土曜日のピクニック 後編


 三十分もするとあれだけあったおにぎりがすっかりなくなってしまった。


 雪姫が飲んでいた牛乳に銀様が興味を示し、雪姫が一口だけだと言って分けると、銀様が気に入って全部飲んでしまい雪姫が怒るという事態もあったが……


「ごちそうさまなのじゃ!!」

「……ごちそうさま(結局二個しか食えなかったな)、……しかしここは良いとこだなあ」

「そうでしょう。

 なにせ私の神域ですから、人の手も入ってないから狼がいた頃のままよ」

「今はいないのか?」

「……ええ、 あの子達と人間、相容れ入れるものではなかったのでしょう……。

 それも世の定めというもの」

 銀様はそう言って悲しそうな顔をする。


「そうか……」

 俺はその人間だ、何と言っていいか分からない。


「良し、握り飯も食べた事だしそろそろ帰るかのー」

「……もう帰ってしまうの?

 もう少しゆっくりしていけば?

 何なら泊まっていっても……むっ!?」

 雪姫を引き止めていた銀様があらぬ方向に厳しい表情を向ける。


「……どうかしたのか?」

「……何か結界を破って入ってきた」

「妾も感じるぞ。相当禍々しい邪気を放っておる」

 二人が立ち上がり身構える。


 俺もそれにつられて立ち上がる。

 急に空が曇り辺りが薄暗くなっていく。

 すると突然黒い霧状のものがずるりと湧いて出てきたと思うと渦巻き、そこから人間のようなナニかが現れた。


 そうナニかだ、姿形は人の形をしている。平安貴族が着るような狩衣を着た長髪の若い男だ。

 顔立ちはイケメンと言っていいだろう。

 だが圧倒的に何かがおかしい、見ているだけで怖気が振るうような何かがある。


 銀様が鋭く誰何する。

「何奴!! 我が神域に土足で踏み込むなどただでは済まさ無いわよ!!」

 すると男は不気味に笑いながら言う。


「くっくっく、天下に名高き大岩山の大狼にお目にかかれ恐悦至極。

 おや、そちらは…… 片方は神だがもう一人はただの人間。これは驚いた」

「お主何故ここに入り込んだのじゃ、今出て行くならまだ生きて帰れるぞ」

 雪姫がそう男を睨みながら言う。


「この場所を頂きにきました。

 この地は非常に厄介だ、ここが安定していると瘴気をこれ以上増やす事が難しい」

「何? ではお主が異変の原因か?」

「くっくっく、そうとも言えるしそうではないとも言えます……

 まあどちらでも良いでしょう。

 どうせあなた方はこの場で私に滅せられるのですから」

 男はそういうと陰気な表情でニヤリと笑った。


 ****


「……っ、その忌々しい口、頭ごと噛み砕いて黙らせてやろう」

 銀様はそう言うと体がキラキラと光らせて狼の姿に変化する。

 そして、そして凄まじい勢いで跳躍すると男の首に食いついた、……ように見えた。


「何!?」

 男は瞬時にか先ほど立っていた場所から十メートル程離れた場所に移動していた。

「ふふふ、危ない危ない。

 やはりこの神との接近戦は分が悪いですね、予定通り搦め手を使わせていただきましょう」

 男はそう言うと懐から数枚の御札のようなものを取り出し、空中へと放り投げる。


 それは頭上を一直線に飛んで行く、すると突如薄暗くなった空に五芒星というのだろうか、紫色の幾何学模様が浮かび上がる。


「な、何だこれ!?」

 俺は事態の変化についていけず、ただ泡を食っているしかなかった。

 その時である、前方からドスンという大きな音がした。


 何事かとそちらを見ると、銀様が変化した狼の体が地に伏し横たわっていたのだ。

「銀様!?」

 俺は思わず叫び声をあげる。


 さらに俺の隣にいた雪姫も、

「……お主、……あれは不味い。は、早よう……」

と言うと意識を失い地面に倒れかける。

 俺は慌てて雪姫を支える。


「さて、これで君だけですね。

 さっさと終わらせてしまいましょう」

「お前、何をした!?」

「あれは神の存在に干渉する法術。

 札を作るのに半年は掛かる代物です。滅することはできなくても封じるのには十分でしょう。

 まあ、今となっては使えるのも私ぐらいでしょうが」

「何だと? ……じゃあお前を倒せば解決する訳か」

 そう言いながら俺は、雪姫を地面に寝かせ立ち上がる。


「なんと! 只の人間風情が私を倒すと?

 これは片腹痛い、出来るものならやってみなさい!!」

 そう言うと男は先ほどのような御札を一枚取り出し地面に投げる。

 するとそこに黒い渦が巻き上がり何かが現れる。


「……何だこれ」

 それは骨だった。手にボロボロになった刀を持った白髪頭の骸骨だ。


「それは狂骨と言う。

 死しても恨みを忘れられなかった者の怨念が骨に宿り動くようになった物です、私が使役している便利な人形ですよ」

「なんだと?」

 現物を目の前にしても、そんなものが存在するのか俄には信じられない。


「さて、余興です。

 なます切りになってのたうち回りながら死になさい。やれ狂骨!!」

 男がそう言うとその骨は、カタカタと音を鳴らしながらかなりのスピードで迫ってくる。


「舐めるな!」

 俺は振り下ろされた刀を半身になって避け骨の持っている刀を取り上げると、その骨を蹴り飛ばす。

 するとその骨はバラバラになったかと思うとモゾモゾと動いてより集まりだす。見ていて気色悪い。


「ふん、多少はやるようですね。

 ならこれならどうです?」

 そう言うと男はまた御札を投げる、今度は十体まとめて骸骨が出てきた。

「くっ」


 さすがにこの数を相手に、骨が持っていたなまくらで雪姫を庇って戦うのは厳しい。

(どうする……っそうだ!)

 昨日使った刀だ、あれがあればなんとかなるかも知れない。

 瘴気が祓えたのだ、この妖怪染みた骸骨も祓えるだろう。

 祓えなくても、 あちらの方がこのなまくらよりよっぽどマシだ。

 だけどどうやって出せばいいんだ?

 昨日は雪姫に言われなんとなく出せたけど。

 そういえば念じれば出せるって言ってたな。


(刀出ろ、刀出ろ、刀出ろ…………)

「出よ刀!………………って出てこねえじゃねえか!!」

「……何をしているんだ、君は?」

 男が憐れんだ様な眼でこちらを見てくる。


「う、うっせぇ!」

 敵にまで憐れまれてしまった。くそ。

(待てよ、昨日は……)

 そうだ昨日は雪姫がなぜ剣を取るのか聞いてきた。


 今回、何故俺は刀が欲しい?

(雪姫と銀様を守るため、違うよな。……そうだ俺はあいつが気に入らないんだ)

 せっかく楽しくピクニックをしてたのに、いきなりキザったらしい奴が乱入してきて、それを台無しにした。

 それが気に入らない、一発ぶん殴ってやらないと気が済まない。


「刀よ出てこい。俺にあいつをギャフンと言わせろ!」

 そう言って俺は片手を突き上げる。

「君はまた何を…………。なッ、それは!!」

 男が呆た、と思ったら驚愕の表情を浮かべる 。

 俺の手の内にはあの刀が握られていた。


「おお、出た」

「馬鹿な!? 神力を殆ど持たない人如きが、何故神器を顕現させられるのです?」

 俺も驚いている。 相変わらず物理法則を無視した登場の仕方だ。

 しかし何故か出来た。

 俺にも分からない、だがこれで戦える。


「さあ、来い!」

「……行け、狂骨!!」

 男は俺を脅威と判断したのだろうか、すぐに戦闘を再開する。

 そして襲いかかってきた骸骨共を叩き斬る。

 凄まじい切れ味だ。

 一太刀振る度に敵を葬ることが出来る。


 そしてあっという間に全ての骸骨を切り捨てることが出来た。切られた骨は何故か先ほどのように動くこともなく溶けるように消えていった。


「さあ、次はお前の番だぞ!」

 そう言いながら男の方を見ると、男は先ほどよりも焦りの色を見せていた。

「まさかこんなことが……、ありえない!! 人が神の武器を振るうなど!!」

 なんかブツブツと呟いているがよく聞こえない。


「おい、そっちから来ないならこっちから行くぞ?」

「……ふむ、どうやらあなたを甘く見ていたようですね。

 仕方ありませんここは退きましょう」

 男の周りに再び黒い霧が現れ男を包み込んで行く。


「お、おい待て!!」

「では失礼します」

 男はそう言うと黒い霧と共に消える。

「クソ、逃げやがった」

 俺は消えた場所に向かって悪態をつく。

 結局、何者だったのかは分からず仕舞いだったが、とりあえず助かったみたいだ。


「ふう、よかったぜ……」

 安心したら急に疲れが出てきた。

「……ぐぅ、かれーの海で泳ぐのじゃ~」

 雪姫が寝言を呟いた、というかそれは見た目がひどいな。


 頭上を見上げると五芒星は消え、曇った空はいつのまにか晴れていた。


 ****


 しばらくすると雪姫と銀様も目が覚めた。

 そこで俺は二人が寝ていた間の事情を説明する。


「……というわけだ」

「あなたに助けられたっていうわけね……。

 い、一応お礼を言っておくわ! ……ありがとう人の子」

銀様の耳がピコピコ動いている。

「うむ! さすがわが僕、もう自力で顕現させられる様になるとは。なかなか飲み込みが良いな」

雪姫は何故かふんぞり返っている。


「……それよりあの刀は何なんだ? またいつのまにか消えちまったし、奴は神器って言ってたけど」

「最初に会った時に言ったじゃろ、あれは妾の分身じゃと。妾の力を注ぎ込み鍛えた一振じゃ、銘は『一心』

 あらゆる不浄を祓い邪を滅する神世の剣じゃ」


「そんな凄え代物なのか。

 しかしあの刀が俺を選んだって言ってたけど、何で雪姫の力を元に作り出したのに自分じゃその理由がわかんないんだ?」

「ぐっ、それはじゃのー……」

「力を注ぎ過ぎたせいで制御を受け付け無くなっちゃったのよ、馬鹿よね~」

 銀様が脇から説明してくる。


「これ! それを言うのではない! 仕方ないじゃろうが、最強の剣を作って他の神々に自慢してやろうと思ったんじゃもん…………」

「そんな理由で……」

「しかもそれが理由で弱体化してしまって、眠りに入ってしまうなんてね」

「なにー!! お主知っていて今日知らんぷりしていたのか!?」

「あら、他でも有名よ? ……プッ」

「な、なんじゃとー!?」

 なんかいろいろ謎が解けた、……アホすぎる。


 気が抜けてしまったがこれだけは聞いておかないとと思っていたことを言う。

「なあ結局あいつら何だったんだ? それとまたここ襲われても大丈夫か?」

「大丈夫よ! さっきはちょっと油断してたから術にかかっちゃったけど次きたら今度こそ頭を噛み砕いてやるわ!!」

「妾もじゃ! それにあいつとはまたすぐに会えそうな気がするしのー」


「なんか根拠があるのか?」

「妾の勘じゃ!!」

「あなたの勘~? プフーッ」

 銀様が吹き出した、気持ちは分かる。

「な、なんじゃお主!!」

「あらなに? お姉さんにあなたが目覚めたって伝えてあげようかしら、怒ってたわよ~」

「なに~! ……姉上が」

 それを聞き雪姫がぶるぶると震え出した。


(姉がいるのか、初めて聞いた……)

「も、もう良い! 用も済んだし帰るぞ孝之」

「あ、ああ」

 雪姫そう言って俺が荷物を纏め背負うと銀様が呼び止める。


「待ちなさい、麓まで送ってあげるわ」

 そう言ってまた狼の姿に変化する。

 まさか……

『乗りなさい。私に乗って行けばすぐ着くわ、……人の子も』


(神様にまたがるのはさすがにまずいんじゃ……)

 と思ったが雪姫が

「わーいなのじゃ!」

 と言ってよじ登って行ってしまったので、俺も

「し、失礼します」

 と言って背中によじ登った。


『行くわよ』

 と、言って銀様は地面を蹴って走り出した。


「うわ、わぁー!!」

(お、落ちる~!!!!)


 それからしばらくして麓の神社近くまでたどり着いた。確かに早かったが揺れるわ跳ねるわ風は強いわで、俺はもう今にも吐きそうだった。


 雪姫は楽しそうだったか。

『じゃあね雪姫、また遊びに来てね。

 人の子も、なかなか楽しかったわ』

「うむ! またの!!」

「ああ、色々ありがとう」

 少し頷くような仕草を見せると、何も言わず銀様は山の中へと戻っていった。


「では帰るのじゃ」

「そうだな」

 また今日も刺激的な一日だった、帰りのバスでは爆睡だな。


 ****


「御前、ただいま戻りました」

「……して、首尾は」

「……申し訳ありません邪魔が入りまして」

「……邪魔じゃと?」

「はっ、山神の他、神が一柱に神器と思わしき太刀を振るう人間が神域に居りまして……大事を取って……、 この処罰は如何様にでも……」

「許す……」

「は? はっ!」

「妾の悲願はお主にとっても悲願じゃ、……のう法師よ」

「ははぁー!!」

「これからも気張れ、この国が滅ぶまでな……」

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