かがり火

 僕は、荷物を部屋に置いてから宿屋の外に出る――藍里とミィコが宿屋の前で僕を待っていた。

 ああ――重い荷物から解放されて、やっと身軽になったぞ。

 さすがに、魔剣を盗まれたりでもしたら洒落にならない気がしたので、それだけはしっかりと背負ってきている。

 ミィコを先頭にして僕らは歩き始めた。食料を調達できそうなお店をこれから探すのだろう。

「ところで、さっき調達って言ってたけど、酒場での食事はしないってこと?」

 僕は気になってミィコに聞いてみた。

「先ほど、酒場の店内をちょっとだけ覗いてみたのですけど、首都にある酒場と違ってすごく狭いのです。ほぼ満席になってました」

 なるほど、酒場はこの町の漁師たちによって、いわば、すし詰め状態になっているというわけか。

 仕方がない、酒場以外で食料品を扱っているお店を探そう。


 静寂を打ち消す波の音とともに、心地よい海風が頬を撫でる。

 ――その街並みは、異国情緒あふれる中に、どこかノスタルジックで落ち着いた雰囲気を感じさせる。

 かがり火に照らされて幻想的な雰囲気となっていた街並み、その美しさに僕は目を奪われる。

 

 この時間でも営業している食料品店を探し歩いていた。

 小さい港町だが、比較的お店は多い。港町というだけのことはある。

 ――食料品店のような、雑貨店のような、まだ営業中のそんなお店を見つけることができた。


 僕らはそのお店に入る――

 ここは、基本的に食材の扱いが多く、調理済みのものは少ない、といった印象だ。

 その中で、すぐに食べられそうなものを探していく――パン、そのまま食べられそうな野菜、いくつかの果物、それに魚の塩漬けのようなものと干し肉、これらをいくつか購入した――干し肉は保存食として、多めに購入しておいた。

 品物をカウンターに持っていき、銀貨を数枚支払う。店員がそれらの商品を大きめの紙袋に詰めてくれる。

 僕は食料品の詰まった紙袋を抱えて店を出る。

 そして、藍里とミィコ、僕の3人、横並びになりながら、宿屋に向かってゆっくりと歩き始めた。

 帰り道、僕はふと立ち止まる――かがり火に照らされた海面、とても綺麗だ。

 その光景に目を奪われていると――藍里とミィコも海面を見つめている。


「この世界でも地平線が見えるんですね。向こう側、どうなっているのでしょう……?」

 藍里がそんなことを呟く。確かに、地平線の向こうは気になる。

「きっと、僕らの世界と同じで、海の向こう側には、もっとたくさんの国があるんじゃないかな?」

 僕は藍里を失望させまいと、適当なことを言ってみた――すると、ミィコが何かを言いたそうに僕の方を向いた。

「どうなのでしょうね。ミコたちの持っている地図にはユーリティピカ大陸と大陸周辺にある島くらいしか載っていません」

「ミィコ、もっと夢のある話、してもいいんだよ?」

 ミィコは現実的なことを言っているが、それじゃあまりにも夢がない! 

「そうですね、サトリ――きっと、海の向こうには大陸があって、たくさんの国があって、すっごい冒険が待っていますね!」

「それがミィコの本心からの言葉だと、僕は願うよ」

「サトリ、心外ですね。もちろん、ミィコの本心です」

 そんな話をしつつ、僕らは宿屋に戻るのだ。


 宿の部屋に戻ると、僕は食料品を紙袋のままテーブルの上に置き、部屋に置いていった荷物を真っ先に確認した。

 荷物が盗まれて――いない。

 正直、この世界の人々は素行が良すぎる。悪人は町に入れなくなるらしいが、基本的にみんな正直者で善人だ――ここはまさに、性善説で生きていける素晴らしい世界なのだろう。


 荷物の確認を終え、ベッドに腰掛けて一息ついていると、僕の部屋に藍里とミィコがノックして入ってきた。

「さとりくん、ご飯を食べましょう!」

「ちょっと狭いですけど、仕方がないです。サトリ、そこを退くのです!」

 そうか、さっき買ってきた食べ物は、僕の部屋にあったんだ――


 食事の用意をする――僕はテーブルに買ってきた食べ物を並べた。

「じゃあ、食べようか」

「いただきます!」

「いただきます」


 3人でベッドらしき寝床に座りながら、塩漬けの魚と野菜をパンにはさんで食べている。

 口の小さなミィコは食べるのに苦労しているようだ。

「このお魚、美味しいですね!」

 藍里はご満悦のようだ。

「確かに美味しいですね、アイリ」

 ミィコもご満悦のようだ。

 

 食事を済ませた僕たちは他愛もない雑談をしていた――

「ミコちゃんのお母さんって西洋人だったのですか!?」

「そうですよ、アイリ」

「わあ……だから、ミコちゃんはそんなに可愛いのですね!」

「アイリの方が可愛いです」

「そんなことないです!」

 ――謎の会話が続いている。

 というか、ミィコはハーフだったのか! 今まで感じていたミィコの違和感について、なんとなく納得の答えが得られたような、そんな気がする。


 楽しそうに話している二人に黙って僕はこっそり外に出た。


 外に出ると、海風に当たるために港の桟橋までやってきた。

 かがり火と月が揺らめく水面に映る。こうして夜の海をゆっくりと眺めるのは子供の頃以来だ。


 海、か――小さい頃だったかな、家族で海に行ったっけ……。

 その時に僕は、両親に『愛唯と銀太も一緒に連れていきたい』って大騒ぎして――結局、親が二人の親に掛け合ってくれて、二人も一緒に行くことができたんだよな……。

 親にしてみれば、他人の子を預かるなんて気が気じゃなかったのだろうけど、僕にとってはとてもいい思い出になったと思う。

 親の車の中で遠く離れた場所に行くワクワク感を3人で共有できたし、海で泳いだり、潜ったり――愛唯と銀太がいるだけで僕のテンションは上がりっぱなしだったな。

 親にも『ちょっと落ち着きなさい』と怒られて、銀太にそのことを茶化されたりもして。愛唯なんて『さとりは私のこと大好きだもんね!』とか言うから、僕は咄嗟に『そうだよ! 悪いか!』なんて言ってみたり。あの時は、楽しかったな……。

 それで、その日の夜になると、浜辺に大きなテントをみんなで張って、その中に入って眠くなるまで怪談の本とか読んだりして――僕と愛唯と銀太、三人ともなかなか寝付けなくて、そのまま3人でテントを抜け出して砂浜に座って海を眺めていたな。

 そしたら、僕らがいないことに気付いた親に『危ないから』ってすぐ連れ戻されたっけ。

 次の朝、そんな僕らのことが心配だったのか、両親はあまり眠れてなかったみたいで、ちょっとゲッソリとした表情だったのを覚えている。

 両親には悪いことしちゃったけど、僕は二人と大切な時間を過ごせたこと、本当に感謝しているよ――


「こら、さとりくん! 黙って一人で出かけちゃダメですよ!」

 こっそりと近づいてきた藍里に背後から怒られて、そのショックで僕はビクっとして振り返った。

「サトリのバカ、です」

 ミィコも不機嫌な様子で、ジトっとした目をしながらこちらを見ている。

「ああ、ごめん、すぐ戻るつもりで……」

 ちょっとだけ、怒ったそぶりをした藍里だったが、すぐにいつものにこやかな微笑みに変わった。


「それにしても、海、綺麗ですよね。私、夜の海って、とても神秘的で……大好きです!」

「今にも吸い込まれてしまいそうな夜の海、ミコも好きです」

「そうだね、僕も好きだな」

 僕らは桟橋に座り、かがり火の光に照らされながらゆらゆらと揺れる水面みなもをじっと見つめていた――

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