土曜日のピクニック 前編


土曜の早朝の台所。


 朝食を作る親父の隣で俺はおにぎりを握っていた。

 今日は雪姫と一緒に大岩山に行って、雪姫知り合いだという山神様に会いに行くのだ。


「しかし出不精のお前が一人で山登りなんて一体どういう風の吹き回しだ?」

 魚を焼きながら親父がそう尋ねてくる。

 親父には雪姫が見えていないので自然とそういう話になるのだ。……俺には友達もいないし。

「いや、少しお参りして運気でも上げてこようかなと思ってね」

「ハハハ、何言ってるんだお前。家だって神社じゃないか、ここの神様にお参りしろよ」

「まあねぇ……」

 お参りする相手がこれじゃあなと思いながら俺は隣にチラリと視線を向ける。


 そこではうちの御神体である雪姫がおにぎりの具のツナマヨを指に取り、つまみ食いをしていた。……おいやめろ親父に見つかるぞ。


「良し、こんなもんか」

 俺はラップに包んでおにぎりを弁当箱に詰めていく。

「何だお前そんなに食べるのか!?」

 親父が弁当箱を見て驚く。


 弁当箱にはおにぎりが十個とたくあん、あとストロー付きの牛乳が一本 入っていた。あと水筒には麦茶だ。

 言うまでもなく食いしん坊な女神様の為だ。


 雪姫はいざ食べるとなるとものすごい量を食べるのだ。


 だがそれは説明できないので苦しい言い訳をする。

「ああ、足りなくなるよりは良いだろ」

「まあそうだな。良しこっちも魚が焼けたぞ、朝飯にしよう」


 俺と親父は席に座る。

 雪姫も何故か隣に来る。

 今朝のメニューはご飯と味噌汁、あとはアジの一夜干しに弁当に入れたたくあんの残りだ。


「いただきます」

「いただきます」

 食事をしながら俺は親父に聞く。

「ところで親父。大岩山の神様って一体どういう神様なんだ?」

「なんでも昔からあの辺を縄張りにしていた、大狼を神格化したものらしいな。

 あの辺では山の神様として、山の安全、五穀豊穣ついでに安産祈願なんかもご利益があるとされてるみたいだな」


「へぇ、狼ね……」

 雪姫の知り合いらしいが 一体どんな姿をしているのだろう?

 やっぱり大きなや狼が出てきて人の言葉をしゃべるのだろうか。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま」

 俺と親父はほぼ同時に食事を終える。

「じゃあ悪いけど皿洗い頼むな」

 そう親父は立ち上がりながら言う。

「ああ」


 皿洗いをすませ、洗面台で身だしなみを整える。

 そして弁当箱と水筒を持ち二階の自室に戻る。

 雪姫も付いて来る。


 部屋に入ると雪姫が話しかけてきた。

「のうお主、今日はどうやって山まで行くつもりじゃ?

 普通に歩いていったら帰って来るまでに日を跨いでしまうぞ」

「まさか、歩いてなんか行かないよ。バスで行くんだ」

「ばすと言うとあのくるまの大きいやつじゃな、ふむふむ、よいぞあれは一度乗ってみたかったのじゃ!

 何の手立ても考えてないようであれば妾が連れて行ってやろうと思ったんじゃが」

 雪姫が不思議なことを言った。


「連れて行くってどうやって、 おぶってでもくれるのか?」

「おぶったりなんかせんわ! まあ神通力というやつじゃな!!」

 雪姫はそう言ってぺったんこな胸を張る。

「じんつーりきねぇ……」

 あまり説得力はないが、俺は実際に雪姫が一瞬で消えてまた一瞬であられるのを目撃している。

 きっと何かしらそういうことが出来るのであろう。なんせ神様なのだから。


 そんな話をしながらリュックサックに弁当を詰め、動きやすい服に着替えて早速家を出発する。

 まだ六時を過ぎたあたりだが、調べたところによるともうバスは出ているそうだし、遠出をするのだ早いに越したことはないだろう。


 俺は横を歩く雪姫の方をちらりと見る。

 なんとなくウキウキしたように見えるのは知り合いに会うのが嬉しいのか、遠出をするのが嬉しいのか、まあどちらかだろう。

 しばらく歩きバス停に着く。

 五分ほど待つとバスが到着したのでそれに乗り込む。


 料金はもちろん大人一人分だ。


 ****


 そこから約二時間。


 バスを三本ほど乗り継ぎたどり着いたのが、大岩山の麓の小規模な街だった。

 ここからまたしばらく歩くと麓の神社まで行けて、そこの裏から登山道で山に登る。


「やっと着いたか。

 時間がかかりすぎて退屈したのじゃ」

「その割にははしゃいでたけどな」

 雪姫はバスに乗ったともその時から物珍しさに驚き、通り過ぎていく景色の速さに驚き、街の風景を眺めては声を上げていた。

 まるで小学生の遠足の引率をしている気分だ。


「じゃあ早速行くか」

「うむ!」

 そう言って俺たちは坂道を登り始めた。

 十分ほどで神社が見えてくる。俺は、

「参拝して行くか?」

 と言ったが雪姫は、

「何故これからその神本人に会いに行くのに参拝などする必要があるのじゃ?」

 と言ってそのままズンズンと登って行く。


 俺たちはそれから三時間ほどかけて山を登り続けた。

 大岩山はこれでなかなか高い山なのだ。なんせ神様の住みかなぐらいなのだから。

 この辺りまで登るとも高い木はなくなり低い灌木が地を這うように生えている。

 登山道を登っていくとやがて斜面から突き出るように五メートル四方の平べったい大岩が突き出ている下にたどり着いた。


 これが神様の寝床と言われている大岩だ。

 岩にはしめ縄が巻いてあり小さな祠も立っていた。


「それで山神様はどこにいるんだ」

「以前はよくこの岩の上で昼寝をしていたのー、……じゃが今はおらんようじゃな。

 良し、では……」

 そう言うと雪姫は、すぅっと大きく息を吸い込んだ。

 そして大音声で叫んだ。

「おーい銀!! おらんのか!? 妾じゃあ、雪姫じゃ、出て来い!」

 しばらく待っても何も変化が無い。


「お、おい」

「……来たか」

 雪姫に話しかけようとするとそう遮られる。

 するといつの間にやら大岩の上に、全長3三メートルはあろうかと言う銀の毛並みが美しい大狼が現れたではないか。


「狼!?」

「……久しいの銀」

 するとその大狼がキラキラと光り出したかと思うと 一人の少女に変化した。

 首あたりで切り揃えられた銀髪が印象的な少女だった。

 雪姫と同じような巫女服の様な物を着ている。

 その整った顔立ちは雪姫にも勝るとも劣らない。

 ただ少しばかり雪姫よりも大人びて見える。

 そして何よりも……、


「犬耳?」

 そう犬耳だ、頭から犬耳がはえていたのだ。


「……犬じゃないわ狼よ、人の子。

 それより久しぶりね雪姫、会えて嬉しいわ」

「うむ! ところでお主ここを住処にしていたのではなかったか?」

 と雪姫は尋ねる。


 すると銀髪の少女は

「こんな人が多く通るところで寝てられる訳ないじゃない!!

 何度通る奴等を噛み殺そうと思ったことか!

 ……今は別のところにいるわ、この近くだけどね。

 それより今日はどうしたの? もうずっと来なかったのに、それとその人の子は?」

「少々事情があっての、ちとと眠りについておったのじゃ。

 こやつは妾に仕える神官の家の子で妾の下僕じゃあ!!」

「おい、下僕ってなんだよ。もうカレー作ってやんないぞ」

「なんじゃとー! それは卑怯じゃ!!」

 俺と雪姫はそう言い合う。


「それより!! あなた何をしに来たの?」

「う、うむ。ちとお主に尋ねたいことがあってのぅ」

「ふーん、私に? ……まあいいわ付いてきなさい。そこの人の子も、特別に私の住処に案内してあげるわ」

 すると雪姫が銀と読んだ少女は登山道を外れ、急な斜面を駆け下りていく。


「行くのじゃ」

 と雪姫もそれに続く。


「え、本当にこんなとこ降りるのかよ!?」

「こりゃー! お主も早く来んか、置いていってしまうぞ!!」

「くそっ、どうにでもなれ!!」

 そう言って俺も二人の後に続くのだった。


 ****


 少女とは思えない速さで山肌を駆け抜けてゆく二人に必死について行き、ふと気づくといつの間にやら美しい湖の畔に立っていた。


「はぁ、はぁ……。ん、なんだここ?」

「私の神域、普段は人が入って来れないように結界を張ってあるけど。

 ここにこれた事を光栄に思いなさい、人の子」

「結界? ……そんなものが 。

 えーと……」


 何と呼べばいいのか迷っていると少女は、

「銀で良いわ、但し様を付けて呼ぶこと!」

「銀様?」

「こりゃー! なぜお主は妾のことも様付けで呼ばんのにこやつには付けるのじゃ!!」

 そう雪姫が怒こる。

「え、だって神様だし」

「妾も神じゃろうがー!!」

 雪姫はそう言って掴みかかってくるが間に銀様が割り込んで来る。


「それで! 私に聞きたい事って何なの?」

「う、うむ……。 実はわしも最近目覚めてから気づいたのだが、どうも瘴気が不自然なほどに発生して溜まっているのは知っておるか?

 人の世では瘴気で狂うものも多く出ているそうじゃ」

「そうなの? 知らないわね……私もここのところこの神域から外に出ていなかったから。

 でも私が守護するこの土地にそんな変なことは起きてないし、起こさせないわ」

「ふみゅ、左様か……」

「じゃあ手がかりは無しのままか」

「そうじゃの、まあ良い。

 では銀よ、邪魔をしたの」

 雪姫は別れを告げ踵を返そうとする。


 すると銀様は、

「えっ、もう帰っちゃうの……」

 とすごく寂しそうだ。


 そこで俺は、

「まあまあ雪姫、久しぶりに会ったんだろ。

 せっかくだからここで昼飯食わせてもらおうぜ、おにぎりたくさん持ってきたんだから。

 ……銀様も食べる?」

と言うと、 銀様はパーッとかを明るくし、

「そうよゆっくりしていきなさい!! 私もお相伴にあずかるわ!」

 と言った。


 雪姫も

「そうじゃの! あのつなまよという物も旨かったから、つなまよの握り飯も食べてみたいの~!!」

と言った。

「じゃあちょっと待っててくれ、今準備するから」

「うむ!」

「早くしなさいよね」

 という訳で湖のほとりでピクニックだ!


「よし準備できたぞ!」

 俺はシートを敷いてその上にお弁当箱を広げ、湖を覗き込んでいた雪姫と銀様にそう言った。


「待っておったのじゃ! ではいただきますなのじゃ!!」

「い、いただくわ。……人が作ったものを食べるのは久しぶりね」

「いただきます。……おにぎりの具材は梅干し、おかか、ツナマヨだ」

 三者三様におにぎりを手に取り食べる。


「むひょお、これは酸っぱいの~」

 真っ先に勢いよく食らいついた雪姫がそう声を上げる。

「ははは、それは梅干しだな……俺はおかかだった」

「あら、私のは何か白いのが入ってるわね……もぐもぐ……あら、コッテリとこくがあって美味しいじゃないこれ」

「それはつなまよじゃ!

 くそぉ、そっちがつなまよじゃったか、次は妾もつなまよをを……みょ~また梅干しじゃった!!」


 そんな感じで和気藹々とおにぎりを食べて行く。

 雪姫も銀様もすごい勢いだ。

 ……と言うか。

「……おい俺まだ二つしか食ってないぞ!?」


 ……まあいいけどねそんな食に飢えてるわけでもないし。

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