「あ、はい――」

 藍里が重みのあるゆっくりとした声で、僕に問いかけてくる――僕はただ、ありのまま、そのままの返事をするしかなかった。

「約束、ですか」

「は、はい――」

「いいですよ、卯月さんも、連れて来てください」

「え、あの――」

「嫌、ですか?」

「い、いえ、分かりました」

 僕は、ちょっと怖い藍里の言葉に大人しく従った。そう、ありのまま、そのままに。

「ミコちゃんには私から説明しておきますので」

 愛唯に、明日はミィコと、もう一人、藍里が一緒だということを、ちゃんと伝えなきゃいけないのに、僕にはそれを言う勇気が出そうにもない。愛唯、ごめん。


 それと、もう一つ、愛唯には出来るだけ近づかない約束を、あのアンリさんとしていたのを思い出した……どうしよう? きっと、アンリさんは愛唯の能力が危険だということをいち早く察し、僕と引き合わせることを躊躇っていたのだろう。

 おそらく、愛唯もインフィニティの能力者なのだろう。だから、愛唯の能力が運良く目覚めることがなければ、僕が愛唯の手にかかることもないのだ。

 そのままの君でいてくれ……愛唯。

 明日は、何事もないことを願うばかりだ――


 僕と藍里は途中下車した駅のホームで、次に到着した電車に乗りなおし、僕らが住む町の駅で降りた。

 ――藍里は終始無言だ。

 帰り道、街灯の明かりが僕らを優しく照らす。


「あ、あの、藍里、なんか、ごめん」

「どうしてさとりくんが謝るのですか? 無理を言っているのは私の方なので、さとりくんは全然悪くないです。なので、気にしないでください。本当に、ごめんなさい」

 藍里に謝らせてしまった。機嫌が悪そうに見えたのは、僕のせいじゃない? 愛唯のせいなのか? 愛唯を警戒しているから? わからない。

「いや、そんな、藍里が謝らなくても……でも、さ、もし、藍里に悩み事とかあれば、僕が力になるからさ……相談、してよ」

「はい、ありがとうございます……さとりくん」

 藍里の表情は暗くてはっきりとは分からないのだが、僕から目を背け、伝えたい気持ちを押し殺しているような、そんな表情にさえ見て取れる――きっと、色々あって、藍里も僕と同じで複雑な心境なのだろう。

「うん――」

 僕は頷いた。藍里の気持ちを察して、それ以上のことを僕は聞かなかった。

「さとりくん……ちょっと、寒いですね」

 藍里はそう言って、僕の肩に少しだけ寄りかかってきた。

 

 冬の寒空の下、二人、歩調を合わせてゆっくりと歩く。

 藍里はややうつむいて地面を見つめ、僕はやや空を見上げて。

 僕と藍里、たとえ、その視線の先に見えているものが違っていたとしても、二人の目的地は同じ場所なのだと思う。

 だけど、その気持ちが、噛み合わないのは、なぜだろう? 僕はそんな寂しさから、心がほんのちょびっとだけ痛むのを感じた。


「星、綺麗ですね」

 空を見上げて考え事をしていた僕に、藍里がそっと呟いた。

 案外、僕が気にしすぎているだけで、藍里も僕と同じものを見ているのかもしれない。

 そう思うと、僕の気持ちが少しだけ楽になった。

「うん、綺麗だ――」


 風は冷たく、その寒さが体を震わせる。それでも、僕らの心は温かかった、間違いなく。


 ――藍里を家に送り届けた僕は、駆け足で自宅まで戻った。

 家に着くころには、午後8時を過ぎていた。


 リビングのテレビからは、通常番組が中断され、緊急特別番組が流れていた。父親と母親は、その番組の影響で、テレビの前に釘付けとなっていた。


『怪事件が相次ぐ中、都道府県警察では、12月31日から行方不明となっている、『舞岡 伊織』さんの情報を求めています。心当たりがある方は、最寄りの警察署までご連絡ください』

 行方不明者……? タイミング的に、今回のキューブがらみの一件と何か関係がありそうな気もする。考えすぎだろうか?

『異能超人については、政府からの情報によると、特定の地域にお住いの一部の住民に、なんらかの影響が出ているということは確認できているものの、詳しいことはまだ分かっておりません。政府は、この件に関して、健康被害及び、周囲への危険性についても、直ちに影響はないとの見解です。また、一部地域で発生している怪事件につきましては、新しい情報が入り次第、随時お伝えいたします』

 なるほど、政府は異能超人に関する情報を公にはしているものの、その被害や影響については詳しく伝えない方針なのだろう。

 しかし、能力者の統制という意味合いでは、愛唯のいるアンリ&マユや、銀太のいるラグナアスター、そして、謎のカルト教団でさえも、その能力者たちが野に解き放たれることを防いでいるという、なんとも皮肉な結果になっている。


 僕はテレビから流れてくる情報に気を取られ、リビングの入り口に立ち尽くしたままだった。

「なあ、さとり。お前、異能超人じゃないよな?」

 すると、父親が僕の方を向いて、唐突にそう尋ねてきた。

「え、いや、急になにを言い出すんだよ」

 僕は慌てた。

「お父さん、そんなわけないじゃない! ね、さとり?」

「え、ああ、うん」

 母親が知るや知らずや、僕のことを庇ってくれた――いや、両親は既に気付いているのかもしれない、僕が能力者だということに。

 むしろ、両親も何らかの能力が備わっている可能性だってある。

「まあ、そうか。もし、異能超人だったとしても、父さんも母さんも、お前に対する愛は不変だから安心しろ」

 この父親、よくこんなセリフを恥ずかしげもなく吐けるものだ、と僕は感心する。

「そうよ、さとり、安心して。私たちの愛情は不滅よ!」

 母親も似たようなものだが……。

「よし、さとり、一緒にテレビゲームでもするか!」

 父親は唐突にゲームで遊びたがっている。

「お父さん! お夕飯が先ですよ!」

 テレビゲームを準備し始めていた父親が、夕飯の準備に取り掛かっている母親に叱られている。

「よし、飯を食べたら勝負だ!」

「もう、お父さんは……」

 父親と母親はそんなやりとりをしていた。


 まあ、たまには家族団らんも悪くない、かな。

 ――こうして、今年に入ってから3日目の夜がふけていった。

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