風の強い日

尾八原ジュージ

仲嶋さんの話

 仲嶋さんという、三十代の独身女性に聞いた話である。

「一人暮らしをしてた祖母が突然亡くなって、生前住んでた一軒家を相続したんです」

 陶芸を生業にする彼女にとって、充分な作業スペースを確保できるこの家は大切な財産だ。だが、それと同時にひとつ問題を抱えているという。


 至って生活リズムの正しい仲嶋さんにも「なんとなく寝付けない夜」はある。それがこの家に引っ越してきてからとみに増えた。

 それが決まって風の強い夜なのだという。

 窓の外で吹き荒れる音を、ベッドの中で目を閉じて聞いていると、真夜中にカタン、スゥーッと音がする。

 彼女が寝ている隣の部屋の押入れが、ひとりでに開くのだ。

 ややあって、ミシ、という、素足で床板を踏むような音がする。

 この家に仲嶋さん以外の人間はいない。ペットなども飼っていない。

 仲嶋さんはベッドの中で頑なに眼を閉じ、寝ているふりをする。

 音はミシ、ミシ、ミシ、ミシと家中を歩き回る。とうとうそれはドアをすり抜けて寝室に入り込み、仲嶋さんが眠るベッドの傍に来て、はたと立ち止まる。何者かがこちらをじっと見つめている気配を、目を閉じたままでもはっきりと感じるという。

 やがて足音は部屋を出ていく。

 翌朝、隣室を見ると、常に閉めているはずの押入れが必ず開けっぱなしになっている。


「絶対何かがいると思うんですよ。でもそれに鉢合わせたら厭だから、寝たふりをしてるんです。私、この家がどうしても必要なので。同じ広さの物件なんか、とても借りたり買ったりできませんから」

 もしも鉢合わせたら――狸寝入りが相手にばれていたらどうなるのか、仲嶋さんは知らない。

 ただ、祖母が亡くなった日の前日の夜は、近年珍しいくらいの大風が吹いていたという。

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風の強い日 尾八原ジュージ @zi-yon

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