冒険の節目

 さて、港までミィコの様子でも見に行ってみるとするか、と思ったタイミングで――

『おはよう! で、いいのかな? 3人とも随分と頑張ったね~! 予想を超える成長ぶりにお姉さん驚いちゃったよ! 冒険もいよいよ佳境に突入だね!』

 ――雪音さんからの念話が僕らに届いた。

『おはようございます!』

『あ、ユキネ、おはようございます』

 藍里とミィコが雪音さんに挨拶をする。


 そうだ! この際だから、ずっと気になっていたことを雪音さんに聞いてみよう。

『雪音さん、実は気になっていることがありまして……唐突に質問しちゃいますけど――この世界、幾何学的楽園ジオメトリック・エデンって、いったい何なんですか? 現実世界と精神的にリンクしていて、この世界での出来事は現実世界での実体験に等しく、僕らの記憶、大切な思い出にもなりうる……この世界はまるで――夢の中』

 僕は雪音さんに、気になっていたことをまとめ上げ、それを唐突に聞いてみた。

『さとりちゃん、私たちが宇宙や次元について理解できることって意外と少ないのよ。私だってよく分からないもの。でもね――この世界はさとりちゃんの言うとおり、宇宙の見る夢みたいなもの、なのかもしれないね』

『それってどういうことですか?』

『うん、つまりね――重なり合う次元の残像のような場所、とでもいうのかしら。存在するけど存在しない、ゴーストみたいな世界なの』

『なるほど、ゴースト……?』

『なんだか、とても難しいお話ですね! つまり、この世界の私たちは幽霊ゴーストなのですね』

『アイリ、それはちょっと違うと思います……』

 確かに、漠然とゴーストと言われても意味が分からない。


『うーん、なんていえばいいのかな。この世界、私の影響を大きく受けているとはいえ、私が知り得ることのない現実世界の情報が大なり小なり反映されているみたいなの。多分だけど――宇宙の記憶がデータとなって、キャッシュからアカシックレコードに書き込まれる、その際にキャッシュが解放されてデータの消去が行われている……そんな気がするのよね。でも、本来は存在することのないこのゴーストのような世界は、キャッシュ解放の影響を受けない――同時に、この世界へ流れてきたデータのゴミみたいなのが、この世界に何らかの影響を及ぼしている――みたいな? 結局、私たちの概念じゃ、絶対に理解できない代物、なのかもしれないけどね。海風博士が言っていたように、宇宙のデータが螺旋状の光の束だったって時点で、もうチンプンカンプンよ』

『雪音さんの説明で、僕の頭もチンプンカンプンです』

 きっと、藍里とミィコもチンプンカンプンなことだろう。


『と、とにかく、私的に解釈しちゃうとね、キューブは本来、アカシックレコードのキャッシュを操作することができるツール――だけど、本来は存在するはずのないゴースト世界をいじることで、そこに流れてきたデータを容易に改ざんすることができるんじゃないかなって。だから、そのゴースト世界で不正に構築したデータを、キューブの力で現実世界と結合させる……みたいな?』

 相変わらず、雪音さんは何を言っているのかわからない。少し僕の中で整理してみよう。

『それってつまり――この宇宙の記憶が一時的にキャッシュへと格納されていて、それがアカシックレコードに順次記録されていき、書き込み完了と共にキャッシュが解放される。その影響を受けないジオメトリック・エデンのような、無数に存在するゴースト世界に、解放時に出たデータのゴミが流れ込んでいると。そして、そのゴミによって何らかの影響を受けて、改変が加えられたゴースト世界、それが僕らの住む世界と結合した――そういうことですか?』

 何とかまとめ上げた僕なりの解釈を雪音さんにぶつけてみた。


『うん、その可能性もなくはない、ということね。もしかするとだけど――ループの起点となっている時間、それこそが宇宙の記憶をアカシックレコードに記録する瞬間、だったんじゃないかな? その時にキャッシュが解放されたけど、キューブがリストアップしていた生命体のデータは、キューブによってゴースト世界にコピーされていたため、キャッシュから解放されることがなかった。これが、いわゆる能力者になった人たちのことね。キューブはそのゴースト世界で能力者たちの願望とか欲求とか、そういったものを具現化させて、能力のようなものに変え、それをそのまま現実世界と結合したのかも、ね』

 つまり、キャッシュ上に存在するゴースト世界がキューブによって改変され、そのまま現実世界と結合した、ということなのか?

 

 そのキャッシュとやらは、僕らの住む世界がアカシックレコードに書き込まれるまでの記録をすべて扱っているということだろうか? キャッシュ上には現実世界も一時保管されているとして、書き込み時のキャッシュが解放されるタイミングで、ゴースト世界のような“本来存在するはずのない世界以外“のデータは、そのキャッシュ上から消えてしまう。

 ――ん? 待てよ……そうすると、僕らのいる現実世界、それはどこにあるんだろう?

『あの、雪音さん、僕らの宇宙は常にそのキャッシュ上に存在していないのだとしたら、いったい、どこに存在しているのですか?』

 すぐさま僕はそれを雪音さんに聞く。

『さとりちゃん、それ良い質問! 宇宙はね、時空の海を漂う無数の球体、のようなもの、なんだって! つまり、その無数に存在する宇宙、それは並行世界といって、その世界は私たちと全く同じか、因果の僅かなズレによって全く別の世界になっているとかなんとか――うん、この話はあくまで一説なのであって、決して正式なものじゃないから、それは宇宙についてのニュアンス的な解釈としておいて! でね、そこから導き出される答えを私的に解釈すると、無数の宇宙は現在であり、現在は常に変化していく……その変化のすべてがアカシックレコードのキャッシュに一時保管されていき、アカシックレコードに記録される際に、一時保管されているデータの整合性チェックが行われる……ってところかな。だから、不正に改ざんされていて、整合性チェックが通らない私たちの宇宙が原因で、この無限ループが引き起こされているって考えるとしっくりくるかも。おそらく、アカシックレコードに書き込みが行われる際には、”Bufferバッファ”のような領域も使われているのだろうけど、今回そこは気にしなくてもいいと思うの。でね、ここからが本題……たくさんの宇宙が、たった一つのキャッシュを通してアカシックレコードに書き込みを行っているとしたら?』

 雪音さんが意味深なことを聞いてきた。キューブは、他の宇宙のデータにもアクセスできるということだろうか?

『キューブを使えば、別の宇宙のデータを、この世界に、いえ……他の並行世界にだって結合できてしまう――と、いうことですか?』

『藍里ちゃん、すごい! その通りだよ!』

 なんと、まさかの藍里が的確な答えを雪音さんに返していた! なるほど、確かに――いや、これは納得している場合ではない!

『ちょっと、待ってください! それって、一歩間違えればとんでもないことになりますよね?』

 僕は、藍里と雪音さんの受け入れがたい発言に困惑した。


『そう、とんでもないの――それが、もう一つの解釈……キューブは、並行世界の情報を、私たちの世界に上書き、もしくは結合した……可能性もある、ということ。そして、これが他の並行世界すらも簡単に破壊することすらできる、ということ。結論、キューブの正体は――次元破壊兵器ディメンション・ブレイカー

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