ミコちゃん is So cute

 ――このまま海を眺め続けていると、いつの間にか夜明けを迎えてしまう気がした。それはまずい! 今夜は寝て、明日に備えなければ!

「そろそろ、宿に戻って休もうか」

「そうしましょうか」

「ミコも眠たくなってきました」


 ――そうして、宿に戻ると、それぞれが別々の部屋へと入っていった。

 部屋に戻った僕は、勢いよく寝床に倒れ込み、そのまま眠りについた――

 まどろみの中で僕はふと思う、さっきまで魔剣も荷物も部屋に置きっぱなしだったが――多分大丈夫だろう、うん、きっと大丈夫だ。

 そのまま僕はまどろみに身をゆだねた。 


 ――ふと、何かの物音で僕は目を覚ます。

 暗闇の中、部屋の扉が開く音が聞こえてくる――そして、扉を静かに閉める音も聞こえた。


 窓から僅かに差し込む月明かりだけでは、この部屋全体の様子を把握できない。

 何者かがペタペタと足音を立てて僕に近づいてくる。

 これは――海辺のゴースト、なのだろうか? 何か特別なクエストをこのゴーストから依頼されて、宝物なんかを報酬で貰えたりするのだろうか?

 そう考えてみると、恐怖よりも期待の方が大きくなっていく。

 さあ、来い――僕は身構える。クエストを受ける準備は万端だ。


 しかし、その侵入者は僕の隣に横たわり、そのまま僕に密着してきた。

 ――しばらくして、その侵入者は眠ってしまったのか、スースーと寝息を立て始めた。

 予想外の展開に僕は硬直している。


 僕が、そのまましばらく硬直していると――

 またしても扉を開く音が聞こえてくる。

 暗闇の中を、何者かの影がスーッと移動する――そして、その影は僕の寝ている傍で、僕のことをじっと見つめている――ような気がする。

「――さとりくん、何を……!?」

 わりと小声だが、なんとなく藍里の声がする。

「え?」

「さとりくん、ミコちゃんに何をしているのですか……!」

 藍里は相変わらず小声だが、その口調から、僕に軽蔑の眼差しを向けている――ような気がする。

 ――そうすると、隣で寝ているのはミィコか。そうか、そうだったのか。

「い、いや、別に、なにも!? というか、僕も知らなかった――」

「そうですよね、さとりくんがミコちゃんに変なことするわけないですよね」

 ミィコを起こすまいと、小声で話をする僕と藍里。

「藍里さん、何を仰って――」

 だが、僕の言葉を遮るかのように、突然、藍里が僕の隣に横たわった。

「それでも、さとりくんがミコちゃんに変なことしないかどうか、こうして隣で監視させてもらいます!」

「いや、変なことって……」

「さとりくん、気にしないで眠ってください!」

「気にする!」


 こうして僕は、この非常に狭い寝床でミィコと藍里に挟まれてしまった。

 ――眠れない、寝にくい。

 監視するとか言っていた藍里だったが、気付けば、その言葉とは裏腹に、いつの間にか眠りについてしまっているようだ。


 二人ともスースーと寝息を立てて眠っている。まったく、急に押しかけてきて、何なんだ、いったい……。

 それでも、雪音さんの言うとおり、僕はこの状況を幸せに思うべきなのかもしれない。再度訪れた幸せな時間、この時間をしっかりと心に残し、僕は穏やかな気持ちで眠りについていった。


 ――ジオメトリック・エデン、5日目。


 僕は目を覚ました――

 ミィコに叩き起こされることもなく、静かで平和な朝を迎えていた。

 まあ、それはそれでちょっと寂しいと思うのは気のせいだろう。

「あ、さとりくん、おはようございます!」

「藍里、おはよう」

 藍里に挨拶をしながら、僕は藍里の方に目を向ける。

 部屋の隅にピクニックブランケットというのだろうか、大き目の布を敷いて、藍里がその上に座っている。

 どうやら藍里は、乾燥した薬草を乳鉢に入れ、それを丁寧にすりつぶし、その粉にした薬草の分量を小さな天秤のようなものではかり、それを小分けにして調合用の粉を製作するという、非常に細かい作業を行っているようだ。

「こうして粉末にした薬草を、この町にある魔法店で、蒸留器を使ってポーションに変えるのです」

 藍里はそう言って熱心に薬草をすりつぶしている。

 いや、そんな調合で決まった分量が必要になるなんて、どんだけ面倒くさい世界なんだ、ここは! そういう負担を考えれば、リアリティもほどほどにしてほしいものだ、と僕は思った。

 負担といえば、蒸留器と錬金道具が持ち運べたなら、いつでもポーションを作れそうなのだが……。


 ――僕は寝床に座り、黙々と薬草をすりつぶしている藍里の姿を、ただじっと眺めていた。

 

 藍里の動きがピタッと止まり、その作業が中断する。彼女は何かを考えるかのように、しばらくそのままの姿勢で固まっていたかと思うと、急にこちらを向いた。

「そうそう、さとりくん――ミコちゃんですが、ドラゴンの島へと渡るための船を探しに港まで足を運んでいます。頼りになりますよね、ミコちゃん」

 こちらを向いた藍里は僕にそう伝えた。

 僕の視線に気づいたのか、それとも視線が気になったのか、もしかすると僕がミィコを気にしてそうな感じにでも見えたのか――

 でも、確かにミィコは頼りになる、怖いくらいに。

「頼りになりすぎて逆に怖い」

 僕の率直な意見を藍里に伝えた。

「え!? 怖いだなんて! ミコちゃん ミコちゃんis So cuteイズ ソー キュートです!」

「唐突に変なことを言いだす藍里も怖い」

「そんな意地悪なこと言わないでください! ミコちゃんはSo cuteソー キュートって感じですもん」

 まあ、確かに、ミィコがSo cuteソー キュートだということに異論はない。


 僕と藍里はいつの間にかこんなにもどうでもいい話をできるほどに打ち解けていた。この世界のおかげで僕らの絆はとても強いものになりつつある。

 雪音さんの目的――実は人体実験と見せかけて、連携強化と能力のスキルアップなのだろうか? 雪音さんも雪音さんで、表面からは窺い知ることができないほど知略に長けている、そんな印象がある。

 そういう意味では、雪音さんも海風博士と似ているし、雪音さんも海風博士も、まだ何かを隠しているような気がする……。


「さとりくん、そんな深刻そうな顔してどうしちゃったんですか?」

 ふと考えこんでいた僕のことを不思議がってか、藍里が声をかけてくる。

「え、いや、雪音さんって実は相当な策士なのかなって」

「あ、確かに! ミコちゃんの扱いがとても上手です!」

 藍里は相変わらず的外れなことを言う――いや、確かに、それも的を射た発言ではある。雪音さんはミィコの扱いが上手いのは間違いない。でも、そうじゃない!

「え、いや、そういう意味じゃなくて……いや、まあ、でも、確かに雪音さんはミィコの扱い方が上手いんだけども」

 僕は、そうじゃない、と発言には否定しつつも、藍里の考えには肯定した。

「ですよね、ですよね! 喫茶アンリ&マユに集まるようになってから、ミコちゃんは雪音さんの傍を離れないって言っていました。大人たちの中に混じって行動するのって、ミコちゃんにとってはすごく大変なことだと思いますし」

「ああ、確かに……大人の都合に振り回されているのに文句のひとつも言わずに、そんなミィコは偉いよ」

「うんうん……だからきっと、雪音さんは、私たちとミコちゃんが一緒に冒険することで、ミコちゃんも心から楽しめるって、そう考えていたのだと思います!」

 いつの間にか、雪音さんがミィコと仲がいいという話題にすり替わってしまった。

 確かに、雪音さんは、僕らと一緒にミィコがこの世界に来たがることを想定していて、ミィコのためを思い、こうして僕らと冒険を共にさせている、という考え方もあるのかもしれない。

 ただ、それだけなのかもしれない。

 雪音さんが何かを隠している、とか、僕は色々と考えすぎなのかもしれない。


 ――いや、それよりも、ミィコって、僕らとそんなに歳が離れていない、という事実を今更ながら思い出した。おそらく、藍里も、ミィコの実年齢をすっかりと忘れて今の話をしていたのだろう。

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