3


 ・・・寒い。

 体の感覚が無い。

 俺は死んだのか?

 

 ジメジメした地面に伏せているのか。目が開けられない。

 どうやら生きているらしい。

 どうにか体は動きそうでもある。

 ・・・あれから、川に飛び込んだ。流されてどこかに流れ着いたのか。

 感覚が戻らないが、体は動きそうだ。


(お、どうやら生きているようだな)


 ん?これは誰かの声か?誰か近くにいるようだ。

 重たい体をゆっくりと起こす。目が開けられなかったのは湿った砂地に顔を突っ込んでいたせいか。湿った砂を払いながら薄く目を開ける。

 

 うっ。

 ・・・眩しい。

 

「おい、あんた生きているのか?一応確認するが、人間だよな?」


 声のほうにゆっくりと顔を向ける。・・視力はまだぼんやりと戻らない。が、誰かいるのは分かる。声からして男か。そこそこの年齢のようだ。

 それにしても「人間か?」って、どういう事だ?

 俺は人間・・・だよな?

 ・・・それすらも確信が持てない。全く思い出せない。心の中で呆れてしまう。

 

「・・・人間じゃなかったら殺すのか?」

「まあ、殺すだろうな。魔族達は俺達を殺しているんだ。殺されても文句はいえんだろう?」


 この疲労感では何もできない。男がどういう人間か分からないが、今の俺は子供にでも負けるだろう。それ程体がもう動かない。

 やっと逃げて来たんだが。今度はこの男に殺されるのだろうか?

 逃げる事も、他の手段を考える事もできない。正直もうしんどい。

 どうにでもなれだ。


「・・・やられたら、やりかえす・・か。反論の余地はないな。で、俺は魔族に見えるのか?」


 魔族。どこかで聞いたような気がするが。思い出せない。俺はその魔族なのか?

 ようやく回復してきた視力で男を見る。

 くすんだ短い茶髪の痩身だ。胸だけカバーする皮鎧と左手に小手をしている。弓を持っているから猟師だろうか。

 当然のように俺はこの男と面識は無い。と、思う。そもそも何も思い出せないのだ。だが、男の対応を見る限り俺を知っている雰囲気ではない。少し残念な気がするが仕方ない。

 

 男は非常に俺を警戒をしているようだ。そりゃ当然の対応だろう。

 男は矢は番えないでいるが隙は見せていない。隙が無いのがなぜか分かる。相当できると思う。強者だな。

 右手には短剣のように短い刃渡りの剣を持って俺に向けている。俺は体を起こしたまま間抜けな座り方をしている。だから逃げようもない。

 この男がその気になれば簡単に俺を殺せるだろう。

 ・・・俺が魔族であればだが。

 男はじっと俺を見ている。

 


「・・・・正直分からん。魔族は人にも化けると聞いている」

「俺の見た目は人間なのか?」

「何言ってんだお前?その黒髪は珍しいが見た目は完全に人間だぞ。だが、もし俺が化けるなら、もう少し分からないようにするだろうな。お前結構目立つぞ」

「・・・そうなのか?まぁ、どうでもいいさ。で、俺は殺されるのか?」

「随分と捨て鉢だな。見た感じ疲労困憊って感じだが、命でも狙われたのか?」

「ああ、凶悪な豚や訳の分からん奴に眠らされそうになったりした。川に飛び込んでここまで逃げて来た。もう何もできん。今なら楽に殺せるぞ。好きにしてくれ」

「おいおい、森って。あの黒の森から逃げて来たのか?正気か?あそこは今は立ち入り禁止だぞ。聞いてないのか?そもそも普通に危険な森なんだぞ」


 黒の森?立ち入り禁止?あの森には何があるんだ?

 ・・・思い出せない。


「知らん。何も思い出せないんだ。豚達に襲われている以前の記憶が全く無い。その森に俺が何故いたのかも理由を知らん。なぁ、何か知ってないか?」

「呆れたな。何も覚えてないのか?お間一体何者だ?本当は魔族なのか?」

「・・・分からん。俺は魔族かもしれんな。名前すら思い出せないんだ。本当に何も思い出せない。嘘はついていない。信じるかどうかは任せるしかないが」

「・・・・」


 男の疑いを深めてしまったか。だが、何も覚えていない以上、上手い言い方ができない。疲れまくって思考力もない。

 もう疲れた。生き延びるにしても回復する時間が欲しい。

 人柄も分からない男だが、この男の判断に任せよう。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る